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私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした  作者: 迦陵れん
第二章 旦那様の様子が変です

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大いなる第一歩

 その日から、私とポルテの『旦那様と仲良くなろう大作戦』が始まった。


 何かこう、もうちょっと違う言い方はないの? と聞いてみたけど、取り合ってもらえなかった。悲しい。


「良いですか奥様? まず最初の会話は料理についてから始めましょう」

「料理について?」

「そうです。今日の夕食は美味しいですね、とか、そんなようなことでいいんです。とにかく旦那様と会話することが大事なので、恐れず話しかけていきましょう」

「そ、そうね。分かったわ」


 普段あまりリーゲル様と話さないのは、恐れているわけじゃないのだけど……。と思うものの、ポルテには言わないでおく。


 理由はどうあれ、私とリーゲル様が食堂で顔を合わせることがあっても、お互い一言も喋らず黙々と食事をしていることは事実だから。


「そうして、毎日少しずつ会話を続けて、仲良くなったら次へ移りましょう」

「次っていうのは?」

「それは奥様達が仲良くなってからお話しします。」

「そうなのね……。ポルテのケチ」

「そういう問題ではありません! 教えて欲しいのならば早く旦那様と仲良くなってくださいませ!」


 怒られてしまった。


 でも、そうよね。せっかくリーゲル様が一緒にお食事をとってくれるようになったのに、いつまでも見惚れているだけじゃ駄目よね。


 自分からも少しぐらい、仲良くなる姿勢を見せないと。


 ポルテの勢いに押されつつ、自分でも気合いを入れる。


 けれど、私はそこであることに気が付いた。


「ところでポルテ、私は今、足を捻挫してるわけじゃない?」

「はい、そうですね。それが何か?」

「足が治るまではあまり動かないようにと言われたのだけど、食堂には行っても良いものなのかしら?」


 言った瞬間、ポルテが「あっ!」と大きな声をあげる。


 どうやら、私と同じでそのことを失念していたらしい。


「駄目ですよ! 捻挫した足で食堂になんて行っていいわけがないじゃありませんか」


 絶対絶対禁止です、と両手でバツを作られる。


「やっぱりそうよね。じゃあ、リーゲル様とはどこで会話をしたらいいと思う?」

「うっ……」


 明らかに返答に困るポルテ。


 どうやら私達の作戦は、初っ端から行き詰まってしまったようだ。


 今の所、私とリーゲル様が邸内で顔を合わせる場所といえば食堂以外にはないから、そこに私が行けないとなると、会話どころか顔を合わせることすら難しくなってしまう。


「何とかならないものかしら……」


 会話こそほぼしたことがないものの、お姫様抱っこをされた勢いのあるうちに、関係を一歩ぐらいは進めておきたい。


 でも、食堂に行けなければリーゲル様に会えないのだから、この問題をクリアしないことには、どうにもならないわけで。


 二人で頭を悩ませていたら、唐突に部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


 家令のマーシャルさんかな? と思って入室を許可したら、なんと現れたのはリーゲル様で。


「足の具合はどうだ?」


 なんて優しい言葉をかけてくれる。


 それが予想外で嬉しくて、私は叫び出したくなるのを必死に堪えなければならなかった。


「奥様、奥様」


 ポルテが肘で私をつつきながら、小声で声をかけてくる。もうっ、こっちは興奮を抑えるのに必死なのに。


 恐らくリーゲル様の質問に、私が答えるようにと言いたいのだろう。


 いきなり難易度が高いような気もするけれど、食堂に行けなくなった今、リーゲル様と会話できる数少ないチャンスを逃すわけにはいかない。


 私はゴクリと唾を飲み込むと、ドキドキする胸を押さえながら口を開いた。


「足は軽い捻挫で、ニ、三日もすれば良くなるそうです。本日はご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 声が上擦らないよう最大限気を遣いながら、ペコリと頭を下げる。


 本当はもっと違うことが言いたかったけど、緊張して堅い言葉しか出てこなかった。なんてつまらない女なのかしら、私は。


 けれどリーゲル様は特段気分を悪くした風もなく、謝る必要はないと言ってくれた。優しい。


「今日の舞踏会は然程重要なものではないから、足が治ったら別のものに出ればいい。夜会や舞踏会への招待状なら、山のように届いているからな」

「えっ!? それは本当ですか!?」


 信じられない事実に勢い良く顔を上げ、思い切り喰いついてしまった。


 途端に、驚いた顔のリーゲル様と目が合い、私は愛想笑いを浮かべる。


「あ、あはははは。い、今のは……」


 なんとか誤魔化そうと口を開くも、既に彼には私が舞踏会へ行きたがっていることを知られてしまっている。


 しかも、楽しみすぎて独り言を言っていたことまで……。


 だから今更隠しても仕方ないと思うけれど、あまり露骨に喰い付きすぎるのも、はしたない気がして。


 なんて言えばいいのか分からず俯くと、リーゲル様の声が降ってきた。


「どうした? 君は庭で一人で踊ってしまうほど舞踏会が好きなのだろう? だからすぐに次の舞踏会へ行けると聞けば、喜ぶかと思ったんだが……違ったか?」

「いえ、それは間違っておりません。そんなにすぐ次の舞踏会へ行けるとは思っていなかったので、少し驚いてしまっただけです」

「そうか。ならば良かった。しかし君は、どうしてそんなにも舞踏会へ行きたがるんだ? 君のご実家に聞いたところ、婚姻前はあまり出席していなかったと聞いたが……」

「それはもちろん、リーゲル様とイチャ──」

「奥様!」


 ポルテの鋭い声に驚き、反射的に口を噤む。


 待って。私今、リーゲル様に何を言おうとした?


「だ、旦那様、奥様は殊の外ダンスが得意でございまして。ですので、舞踏会で旦那様と他を圧巻するダンスを披露することで、公爵家の威信を取り戻すお手伝いができれば、と。そのようにお考えなのでございます」


 ポルテが慌てて取り繕うように言ってくれたけど、リーゲル様は頷かなかった。


「それは本当にグラディスが思っていることなのか? だったら本人に言わせれば良かっただろう。お前が代わりに言う必要は認められない。何より、使用人が主人の言葉を遮って口を出すのは不敬だと思うが」


 まずい。ポルテが私を助けたせいで、リーゲル様のご機嫌を損ねてしまったみたい。何とかしなきゃ……。


 けれど、私が何かを思いつくよりも早く、ポルテが床に平伏した。


「申し訳ございません! それについては弁解の余地もなく、処罰は如何様になさっていただいても──」

「待って、駄目よ!」


 叫ぶと私は慌ててソファから下り、リーゲル様の前で平伏するポルテを庇うように両手を広げた。


「ポルテは何も悪くないわ。単に口を滑らせそうになった私を助けてくれただけですもの。だからポルテに罰を与えるなんてしないで下さいませ」

「ほぅ。では、あの時君が何を言おうとしたかを尋ねても?」


 少しだけ意地の悪い笑みを浮かべたリーゲル様が、私を見つめてくる。


 今までは無表情なリーゲル様しか見たことがなかったけれど、今日は何があったのか大盤振る舞いだ。次々と色んな表情を見せてくださる。


 とはいえ、それに感動している暇はない。私を助けてくれたポルテが罰を与えられるなんてこと、絶対にあってはいけないから。


「さっきポルテが言ったことは本当です。ですが、あれは正直建前のようなもので、正直に私の気持ちを言ってしまうと……」

「ん? 聞こえないぞ」


 リーゲル様が腰を曲げ、私の方へと耳を近付ける。


 こうなったらもう言うしかない。


 どうせ今まで散々恥ずかしいことを言っているのだ。今更恥ずかしがる必要はない。(でも恥ずかしいけど)


 私が正直に胸の内をバラすことでポルテを救えるなら本望だ。


 チラッとポルテに目をやると、申し訳なさそうな顔をしていたから、安心してという意味を込めて微笑みかけた。


 大丈夫よポルテ。これが私達の作戦の大いなる第一歩となるの。


 内心でそう言ってから、今度はリーゲル様に向き直り、彼のクラバットを見つめながら──目を見て話すなんて恥ずかしすぎて絶対無理!──口を開いた。


「私は、リーゲル様とイチャつきたい一心で舞踏会へ行きたかったのです。幾ら結婚したとはいえ、家の中では全くと言っていい程接点がなく、私はそれが寂しくて悲しくてしかたなかったので。でも、舞踏会へ行けば他の貴族達に私達の仲睦まじい様子を見せつけるため、楽し気に会話をしたり、触れ合ったりするのでしょう? だから私は、それが楽しみで楽しみで……!」


 刹那、背後から服を引っ張られ、私は反射的に口を閉じた。


「奥様、あまりにも素直に喋りすぎです。その辺でよろしいかと」


 後ろにいるポルテに小声で囁かれ、小さく頷く。


 最初は最低限のことしか言うつもりがなかったのに、喋っているうちについ興奮して、余計なことまでべらべら喋ってしまったわ。ポルテが止めてくれなかったら、どこまで言っていたか分からない。


「と、というのが、私の言いたかったことですわ」


 ツンとすまして誤魔化してみる。


 動揺したせいで吃ってしまったけれど。


 そっと窺うようにリーゲル様へ視線を向けると、彼は片手で顔の上半分を覆いながら、上を向いていて。


「あ~……もう、本当なんなんだ……」


 などと、小さな声で呟いている。


 なんとなく首の辺りが赤いような気がするけれど、気のせいかしら?


 などと呑気に考えていた私は、背後にいるポルテが瞳を輝かせていることに気付かなかった。


 





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