第一幕、ロミオ・ダンス4
古の都――享都。
かつて呪術で栄えたこの享楽の都は、今や只の巨大なスラムと化していた。
十五年前に施行された禁呪法が、この街から全ての活力を奪い去っていった。
代わりにこの街に偽りながらも活力をもたらしていたものがある。
それは何処からともなく流れてきた――黒いクスリだ。
人々は呪術を禁止され、その代わりを同じご禁制ながら手に入りやすいクスリに求めた。
人々はクスリの享楽に溺れ、そしてクスリを手に入れる為に短絡な手段に手を染めた。
享楽と短絡が手を取り合い、クスリと犯罪が二人三脚をするかのように――
享の都は確実に廃れていった。
享都市上刑区下断売咬座通り東入る――
享都府警本部。
「失礼します」
その青年は実に涼しげに享都府警本部執務室に現れた。
背中を見せていたこの部屋の主に向かって、青年は凛々しくも口を開く。
「お呼びでしょうか? モンタギュー本部長」
いや青年ではないようだ。その凛とした声は、青年と呼ぶにしては少々若い。そして少年と見ても明らかに高い。鈴の音が鳴るかのようだ。そう、彼は彼女――少女だ。
男物と見紛うパンツのスーツに身を固めた少女のその身なり。若さ故かその姿はややぎこちない。スーツが着慣れないのだろう。よく見れば、幾分サイズも合っていないようだ。もしかすると本当に、男物のスーツなのかもしれない。
少女としては少々短いその黒髪と相まって、一見はやはり青年のようにも見える。
「おお、きたか! 一路澪! 一年でこの部署に栄転とはな! 流石我が享都府警始まって以来の天才!」
モンタギュー本部長と呼ばれたその人物は、少々大げさに振り返りながら少女を迎え入れる。
ここは府警本部の最上階。そのワンフロアをほぼ一室で使っている執務室だ。この広い部屋に大きな机一つしかない。鉄製の重厚な作りのその机以外は壁に掲げられた額があるだけだ。
肩書きもそのフロアも、名実ともに享都府警のトップに君臨する人物。
それがこのモンタギュー本部長だ。
「お褒めいただき光栄です。責任ある部署に配置され、身が引き締まる思いです」
澪と呼ばれたその少女は、机に近づくとスーツ姿で勇ましくも敬礼をしてみせる。
「まあ、そう固くなるな。十五でキャリア試験を受かるような、特例中の特例が、そう気張っていては皆が緊張する」
「はっ」
「皆がロミオと呼ぶそうだな」
本部長は意地悪げに片目を細めながらも、頼もしげに澪に視線を送る。
「はい。あまり好きには、なれないのですが……」
「がははっ! まあ、そう言うな。近づき難い天才少女に、少しでも親しみ易くしようと、皆がない知恵を絞った結果だ。呼ばせてやれ」
「はっ」
「私の直属のこの部署に呼んだ訳は、分かっているな?」
「勿論です。本部長」
澪は壁に掲げられた、己の新しい部署の名前を見上げる。
大紋宮――
その書にはそう墨が走っていた。
書き込んだ人間の、誇りと思い入れを表したかのような筆の冴えだ。
「本部長肝いりの部署。その役目はよく分かっています」
澪はその筆の迫力に背中を押されながら口を開く。そしてその額に一緒に掲げられていたのは、鏃の形が放射線状に配置された紋章。警察の権威の象徴――桜の大紋だ。
「桜の大紋に誓って、必ずやこの私が――」
やはり意地悪げなそれでいて試すような笑みを浮かべ、本部長が一枚の手配書を放り上げた。
鉄製のクリップに挟まれていたそれは、本部長の左手が動くの合わせて宙を舞う。
まるで本部長の手で直接掴まれているかのように、それはこの部屋を自在に舞い狂った。
手配書が澪の目の前を舐めるように通り過ぎる。
その瞬間――澪の左手が一閃した。
「大紋宮の一路澪が――」
キンッ――という甲高い音ともに、その手配書は一条の光に打ち抜かれた。その勢いのままに、壁に打ちつけられる。
「衛藤ジュリを捕まえてみせます!」
手配書の中で不敵に微笑む赤と白の少女が、氷柱に額を貫かれて左右に揺れた。