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私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした  作者: 迦陵れん
第二章 旦那様の様子が変です

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ノルマ

「奥様、奥様」


 ポルテが、服の裾を引きながら声をかけてくる。


「どうしたの?」


 とリーゲル様に聞こえないよう小声で問うと、すっかり元の調子に戻ったポルテが、瞳を爛々と輝かせてこう言った。


「旦那様に、朝食をお召し上がりになったかどうかをお尋ねして下さい。まだのようでしたら、私が旦那様と奥様、二人分のお食事をここまでお持ち致しますので、一緒に食事をとられたらどうかと」

「ええっ!?」


 つい大声をあげてしまい、リーゲル様の目が此方に向けられたことに気付いて、慌てて誤魔化す。


「ええっとぉ……あ、あの、そういえば、リーゲル様はもう朝食は食べられましたか?」


 かなり白々しかったと自分でも思う。


 その証拠に、私を見るリーゲル様の目が訝しむように眇められたから。


 でも、ここは何が何でも押し通す。ポルテに二度とあんな不安そうな顔をさせないためにも!


 妙な使命感に燃え、私は表面上の笑顔を崩さずリーゲル様の返答を待つ。


 内心では何を言われるかと心臓が激しく脈打っているが、ここは淑女教育──最上級──の見せ所! とばかりに決して表面には出ないよう、微笑みを顔に貼り付けたまま、それを維持し続ける。


「朝食は……まだ、食べていないが……」


 少しの間の後、躊躇いながら告げられたリーゲル様の言葉に目を輝かせると、私はすぐさまポルテを振り返った。


「ポルテ! すぐに私達の食事をここへ持ってきて」

「かしこまりました、奥様」


 ポルテがすっと立ち上がり、足早に部屋から退出する。


 それを見送った後、私は作戦通りにいった喜びから、素でリーゲル様に微笑みかけた。


「お食事がまだで良かったですわ。私が足を捻挫したせいで食堂に行けなくなってしまい、今後どうやってリーゲル様との仲を深めようかとポルテと二人で悩んでおりましたの。ですが、取り敢えずはこれで本日のノルマはクリアできそうですわ」

「そ、そうか。それは良かった」


 あら? なんだかリーゲル様の表情が一瞬引き攣ったような気がしたけれど、気のせいかしら?


 僅かな表情の変化でも見逃すまいと、普段必死でリーゲル様の顔を盗み見ている私の目には、確かに引き攣ったように映ったのだけれど。


 今ではその片鱗すらなく、いつもの無表情に戻ってしまっている。


 おかしい……。私がなにか、リーゲル様の顔を引き攣らせるようなことを言ってしまったのかしら?


 彼との会話を頭の中で反芻しようとした時、タイミングよく扉がノックされ、笑顔のポルテが顔を出した。


「お待たせ致しました。すぐにご用意させていただきますね」


 テキパキと支度されたテーブルに着き、私はリーゲル様と二人での朝食を始める。  


 途中、ポルテに言われた通り、無理矢理食事についての会話を取り入れたりもしたものの、リーゲル様からの反応はあまり良いものではなかった。


 最初はそんなもんです、とポルテが慰めてくれたけど、こんなことを毎日続けたところで先は見えないと思ってしまうぐらいには、私にとって散々な結果だった。

 

「ポルテ……本当にこれを毎日続けるの?」


 リーゲル様がいなくなった後の室内で、私は涙ながらにポルテに問いかける。


 するとポルテは、当然とばかりに力強く頷いた。


「奥様、まだ本日が作戦の一日目ではありませんか。いくらなんでも諦めが早すぎます。もう少し頑張ってみましょう」

「うう……そうね、まだ一日目だものね。分かったわ……」

 

 しょんぼりしつつ、私はポルテの言葉に頷き、次は食事についての話はやめよう、と思った。


 食事の内容について、何をどう話したところで、リーゲル様からは「ああ」「そうか」以外の言葉が得られなかったから。


 ただ義務的に食事をとっているだけで、その内容や味にはまるで興味がない、とでも言いた気な態度だった。




※ ※ ※ ※ ※ ※




 グラディスとの朝食を終えた後、リーゲルは執務室で再び頭を抱えていた。


「彼女は何がしたい? 私はどうするのが正解なんだ?」


 家令のマーシャルに、グラディスとの関わりを増やせと言われ、それに頷いた自分は取り敢えず時間が合う時だけなら、と妻と食事を共にすることにした。


 だが、いくら食事を共にしてもグラディスが話しかけてくることはなく──自分から話しかけようとする気はサラサラない──、ただただ困惑しながら無言で食事を終える日々。


 これでは何の意味もないと思っていた矢先、朝早くに庭から人の声が聞こえて、自室の窓から覗いてみたら、なんとグラディスが独り言を言いながら踊っていた。


 その動きが思いのほか洗練されていて、美しいとつい見惚れていたら──転んだ。


 あまりのことに呆気にとられ、且つ自分が誰かに見惚れたなどという事実が信じられず、受け入れ難くて暫く呆然としていたら、庭から彼女の姿が消えていることに気付き。


 慌てて探しに庭へ出ようとしたところ、バルコニーで座り込んでいるのを見つけたから、思わず抱き上げた。


 そうしてから、そんな自分の行動に動揺し、それがグラディスに気付かれぬよう手近なソファへと運び、下ろしたのだが。


 その後も動揺がなかなか治らず、色々とおかしなことを口走った気がする。


 気づいた時にはグラディスが自分を『旦那様』呼びではなく、名前で呼ぶようになっていたから、それに関することも何か言ったのだろう。


 冷静に思い返せば思い出せるとは思うものの……正直、思い出したくない。


 あの時はなんというか……動揺と慣れないことをした恥ずかしさのせいもあり、熱に浮かされていたかのような感覚であった。そんな状態での自分の言動など、思い出しても絶対に良い気分になどならないだろう。

 

 しかし、その後から明らかにグラディスの自分に対する態度が変わったことは確かだ。


 近々別の舞踏会へ行こうと言えば露骨に喜び、理由を聞けば自分とイチャつきたいからだと言った。


 先日浮気について追究した際も同じことを言っていたから、恐らく本当のことなのだろう。


 だが──。


「ああも明白にイチャつきたいと、それが楽しみだと言われると、どんな顔をしていいものやら分からないな……」


 それを聞いた時はさすがに無表情を維持できず、片手で顔を覆って見られないように上を向くしかなかった。


 今まで数えきれない程の令嬢達から受けた歪んだ好意などではなく、真正面から全力で向けられた好意。逃げることは不可能で、避ける暇もなかった。


「なのに、私との仲を深めるのがノルマだと? 私と仲良くなった暁には報酬が出るとでも言うのか?」


 そのことが気になり、その後はずっと気もそぞろなまま朝食を終わらせた。朝食の最中、グラディスに何やら話しかけられた気がしたが、殆ど聞いておらず、適当に返事をした記憶しかない。


 それ程までに、その一言がリーゲルの心に歪みとなって残されたのだ。


 ノルマ達成の報酬とはなんだ? そもそも、一体誰とそんな密約を交わした? 自分とグラディスが仲を深めて得する人間などいるのか? 


 しかし、自分達は既に夫婦だ。仲違いをさせようというならともかく、仲良くさせたところで何がどうなるわけでもない。


 だとしたら、その人物の目的はなんだ?


 自分とグラディスが仲を深めることで、何か変わることがあるとしたら──。


「まさか……」


 ある一つの考えに辿り着き、リーゲルはポツリと呟く。


「いやでも、そんなこと……だがしかし……」


 認めたくはないが、その理由であれば納得はできる。


 恐らく、自分とグラディスとの結婚生活の内情を知ったどちらかの家、若しくはその両方から、後継をつくるため仲を深めるように、とでも言われたのだろう。


 リーゲルとて後継の必要性は理解しているが、まだ結婚したばかりであるし、焦る必要はないと思っていた。


 だが、自分がそうだからといって、周りも同じだとは限らない。なにしろリーゲルの家は、国内屈指の公爵家なのだ。後継をつくらないなどあり得ないだろう。


「私と仲を深めようとしたのは、後継のためか……」


 そうして見事その役目を果たした際に、彼女にはどんな報酬が与えられるのか。


 離縁? それとも、もっと別の……。


 瞬間、逃げられた婚約者のことを思い出し、リーゲルはぶるりと身を震わせた。


「私はまた、捨てられるのか……」


 急速に心が冷えていく。


 アンジェラの時はともかく、グラディスに対しては、婚約者であった頃から酷い態度を取り続けてきた自覚はある。だからこそ、彼女には捨てられても仕方がないと思えないこともなかった。


 自分と離縁したいのであれば、婚姻後の酷い仕打ちを盾にした方が余程確実だと思うのに、何故グラディスは自分との後継をつくるなどという無謀な提案を受け入れたのだろうか。


 婚姻前も婚姻後もリーゲルに避けられまくっているのに、仲を深めるなど絶望的とも思えるこの状況で、それでも諦めずに向かってくる彼女の気持ちの源にあるものは何なのか。


「分からない……分からないが、それを知るのもまた一興か」


 呟き、うっすらと意地の悪い微笑みを浮かべる。


「たかが伯爵家と思っていたが、なかなかに強かな者揃いじゃないか。そっちがその気なら、()も全力を持ってお相手するとしよう」

 

 アンジェラの時の二の舞にだけはならない。


 そう決意し、ぶつぶつと独り言を言い続けるリーゲルに、家令のマーシャルは胡乱気な視線を向けていた。







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