勇者の資格 1
「いらっしゃいませー!」
男達の喧騒に書き消されそうな小さな扉の開く音。
それを逃さず聞き届けた給仕員の娘は机の食器を片付けながら、顔を入り口へ向けた。
「席は空いてるかい?」
入り口の近くに立っている男は食堂の音に書き消されないような大きな声で問い掛ける。
「食事の人?空いてるけど、あんた旅人でしょ?先に宿とってくれれば食事安くなるわよ?というか、食べ過ぎなきゃタダだよ?」
娘は見知らぬ姿に手を止めて、まじまじと男を見ながら言う。
最初に目を引くのは見事なまでに赤いマフラーだった。
毛糸ではなくやや光沢のある滑らかな生地でつくられたそれは、彼の首元を鮮やかに彩っていた。
それは、彼の穏やかな翡翠色の瞳によく似合っていて娘は思わず感嘆の息を吐いた。
娘の視線は徐々に下へと向かう。
やや褐色気味のよく焼けた肌。
体格もよく、着込んでいるマントの隙間から筋肉質な肌が見える。
革紐で腰に下げた使い込まれたロングソードが彼の身分と実力を端的に示していた。
「宿屋も、やってるのかい?それは助かった。先に部屋をとった方が良いとは思ったんだがどうにもお腹が空いてしまってね。」
男の言葉にぼんやりとしていた娘は我に返る。
「そ、そりゃ運が良かったね。うちの宿は居心地が良いって評判なんだから是非泊まっていってよ!」
値踏みふるような視線を向けたことを恥じて頬を赤く染めながら誤魔化すように出した声は普段よりやや高くて。
緊張からややひきつった笑顔を張り付けた娘は男に駆け寄る。
「それは楽しみだ。案内してもらえるかい?」
「もちろん!」
娘の媚びたような動作に気が付かないように男はあくまで自然に娘に微笑んだ。
「マリーさん、料理たまってて料理長が怒ってますよ?」
その様子にもう一人。
娘が手を止めている間、忙しくテーブルの間を駆け回っていた少年が口を挟む。
「父さんには、お客さんを部屋に案内するから抜けるって言っといて。あと、律儀に料理長なんて、呼ばなくて良いわよ。どうせ厨房一人なんだから。」
「え?宿は今おかみさんが見てるじゃないですか。」
「私が案内するの!ほら、あんたは働きなさい!!」
「おい、坊主。こっちにも、蜜酒くれ!」
「今いきます!………はやく、帰ってきてくださいよ?」
しぶしぶといった様子で、少年は引き下がる。
赤マフラーの男をちらりと少年を見ると、その穏やかな表情に軽く頭を下げてから娘が半端に片付けたテーブルに手をつける。
「さ、宿はこっちです!」
「あぁ、ありがとう。」
先導し、宿の宣伝と注意を始めた娘の背を追うために男は一歩を踏み出す。
「弟くんには悪いことをしたかな?」
「弟?違いますよ、森で倒れてたのを私が拾ったんです。」
「へぇ………森って街道沿いの?」
「そうですよー。お金ないみたいなのでここでしばらく雇ってくれって。
ちゃんと働くんで助かってますけど。」
「そうなんだ。」
男が振り返るも少年の姿は、人混みに紛れて見つからない。
それでも男はマリーに呼ばれるまでじっと、酒場の奥を見つめていた。




