第五幕、ロミオとジュリエット7
パリス逮捕の翌々日の朝。ジュリはいつもより早く目が覚めた。禁呪法は解除される見通しと、昨日拾った新聞で知った。世界が変わったような気がしたが、それは半日だけだった。
世界は特に変わってはいない。朝起きて、みすぼらしいアジトを見るにそう思う。
ジュリはパジャマを脱ぎ、いつもの着替えを手にとった。
ジュリは今日もこの赤と白の装いで己を彩り、貧と富に色分けされた享の街に出かけるだろう。せめてあの少女警官が時折遊びにくれば、世界は変わったと実感できるのかもしれない。
だが元より住む世界が違う。ここには禁呪法以外の犯罪者も多く住む。次にまた会う時はもう一度敵同士かもしれない。所詮ギャングと警官なのだ。
なら慣れ合わない方がいい。表の看板に『警察官元立寄所』とでも記念に書いておこう。
ジュリがそう思って一階に降りると――
「――ッ!」
「おはよ」
澪がいた。
「何よ! 何であんたが、ここにいんのよ! 何しにきたのよ!」
ジュリの顎が大げさに上下し、けたたましくも声を荒らげた。まるでペダルで打ち鳴らす、ドラムのハイセット――その上下に打ちつける二枚の金属板のようだ。
「あら、つれないわね。もうお友達でしょ、私達?」
こちらは木魚を叩くかのように暢気に、おにぎりを頬張りながら澪が答える。
朝食のようだ。持参したのだろう。澪はジュリのアジトに勝手に入り込み、あまつさえお茶まで入れて澄ました顔で事務机に座っていた。
やはりサイズがいまいち合っていない、貧民街には似合わないこぎれいなスーツを着ている。
「はぁ?」
「今日から私、ここで暮らすことにしたし」
「なっ! 何勝手に決めてんのよ! こんなところから、警察に出勤するつもり? ここは犯罪者の巣でもあるのよ!」
ジュリは慌てて澪に詰め寄った。バンッと机に手を叩きつける。
衝撃で机が上下する。その一瞬前に、澪が湯気を立てる湯のみを持ち上げた。
「市民の中に入っていってこそ、警察官の鑑じゃない。ぷはぁ」
そのままずずずっと、澪はお茶をすする。
「『ぷはぁ』じゃないわよ! 何暢気なこと言ってんのよ! 何なのよ!」
「何て言うか、私はスカートをめくる覚悟ができたのよ」
「はい?」
「えいっ!」
澪の左手が春の突風の化身のように、ジュリのスカートをめくり上げる。
「――ッ!」
ジュリのスカートは長い。それ故にめくれ上がったそれは、風を受けて帆のように大きく広がった。あまつさえ突然部屋に入り込んできた本物の春一番が、助力をするように吹き上がる。
「ほほう……トランクスとは……やっぱり中身は男なんだ。てか、そこは外身じゃないの? まぁ、女物履かれてても、退くけどね」
澪が評論家気取りで顎に手をやり、やや腰を曲げてまじまじとスカートの中を見る。イスに座っていた澪。その横に立っていたジュリ。パンツは澪の直ぐ目の前にあった。
「あ、あんたね……」
ジュリは真っ赤になりながら、尚も暴れるスカートを押さえた。
「私、これからここで、商売を始めるし。よろしくね」
「商売? 何言ってんのよ。あなた警察官でしょ?」
「モンタギュー本部長が、特別に認めてくれたの。その商売なら、むしろオッケーだ。副業を許可するってね。ま、私は実質はボランティアになると思うけどね」
「はぁ? 何なのよ? それに言っとくけど、ここいらでまともな商売なんて――」
「どんな事件も、『劇的』解決! キャピキャピレッド探偵団! 何てどう?」
澪は自慢げに胸を張り、ふふんと鼻を鳴らしながら立ち上がる。
「キャピキャピレッド団は、私のギャング団の名前よ!」
「いいじゃない? これからは探偵団で! スパイとか、怪人とか、わくわくするような奴らを、相手にするのよ!」
心躍るのか、はやる気持ちのままにか、澪はくるくるとその場で回ってみせた。
「いつの時代の探偵よ!」
「あら、探偵団よ! そんな感じでしょ?」
「探偵団って言葉自体が、古いわよ! スパイも怪人もいつの時代の話よ!」
「あら、そう。でも、ジュリのかけられた一万三、二七二件の容疑。それは禁呪法がらみのものが多いわよね?」
「……何が言いたいのよ?」
「モンタギュー本部長にかけあったのよ。元より禁呪法自体が間違い。ならそれがもとになった容疑も間違いじゃなかって」
「はぁ?」
「それでね。誰かの役に立てば、それを少しずつチャラにしてくれるって」
「余計なお世話よ」
「そんなんじゃダメよ、ジュリ。あの子達まで、ゆくゆくは本物のギャングにするつもり? あの子達がなついているあなたがギャングだと、あの子達も同じ道を歩むんじゃないの? でも、あの子達はあなたみたいにうまくは立ち回れないわ。捕まって、人生をフイにするだけ。せっかく悪法はなくなったのに」
「それは……」
「はい、ギャング団は今日で解散! 決定! これからは探偵団!」
「なっ? ふん! 探偵団の仕事なんて、元よりあるもんですか!」
「あ、そう? あるんじゃないかな? 長女、次女にお家を乗っ取られた富豪さんとか――」
「はい?」
「親が毒殺されて恋人に辛く当たる若社長とか! 多分探偵団を必要とする人は沢山いるよ!」
「何ふざけてんのよ、あんたは!」
「えっ? 至って真面目だけど? おかしい? ここいらの人の役に立つには、一番いい商売だと思ったんだけど?」
「本気なのね……何処までも本気なのね……何かしら、この二人の間にある温度差は? 誰か教えて下さらない? マクスウェルの悪魔にでも、観察してもらった方がいいかしら?」
「またまた、訳の分からないこと言って」
「しかも、この街で暮らすつもりなのね……」
「違うわ。『ここで暮らす』って言ったでしょ? カギのある部屋あったよね。貸してね」
「なーっ!」
「スパイとか怪人とかさ、キャリアだとなかなか捜査が回ってこないのよね。実を言うとさ、警察入ってからちょっとがっかりだったんだ」
「キャリアじゃなくても、警察にそんな仕事回ってこないわよ!」
「えっ? そうなの?」
「キーッ! 腹立つわね! この天然娘!」
「おっほーっ! 女の子なのは、もう認めてくれてるんだ」
「なっ! 何を!」
「よっ! 澪! お客さん連れてきてやったぜ!」
尚も言い合う二人は、不意に入り口から声をかけられた。
二人が振り向くと、少女を連れたロザラインがそこには立っていた。
「ほらきた! ロザライン! 早速ありがとうね!」
「ロザりん? 何してんのよ?」
「えっ? 何って、探偵団の仕事だろ? 澪がアタイを受付嬢にしてくれるって言うからさ、張り切って初仕事を見つけてきたんだけど」
「ななな……受付嬢? ロザりんが?」
「おうよ。嬢だぜ、嬢。にゃはは、アタイにはちょっと気恥ずかしい呼び方だけどな」
「何を言ってるのよ、ロザりん! 探偵団なんてしないわよ!」
「えっ? 表の看板まで、作り直しておいてか?」
「へっ? 表の看板?」
「はいはい! どうぞどうぞ、奥へ、奥へ! ほら、ジュリお茶でも用意して!」
騒がしい二人を尻目に、澪が暢気に少女を引き自らとともに席に座らせた。
「ま、まさか!」
ジュリがロザラインを押し退けて、慌ててアジトの外を覗き込んだ。そこには『キャピキャピレッド探偵団/よろず相談受付ます』の文字が張り出されていた。
勿論元の『キャピキャピレッドギャング団/ならず者お断り』の上からだ。
おまけに『警察官現役ばりばり立寄所』とまで書いてあった。
猫のイラストはそのままにしてあった。イメージキャラクターは継承するらしい。
「澪!」
「うんうん、それは大変ですね。でも、お任せ下さい。我々に――」
ジュリが慌てて振り返るが、澪は真剣そのものの顔で――
「ロミオとジュリエットに!」
依頼者の話を早速引き受けていた。
底本
『ロミオとジューリエット』シェイクスピア作平井正穂訳(岩波書店)
参考文献
『シェイクスピア物語(下)』チャールズ・ラム/メアリー・ラム作安藤貞雄訳(岩波書店)




