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1.プロローグ-庭の少女

ヴェルダ王国の庭は、思っていたより広かった。

整えられた石畳の小道が花壇の間を縫うように伸び、その先に噴水がある。

水面が風に揺れるたび、光の粒が舞った。


ラクリアの王城にも庭はあるが、美しく見せるための庭だ。

整然として、どこか冷たい。こことは全然ちがう。



アシュリードは小道の端に立ったまま、そんなことを考え、しばらく動けなかった。


風を感じながら目を閉じると、ふんわりと花の香りがした。

甘くて、少しだけ湿った土の匂いが混ざった、あたたかい香り。

風に揺れ木の葉がぶつかり合う音、からだがポカポカする暖かな太陽の日差し。



父に連れられ、ヴェルダ国へ来たのは2日前。

後継ぎとして様々な会議に出席しているが、他国で行われる会議への参加は初めてで緊張から自然とからだがこわばっていた。


さきほどの会議の部屋には、このあたたかさはなかった。

あの部屋にあったのは、緊張と、笑顔の裏に隠された言葉と、自分には理解できない何かだけ。



会議の途中で父から退出を促されたとき、この後どんな話をするのか気になったが、正直ほっとした。


ヴェルダ国王は優しい目をした人だった。

「よければ庭園へ行ってみませんか。庭師が丹精込めた庭で、今は花の見頃です。」



——そう言って、扉の方を示してくれた。

八歳のアシュリードには、それがひどく有り難かった。



目を開け、石畳をゆっくり歩き始めると、前方から声が聞こえた。



高くて、弾むような声だった。

小道の曲がり角を過ぎると、二つの人影が見えた。


若い侍女と、小さな——ずっと小さな少女。

少女は花壇に身を傾けるようにして、花を摘んでいた。


その花を両手に抱えて、侍女に向かって何かを言う。

侍女が声を上げて笑う。少女も笑う。

光の中で二人の笑い声が輝いて見えた。


アシュリードは足を止め、近くのベンチに腰を下ろした。


何かに見入るというより、動けなくなった、という方が正しい。

あの笑い方を、自分はしたことがあるだろうか。

あんなふうに、何も考えずに、ただ笑ったことが。


侍女がこちらに気づいた。

表情が引き締まり、深く頭を下げる。


その動きに釣られるように、少女が振り返った。


金色の髪が、光の中で揺れた。

大きな緑の瞳が、きょとんと、不思議そうに、アシュリードを見ている。



数秒、沈黙があった。

それから少女は、こちらへ近づき抱えていた花の中から一本を選んで差し出した。



「どうぞ」


アシュリードは反射的に手を伸ばしていた。

花の茎が、指に触れる。思ったより細くて、柔らかかった。


少女はにっこりと笑った。


侍女がアシュリードへ一礼し、少女の手を引いて花壇の方へ戻っていく。


また何か言いながら、また笑いながら。

アシュリードのことなどもう忘れたように。



一本の花を、アシュリードは握りしめた。

水面を見つめながら、胸のどこかに小さな何かが落ちたような感覚がした。

名前のない、軽いような、重いような。



自分もあの輪の中で一緒に笑えたら、どんなに幸せだろうか。



あの日もらった花は、今も俺のそばにある。ずっと持ち続けた。

——あの笑顔を、また見たいと思っていたから。



こんにちは。春乃ことりです。

今回お届けするのは、敵国の王子との恋を描いた物語です。


実はこのお話、1か月程前から書き始めていますが、20話ほど進んだところで、納得いかない部分が出てきてしまい思い切ってゼロから書き直すこととしました。

この判断がいい方向へ進むといいのですが…。


今回の小説も、皆様の日常にほんの少しの彩りや楽しみとして、寄り添うことができれば嬉しいです。

完結まで、どうぞお付き合いよろしくお願いいたします。

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