第四章、モンタギュー・激昂7
「祈りは――呪は禁止されてますわ!」
ジュリが崩れ落ちるモンタギューを横目に、むしろそちらに皆の意識がいく隙を突くかのように、何の予備動作もなく左手をふるった。
「人の心の中の願いまでは、誰も禁じてはいないよ」
パリスはジュリが不意を突いて放った炎の呪術を、僅かばかりに身をそらして避ける。
「あぶねぇだろ!」
炎はパリスに避けられ、ティバルトの鼻先をかすめて壁にぶつかった。その様にイスに縛りつけられ、幾ばくも動けないティバルトがそこだけは自由になる長い足を打ちつけて暴れた。
「呪は元よりまじない。祈りが口について出てしまうもの。願いが形に現れてしまうもの。何処で線引きをなさるおつもりでしたのやら」
ジュリは口を開きながらも次々と炎を放つ。
「真摯な祈り程、呪に近づく。仕方がないよ」
だがパリスは右に左にと、必要最小限の動きでそれを避けてしまう。
「……」
「そこら辺の分別は難しいんだ。ゴミのそれと同じでね」
「――ッ!」
ジュリの中で何かが一瞬で火が点いたようだ。一際大きな炎がパリス目がけて放たれた。
「初めて会った時から、随分と敵意を向けてくるね、君は」
今までよりは大きく。それでいてやはり紙一重でパリスはそのジュリの怒りの塊のような炎すら軽々と避けてしまう。
「パーティでの視線も、お気づきでしたのね。そうですわ。禁呪法以来、衰退を始めたこの享都。私はこの街で、ゴミのように扱われて生きてきましたわ。他人の分別など、期待できない世界でね。その元凶が目の前にいるんですもの。何を我慢しろと、おっしゃいますの? 私はゴミ扱いされるのが、この世で一番嫌いですのよ」
ジュリが憎悪とともに左手を向けながら、パリスに向かって吠えた。
「ゴミ扱い? 避けられて生きてきたかい?」
「ええ、貧民街で生きているが故に。呪術を使えるというが故にね」
「それはどうだろうね。空を飛ぶ程の呪力の持ち主はなかなかいないからね。それは多分、畏怖と恐怖というやつだよ。君は畏れられるが故に、返って邪険に扱われてきたんだろうね。だがそれは禁呪法のせいかな? 異質なものは排除したい。それは単なる人間の、普通の性質――性ではないのかな?」
「何を……」
「その力。その容姿。その気高い心。禁呪法などなくとも、君は一目置かれ、そして多くの人に避けられていたはずさ。やはり恐れられてね。それが怖くて、君は色々な人に親切にしているのだろう? 違うかい? 衛藤ジュリくん」
「憶測で人を決めつけるとは……意外につまらない方ですのね……」
「その割には、いい感じに君の顔は憎悪に歪んでいるよ。だがいい顔だ。増々惚れてしまうよ」
「あら、思わぬところで、愛の告白を聞けるとは」
「噂は前から聞いていた。写真も手配書で見ていた。しかし自ら敵地に身一つで乗り込んでくるとは……しかも隠しもせず、その美しさを曝しながら。素敵だ。一目で恋に落ちたよ」
「あら、パリス知事。外見に惑わされると、いざフタを開けると後悔するかもしれませんわよ」
「そうだ! コイツはカマ野郎だぜ!」
ティバルトが縛られながらも悪態をついた。
「私は物事を決める時は、先入観なしで決めようと心に決めている」
「へぇ……」
だが二人はティバルトを無視して話を続ける。
「好きになった人が、たまたま同性だった。異性を好きになるべきだ――そういう先入観さえなければ、何の問題もない」
「……」
「愛してしまった人が、たまたま敵だった――それも何の問題もない」
「お友達になれそうですわね……」
「そうかい?」
「怪しげな黒い粉が、フケのようにあなたの身から、こぼれ落ちなければね……」
ジュリの左手が赤く光る。
「おや、身だしなみには、気をつけている方だけどね。ましてや愛しい人の前だ。ぬかりはなかったつもりだったんだけど」
「『愛しい人』とは心くすぐるお言葉。流石は人誑しの知事様ですわね。ですが――」
ジュリはその言葉とは裏腹に、
「私とこの享の都をゴミと化したあなたに、私が心許すとお思いになりまして?」
憎悪に燃える瞳とともに、燃え盛る炎をパリスに放った。




