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24/24

24.一人の夜

夜が深くなっても、眠れなかった。



「守ってもらうだけではいられない」


自分で言った言葉が、頭の中で繰り返された。


あの時は、言えた。

言わなければならないと思った。


セルドの話を聞いて、カイルの覚悟を見て、アシュリードの謝罪を受けて、何かがリーゼの中で決まった。

でも今、夜の静けさの中でその言葉を思い返すと、胸の奥がじわりと重くなった。


怖い。


その言葉が、頭に浮かんだ。

認めたくなかったけれど、怖かった。



息苦しさを感じ、ベットから起き起き上がり窓を開けた。

ふわっと、夜風が頬を撫でた。

庭の木々や花が、月明かりの中で静かに揺れている。


リーゼはその光景を見ながら、思い出していた。



母の手が、温かかった。

父と顔を見合わせ微笑む横顔が、穏やかだった。


兄エルドの手が、大きかった。

頭の上に乗せられた時、重くて、温かくて、それがずっと好きだった。


カイルの笑顔が、まぶしかった。

転ばないように手をつなぐと、にっこりと笑ってついてきた。


あの頃あったものが、今は全部なくなった。



リーゼは窓枠に手をついて、夜空を見上げた。

生き残ったヴェルダ国の人々は、この星を見ているだろうか。


いつも耳につけているピアスをそっと外して、手のひらに乗せた。

晶石のピアス。

光に当てると、瞳に紋様が浮かぶ。ヴェルダ王家の証。


リーゼは、そのピアスをじっと見つめた。

自分はヴェルダの王女だ。

生まれた時から、そうだった。

記憶を失っていた間も、その事実は変わらなかった。


でも「王女」とは何だろう。

今の私は、何をすべきなのだろう。


剣を持って戦えるわけではない。

軍を動かせるわけでもない。

ラクリア国のように、国民へ不安と恐怖を与えるようなことはしたくない。


セルドが「みんなが待っています」と言っていた。

民が、希望を見るもの。

リーゼとカイルが生きているということが、ヴェルダはまだ終わっていないという証になる

——セルドはそう言っていた。



でも、本当にそうだろうか。

私の力で、何かが変わるのだろうか。



リーゼはピアスを耳に戻した。

答えは出なかった。

でも考え続けていると、ふと一つのことを思い出した。


なぜ、みんなはわたしを逃がしてくれたのだろう。

わたしが生きていることには——何か意味があるのだろうか。


ヴェルダの民の誰かが、わたしが生きていると知った時、もう少しだけ頑張れると思ってくれるなら。

諦めかけていた誰かが、明日も生きようと思ってくれるなら。

希望というのは、言葉ではなくて、形なのかもしれない。



ふと、部屋の壁に飾ってあるエレナの刺繍とヴィンセントが描いた家族絵が目に入った。


花の刺繍。エレナが作ってくれたものだ。

リーゼが刺繍を覚えたのは、エレナのおかげだ。

針を動かすことを教えてくれた、あの手。


家族絵は、庭の花がきれいに咲いた思い出に、ヴィンセントが描いてくれたものだ。

気難しそうな人だが、心が温かく、いろんなことを教えてくれた。


この人たちが、リーゼを育ててくれた。

血はつながっていなくても、愛情は本物だった。


そしてアシュリードが、一人でラクリア国とヴェルダ国に向き合ってくれていた。

カイルが孤独の中で強くなった。

セルドが妻を失いながらも戦い続けた。


みんなが、それぞれの場所で、それぞれの戦いをしていた。


自分だけが、知らないうちに守られていた。

でも——だからこそ、今度は自分が立つ時だと思った。

受け取ってきたものを、誰かへ渡す番が来た。

それが今の自分にできる、唯一のことだと思った。


怖い。

もう一度、その言葉が浮かんだ。


消えなかった。消そうともしなかった。

怖いのは、失敗が怖いからだ。


何も変えられなかったらどうしようという気持ちがある。

怖いのは、誰かが傷つくかもしれないからだ。


自分が表舞台に出ていくことで、守りたい人たちが危険にさらされるかもしれない。

怖いのは、自分が弱いとわかっているからだ。

剣も持てない、軍も持てない、それでも立つと決めた自分が、本当に正しいのかどうか、確信が持てない。


でも、みんな、怖かったはずだ。それでも動いた。

怖いことと、やらなければならないことは、別のことだから。



リーゼは小さく息を吸った。

——行こう。怖くても、行こう。

あの人たちが待っているから。ヴェルダの民が待っているから。



リーゼはベッドに戻った。

誰かにとっての、小さな光になればいい。


ただそれだけを、リーゼは静かに思った。



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