第一幕、ロミオ・ダンス7
「てか、カナ臭いな?」
ロザラインは燃え広がったクスリの匂いに気色ばむ。その匂いを追い払うかのように、わざとらしく洗濯物をはたいた。井戸端から小さな公園内に、カナ臭い匂いが散っていく。
「黒いクスリの正体は鉄だからよ。砂鉄なのよ、ロザりん」
「砂鉄? 砂鉄が何でクスリになんだよ」
「分からないわ。でも呪力を感じるわ。誰かが砂鉄に呪術を使って、クスリを作り出しているのかも。推測だけど」
「できんのか? そんなこと?」
「それも、分からないわ。鉄の呪術者ならあるいは……」
「クスリに、鉄の呪術ね……カナ臭いってか、キナ臭い話だな」
「……そうね。でも、気になるわ……」
ジュリは洗濯物を眺めながら、ポツリと呟いた。
「何が? てか、いい加減洗濯手伝えよ、ジュリ」
「匿名の美少女の、電話による垂れ込み――」
「美少女? 匿名の電話で美少女かどうか、分かるのかよ?」
「美少女は声からして違うのよ」
「はっ、少女かどうかすら、怪しいがな」
「何、人の胸元ジロジロ見てんのよ、ロザりん?」
「別に。自分の胸に訊いてみたらどうだ? 訊く胸があればの話だがな」
「ふん。失礼ね。でも何故、大紋宮が動いたのかしら? 少女の声が、あまりに切迫していたからかしら? まるで少女歌劇団の卒業試験のように、迫真の演技だったせいかしら?」
「迫真の演技ね……まあ、言ってろよ。ほら、洗うのはいいから、乾かしてくれ」
ロザラインはそう言うと、ジュリに洗濯物を手渡す。
「魂をも燃やす私の炎の呪術を、乾燥機代わりに使う気ね、ロザりん」
「他に役に立つ気なら、そっちにいきなよ。炊事場の連中が、ジュリを炊き出しの専属にしろって、日頃からうるさいからな。重宝されるぜ。炊事係のアンジェリカが、毎日ミートパイを焼いてくれるかもな。肉と小麦粉と――奇麗な水さえ、毎日手に入ればだがな」
「むぅ……」
ジュリはそう一言唸ると、洗濯物を夜空に向かって放り投げた。そのまま何やら呟いて、ほどけ始めた洗濯物の固まりに左手を向ける。
ジュリの左手から炎が放たれた。井戸の周りがその赤い閃光に照らされる。その炎はそれ自身が生き物でもあるかのように、舐めるように洗濯物をかすめて消えた。
「サンキュー。こういうのは、流石だな。もう全部乾いてやがる」
落ちてきた洗濯物を、ロザラインがカゴで受け止める。
「いくわ、ロザりん」
ジュリはロザラインが受け止め損ねた洗濯物を一つ、空中で掴みながら不意に切り出す。
「何? 何処にいくって? 炊事場か? 人間コンロになる決心がついたのか?」
「違うわよ。私の心に火が点いたのは、禁呪法の啓蒙パーティとやらの方よ」
「何しにいくんだよ。ごちそうをガメる気なら、止めときな。割が合わないって」
「この貧困の最大の原因は、禁呪法よ。その親玉は見ておきたいわ。今の府警のボス――享都府警本部長が警察庁の官僚時代に、この法律は国で通ったのよ。警察庁と厚生労働省の役人が一緒に政府に働きかけてね。それなのに、最も影響が大きいはずの、この古の呪術都市――享都府警のボスに収まっている。おかしいわ」
ジュリはそう言うと身を翻す。その右手がスカートのポケットに収められた。
「いくのは構わないけど……」
その仕草を見とがめたロザラインが、とっさにジュリの手首を掴んだ。
「何、ロザりん? 止めないで。ロザりんに引き止められると、もやいに繋がれた小舟のように、私の決心はふらついてしまうわ」
「いや、もやいも小舟も、どうでもいいし。ただ、これは置いていけ」
ロザラインがジュリの手首を引き上げる。ポケットから出てきたジュリの手には、小さな布切れが握られていた。
「着替えよ。乙女の最後の貞操帯で、男の最後の関門よ。いずれ打ち破られる定めにある、プラトニックラブを誓う誓約書よ」
「プラトニックとか、知ったこっちゃないし。言いたいのは、そりゃ、アタイのだってことだ」
「嫌ね、貸してよ。持ちつ持たれつでしょ? 同じ股の布を履く仲でしょ?」
「履いとらんわ! お前にアタイの下着が、必要なもんか!」
ロザラインが怒りに任せて右手をふるうと、
「グハッ! びびぶば、どべぶべば、ぐぎぶびゃ!」
ジュリはやはり意味不明の悲鳴を上げながら、大げさに路地を転がっていった。




