勇者の資格 0.5
「これは……酷い。」
周囲に立ち込めるのは、濃い血の香り。
室内ではなく野外の。
ある程度人の手が入った森の中であるにもかかわらず、血の香りに馴れた彼が思わず眉をしかめるほどにその鉄錆の香りは濃く、停滞していた。
その死体は、内部から爆発したかのように。
骨ごと、皮ごと砕かれその破片を地面にぶちまけていた。
破片一つ一つも小さく、原型が分かるものは何もない。
それが四肢を地に付ける動物だったのか、天を飛ぶ鳥だったのか、それとも人だったのか。
それすら分からない出来の悪い挽き肉のような有り様に、そこまでする執念と悪意を見せ付けられているようで、彼は思わず死体から視線を反らした。
死体の血は肉はまだ色鮮やかな赤やピンクを晒しているのにもかかわらず、血の香りに混じって果物が腐り堕ちるような。
甘い、腐敗臭が違和感として鼻につく。
毒を思わせるその香りに、彼は首もとに巻いたペンキのように鮮やかな赤色のマフラーを口許まで持ち上げた。
「……。」
周囲に獣の気配はない。
これだけ血肉が飛び散っているのにも関わらず小鳥一匹姿を見かけることがない。
血、一滴すら。
地面に吸い込まれることは無く、雨で湿った地面の上にういている。
恐らくこの肉片と血を合わせれば生前と同じ体重になるであろう事を彼は知っていた。
その光景は彼が失敗した証であり彼の後悔を加速させる出来事であり。
これから起こる悲劇、あるいは喜劇の序章にしか過ぎないことを。
彼は知っていた。
それでも、彼はその死体から目を逸らす事しか出来なかった。
月明かりを遮る黒い影が、彼の姿を覆い隠した。




