尋問
王太子であるシーヴァイスが、ヘマタイト公爵夫人であるグラディスに求婚をした、次の日──。
国王不在の謁見の間で、三人の人物が久々の再会に表情を緩ませていた。
「久しぶりだな! 元気だったか?」
満面の笑顔で声を掛けてくる太陽のような瞳を持つ男に、聞かれた女性はにっこりと微笑む。
「元気かどうかは一目瞭然でございましょう? お二人もご健勝のようで、嬉しいかぎりですわ」
「私は元々丈夫だからな。生まれてこの方、一度も風邪を引いたことがない」
「それって馬──ゲフン、ゲフン、何でもありません」
思ったままの言葉を口に出そうとした瞬間、鋭い瞳で睨まれた青年は、わざとらしい咳をして誤魔化す。
「そ、それにしても、よく戻って来て下さいましたね。ダメ元と思い打診したので、良い返事をもらえた時は本当に驚きました」
途端に、女性の表情が憂いを帯びたものへと変わる。
その表情に何かしらを察した男は、慌てたように目の前にいる青年へと話を振った。
「そ……その辺りの詳しい事情を、昨日聞いたのではなかったのか? お前の家に訪れたのは、昨日だった筈だろう」
何故お前が先に立って話さない、と言わんばかりに責められ、青年は声を荒げて言い返す。
「僕だって昨日は疲れてたんだよ! 誰かさんの妹のおかげでね! あんな暴れ馬の相手をさせられた後で姫君を家に迎えてもてなして……いくら何でも限界だよ。昨日は流石に過労で死ぬかと思ったんだからな!」
「それで昨日はわたくしを部屋に案内してくれた後、すぐに居なくなってしまわれたのですね。申し訳ないことを致しましたわ」
心から申し訳なさそうに言われ、青年は「貴女が悪いわけじゃないよ」と、女性に微笑んで見せる。
そして、一瞬で表情を変化させると、目の前ですん──とした顔をしている男を、ビシッ! と指差した。
「悪いのは全部! そこにいる男! 王太子殿下だから!」
「なっ……なんだと!? 私は別にそこまで悪くはないだろう!」
ガタン! と音をたてて椅子から立ち上がり、シーヴァイスは険しい顔をする。
「いいや、悪いね! そもそも王女殿下を攫わせる計画をたてたのは殿下だし、それによってグラディス嬢が危険な目に遭ったのも殿下のせいだし、僕が王女殿下の抵抗にあってヘトヘトになったのも殿下のせい。ついでに言うと、駆け落ちしたアンジェラを無理矢理呼び付けたのも殿下なんだから、全部ぜ~んぶ! 一つ残らず殿下のせいで間違いはない!」
一気に捲し立てられ、言葉をなくすシーヴァイス。
咄嗟に言い返す言葉が思い当たらず、はくはくと口を動かす。すると、アンジェラまでもが彼を尋問するべく口を開いた。
「シーヴァイス様、アルテミシアのせいでグラディスが危険な目に遭ったというのは、どういうことなんですの?」
「あ、い、いや、だからそれは何というか……私はその件については、よく知らなくてだな……」
しどろもどろになりながら答えるが、そこへエルンストが畳み掛けてくる。
「元はといえば、殿下が王女殿下と破落戸のどちらを先に捕らえるかで判断を迷ったせいだ、と聞き及んでおりますが?」
結果二人共を逃し、その後グラディスが破落戸に捕まり、危険な目に遭うことになったのだと。
王太子的に政略の駒となるアルテミシアを逃したくなかったのは分かるが、あの場合はどう考えても破落戸を先に捕らえるべきだった。それぐらい、その場にいた護衛の騎士達でさえ分かっていたことだというのに。
「貴方はご自分の為に、どちらを優先すべきか迷ってしまったんですよね?」
「い、いや、私は……」
「そのせいでグラディス嬢は危険な目に遭ったのに、よくも何事もなかったかのように求婚などできたもんですよね」
「求婚!?」
それを聞いた瞬間、アンジェラの瞳が驚愕に見開かれた。
「ちょっと、それは一体どういうことなんですの? シーヴァイス様がグラディスに求婚しただなんて、わたくしは一言も聞かされていなくてよ?」
まさか、わたくしを呼び戻したのも、その為……?
自分に負けず劣らず美しいアンジェラに詰め寄られ、シーヴァイスは一歩、二歩と後退る。
言い訳をしようにも、あまりに突然その話をされた為、上手い説明が思い付かない。
「シーヴァイス様、逃げずにちゃんと答えて下さいませ。貴方がグラディスに求婚したのは何故なんですの? あの娘はリーゲルと結婚して、幸せになっているのではなかったの?」
じり、じりと追い詰められ、シーヴァイスはゆっくりと、だが確実に後方へと下がって行く。
比例して前へ出るアンジェラと、その後ろを興味津々といった態で追随するエルンスト。
やがて、壁際まで追い詰められたシーヴァイスの背中は、冷たい壁にドン、と当たった。
目前に迫る、鬼となった美姫。
「これ以上逃げられませんわよ。どうして貴方がわたくしの可愛い妹の幸せを壊すような真似をしたのか、正直に話してもらえるかしら?」
にこりと微笑んでくるものの、その瞳は決して笑ってはいない。
「勿論、王族として嘘偽りのない証言をお願い致しますわね」
明日も生きて日の目を拝みたいのであれば──。
そんな風にも聞こえ、シーヴァイスは恐怖に全身を戦慄かせると、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
早く何か言わなければ、と実質的にも精神的にも追い詰められるが、焦れば焦るほど言葉は一つも浮かんで来ない。
そこで唐突にシーヴァイスの脳裏に浮かんだのは、依によって、ここで今一番言ってはいけない一言だった。
「グ……グラディスは、お前の身代わりなのだろう? 身代わりの妻であるなら、手放すことにリーゲルとて否やはない筈。よって、私は何も悪くない」
「身代わり……ね。で、リーゲルはなんて?」
アンジェラの纏う空気が変わったことに、シーヴァイスは気付かない。
だが、いち早くそれを察したエルンストは「余計なことを言うな」と、アンジェラの背後から必死にジェスチャーでシーヴァイスに伝えようとしたのだが、悲しいかな、彼はそんな気遣いにさえも気付かなかった。
「リーゲルは、グラディスを身代わりなどと思った事はない! と。そんな事、あり得ないだろうに」
「そう……。リーゲルはグラディスを身代わりではないと言ったのね。ふぅん……」
何かを考えているかのように、アンジェラが黙り込む。
それを好機と捉えたシーヴァイスは、更なる失言を重ねた。
「だが、そんなのは当然嘘に決まっているだろう。だから、君が本来収まるべきだったリーゲルの妻となり、私が余ったグラディスを貰い受ければ万事解決となる。そうは思わないか?」
「そうね……」
「そうだろう! 君ならそう言ってくれると思っていた!」
「ああああ……」
アンジェラの同意が得られたと喜ぶシーヴァイスに、その後ろで頭を抱えるエルンストの姿は目に入らない。
「であれば、早速リーゲルの邸へ──」
ダンッ!!
「……へ?」
自分の顔のすぐ横でした大きな音に、驚いて肩を跳ねさせたシーヴァイス。恐る恐るといった態で、ゆっくりと其方へ視線を向ける。
そこにあったのは、白くて華奢な女性の手──なのだが、その手の下からは、粉々になった壁の破片が、パラパラと崩れ落ちていた。




