第一幕、ロミオ・ダンス6
「むぅ……口内炎がパレードのくす玉よろしく、瞬く間にその役割を終えたわ。ありがとう、ロザりん。できれば次からは、優しくお願いね」
ジュリは内と外から傷む己の左の頬を、さすりながら不平を垂れた。口の端から一筋の血がこちらも垂れ、ジュリはそれを慌てて拭う。
「それと、鳩尾は止めてね。そこは丹田っていって、呪術使いの呪力の中枢なの」
「ぶつぶつ言ってないで、ここまできたんなら、洗濯を手伝いな。腐れギャングスターさんよ」
ロザラインは井戸の横で、洗濯板に汚れものをこすりつけながら毒づいた。バラックを離れた二人は、近くの公園の井戸の脇で洗濯物を相手にしていた。洗濯という割には、泡らしい泡立ちはしていない。水に浸けた後は、力でこすり上げるだけの原始的な洗濯だ。
「お日様もふて寝を決め込むこの真夜中に、洗濯だなんて。選択の余地はなかったの? それとも女神様の御宣託でもあったの?」
「頼むからその芝居がかった、つまらないシャレは止めてくれ。頭が痛くなってくる」
「死んで頭蓋骨になったら、嫌でも黙るわよ。あ、でもシャレ頭だから、私ならしゃべり続けるかも」
「たく……何処までも、人を逆なでする気だな? 洗濯物はあれだ、ほら。単純に量が多いんだよ。誰かさんが見境なく、子供を連れて帰ってくるからな。手間がかかる子供は増える一方なのに、大人の手はまるで足りてないんだよ」
「……」
「何だよ、ジュリ。この程度の当てこすりに黙っちまうなんて、お前らしくないぞ」
「失礼。身寄りのない子供が増えるペースが、雪解け水が小川と流れるように、日増しに増えている気がしてね」
「子供が子供を産んでるんだよ。貧困の拡大の、典型みたいなもんだ」
「貧困の拡大……禁呪法のせいね……この呪術都市で呪を禁じるなんて、自殺行為よ」
ジュリはそう言うと、洗濯物の一つを手に取る。ツギハギのあてられた、子供達のシャツだ。
「懐かしいシャツ。お下がりで貰ってきた服だわ。それでまた下の子にお下がりして、皆で着て着回している服よね? 最初にこれを着たのは、確か私だったわ。今は誰が着てるの?」
「別に、皆で奪い合って着てるからな。誰がってのはないよ。持ちつ持たれつさ」
「ふーん。私達が子供の時よりも、ずっと貧しくなってるのね。子供が増えるのも道理ね」
「生活苦からすぐ、クスリに頼ろうとするしな。そしてヤバいクスリに手を出したら最後――」
「クスリに溺れて子供を手放すのね……」
「手放してくれるだけ、まだマシさ……」
「……そうね……」
「お上も法律啓蒙パーティとかしてる暇があったら、クスリの取締りを強化しろってんだよな」
「法律啓蒙パーティ? 何、それ? ロザりん」
「享都府主催の、呪術禁止を訴える、一般の皆様向けのお勉強パーティだとさ。財界、政界を問わず、結構なメンツで、丸危公園で飲み食いするらしいよ。羨ましいね。ま、アタイら一般外は、元よりお呼びじゃないけどね」
「ふーん」
「そう言えばジュリ、今日はクスリの売人を突き出してくるって言ってたっけ?」
「ええ。おびき出して、一市民のふりをして通報しておいた、一般の警察に突き出して終わり。ピーマンのヘタとワタを取る作業よりも、下手を打つこともワタワタすることもない楽な仕事のはずだったのに――」
「ん? ヘタ? ワタ? あぁ、今のシャレか? もう少しましなシャレを――」
「やってきたのは、大紋宮の連中だったわ……」
「誤魔化したな? まあ、いいや。で、泣く子も狂う大紋宮だって? 日曜の夜に仕事熱心なこった。いいじゃねえか。ヤバいクスリの売人なんて、輪をかけてヤバい連中に任せておけば」
「財布に残しておいたクスリは、割とヤバくないものにすり替えおいたから――」
ジュリがスカートのポケットから和紙の包み紙を取り出す。その中にはやはり、先程と同じ黒い粉末が入っていた。その包み紙はジュリが一睨みすると一瞬で赤い炎に包まれた。
「彼の罪は、アヒルの産毛程度には、軽くなるでしょうけどね」
「けっ! そんな奴にまでお情けをかけるなんて、ジュリエット様はお優しいこってすね!」
ロザラインはジュリの取った処置が気に入らないのか、一際大きな音をさせて洗濯物をはたいた。それはやはりつぎはぎだらけの子供のシャツだった。