抉られた心
「では、今回お姉様がお戻りになられた理由は、そうしなければならなくなった何かがあったから、という事なのですか?」
居場所を知られ、帰ってくるよう言われ続けても、これまで頑なにお戻りになられなかったお姉様。
そのお姉様が思い腰を上げたということは、そこまでの何かがあったのだという事。でも、私にはそれが何なのか皆目見当も付かない。
リーゲル様からは何も聞いていないし、お父様からも特に連絡はいただいていないから。
「まぁ、そうね。先ず一つ目は、貴女の婚姻が破綻しそうだということ」
「えっ……」
嘘!?
昨日漸くリーゲル様との初夜を迎えられたのに、私達の婚姻は破綻してしまうの!?
「違う、グラディス! 違うから!」
真っ青になった私に慌てて駆け寄り、リーゲル様が抱きしめてくれる。
「私達の婚姻は破綻などしない。昨日新たに誓いを立てたばかりだろう。アンジェラも紛らわしいことを言うな」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの……」
お姉様が謝ってくれたけれど、私とリーゲル様の婚姻が破綻すると思われていたことが衝撃的すぎて、何も言葉が出てこない。
すぐには許せる気持ちにもなれず、私はお姉様の顔が見えないよう、リーゲル様の胸に隠れるように顔を埋めた。
「グ、グラディス……ごめん、ごめんね……」
「当然だ。グラディスはずっと君の身代わりだと言われ、心を傷付けられてきたんだぞ。それでも私の妻として健気に頑張ってくれていたというのに、婚姻が破綻だなどと言われたら、ショックを感じるのは当たり前だろう」
「それは、そうだけど……でも仕方ないじゃない。グラディスは王太子妃になるから、代わりにわたくしは貴方と婚姻しろと言われて、強制的に戻って来るよう言われたのだから」
「は……?」
リーゲル様が、動きを止める。
私はリーゲル様の胸から顔を上げ、お姉様の方を向いた。
私が王太子妃に? そして、リーゲル様とお姉様が結婚?
「なんだ、そのふざけた話は! グラディスはシーヴァイスからの求婚を断った! 私だって、今更君と結婚するつもりなどない!」
大きな声で、キッパリ、ハッキリ、リーゲル様がそう言ってくれる。
「だったらどうして、そんな話がわたくしの所へ持ち込まれたのかしらね? 実は貴方達、上手くいっていなかったのではなくて?」
「ぐっ……そ、それは……」
思わず言葉に詰まる、リーゲル様。
そうですよね、私達がうまくいったのは、つい昨日のことですから。言い返すことなんてできませんよね。
「さっきは雰囲気的に上手くいっているのかと思ったけれど。そうでないならグラディスは離縁させて連れて行くわ。わたくし一人でも、この子を養うことぐらいは出来るから」
「ま、待ってくれ! そんな事をしたら、政略結婚の意味が……!」
「え?」
聞き返した私に、リーゲル様がハッとする。
次いで『しまった』という顔になり、その場に気まずい沈黙が流れた。
「………………」
リーゲル様の言った言葉によって頭の中が真っ白になった私は、そっとリーゲル様の腕の中から抜け出す。
「あ、や、ち……違うんだ、グラディス。私は──」
「分かっています。リーゲル様は筆頭公爵家の当主様ですものね。お役目は大事だと、肝に銘じておりますわ」
自分が言ったのだとはとても思えない程、冷静な言葉が自分の口から流れ出る。
漸く気持ちが通じたと、両想いになれたと思っていたのに。
王太子殿下を退けてくれたのも、私を抱いてくれたのも、全て政略の為だったというの?
「グラディス聞いてくれ。政略の為だけだったなら、これまで通り白い結婚のままで──」
「政略であるなら尚更、後継は必要ではありませんか?」
彼の言葉を遮って言うと、言葉をなくしたかのように、リーゲル様は黙り込んだ。
そんな彼を見て、私はやはりそうなのか、と確信を強める。
婚姻当初は白い結婚であった私達。でも、日々を過ごすうちお互いに心境の変化があり、距離が近付いて、『そういうこと』を致しても構わない、という気持ちが芽生えた。
家を継がせるだけであるなら、他家から養子をもらっても良い。けれどやはり一番良いのは、血の繋がりのある子供に、継いでもらうことだから。
「リーゲル、貴方グラディスと離縁なさい。そんなにも政略を気にするのであれば、当初の約束通りわたくしが結婚してあげる。わたくしが嫌なら、アルテミシアでも良いわ。王太子妃はもう決まったから」
「それはどういう……?」
「言葉通りの意味よ。ちなみに、王太子妃は勿論グラディスではないわ。だからそこは安心して」
最後の一言だけは私に向けて。
お姉様は私をリーゲル様から取り返すと、部屋の端に控えているポルテに向かって告げた。
「急ぎグラディスの身の回りの物を鞄に詰めてちょうだい。こんな冷血漢の元に、可愛い妹をこれ以上一秒だって置いておきたくはないわ」
「ま、待ってくれ!」
「待ちません。政略結婚の相手なら、わたくしで十分でしょう?」
リーゲル様に、お姉様が迫力のある笑顔を向ける。
学院時代は、仲睦まじい二人だと思って見ていたけれど、実際は違ったのかもしれない、と今の二人を見ていて私は思った。
「グラディス……」
リーゲル様の手が、弱々しく私へと伸ばされる。
本音では、この手を取りたい。リーゲル様を信じたい。
けれど、心からの幸せを知った今だからこそ、先程の彼の言葉は私の心を深く抉った。




