第一幕、ロミオ・ダンス3
「おのれ! 衛藤ジュリ!」
飛び出した弾丸が、ジュリの放った赤い炎にやられて一瞬で変形し、四散した。
それを確かめた指揮官が、憎しみに声を震わせながら叫ぶ。
「そうよ。私がキャピキャピレッド団の頭目――衛藤ジュリ! 警察の皆様。手配書の写真、どうにかなりませんこと? 隠し撮りなんて失礼ですわ。少々ピンぼけしてましたわよ。ちゃんとプロのキャメラさんを呼んで下さいな! 後、スタイリストさんと、メイクさんもね!」
「ほざけ!」
「ひぃ……」
クスリの売人はもう一度悲鳴を上げると、腰を抜かしながら駆け出した。
「あら、どちらへ? そちらには大紋宮の皆様がいらっしゃいますわよ?」
「るっせえ! 大紋宮の連中の方が、てめえよりよっぽどマシだ! 緋撃のジュリエット!」
「その手配書は今日で用をなくす。心配はご無用ですよ。お嬢さん」
指揮官が飛び込んできた売人の腕を掴まえながら、苦々しげに言い放つ。
「あら? うら若き今の私の姿を永遠に閉じ込めて、この美貌を未来永劫宣伝して下さるんではなくって? 琥珀に閉じ込められた同じ境遇の蝶が、嫉妬に鱗粉をまき散らさんばかりにね」
「ふざけるな!」
周りを固めていた警官隊の一人が、警棒を振り上げて飛びかかってきた。そのままジュリの頭を叩き割らんと、鍛鉄でできた鉄の塊を振り下ろす。
「ふふん」
だがジュリは軽くそう笑うと、右足を左足の後ろに退く。軽やかに身を翻して警棒を避けるや、左手で己の唇を軽く触った。
警棒を避けられた警官の顔が、勢い余って目の前に現れた。
そうと見るや、ジュリはその左の掌を唇から離し、身振りも軽やかに前に突き出す。
「グワッ!」
何げない動きで出されたその左腕の動き。それを見切れなかったその警官は、ジュリの左の掌から発せられた炎に顔を焼かれてしまう。
だが炎は一瞬で消えた。警官は顔の火傷を逃れ、慌ててその場を飛び退く。顔を炎に包まれた警官は、仲間の警官に身を抱えられて助け出された。
「あら、大げさですこと。驚かせてあげただけですのに」
「おのれ! 油断するな! 全員でかかれ! 奴の呪術を許すな!」
「はっ!」
「呪術……それが、何か悪い?」
ジュリはそう呟くとアスファルトを蹴った。その一蹴りで飛びかかってきていた警官達をまとめて下に見ると、そのままもう一度虚空を蹴る。
赤いハイヒールの底が、これまた空中で赤い閃光を発した。まるでそこにバネでもあったかのように、少女の体は更に軽やかに宙に舞い上がる。己を捕まえようと手を伸ばす警官達。その遥か頭上で少女は赤く長いスカートを翻し、背中から一回転していた。
「何!」
「ふふん……」
ジュリが鼻で笑って着地したのは、先程まで己が背中を預けていたビルの屋上だ。五階建てのビルに、少女は己の身一つで飛んでいってみせた。
「衛藤ジュリ! 緋撃のジュリエット! 生死を問わないお尋ね者が!」
少女を取り逃がしてしまったと見た指揮官が、地面の上から拡声器でがなり立てる。
「ええ、その通りよ――」
少女の足下遥か下で、壁に貼られていた手配書が突然の風に剥がされ宙を舞った。
――To be, or not to be:As You Like It!
『WANTED』の文字と、少女の名とともに踊るその文言。
少女の名前と顔写真が添えられたその手配書は、はためきながら空を飛んでいく。
「まるで私の命への評価――その軽さを現しているかのようね。何て軽い手配書。まあ、軽やかなのは乙女のたしなみ。スタイルには自身がありますけれどもね」
「禁呪法に逆らい、人々を呪術で恐怖に陥れるチンピラが! 何をほざく! 降りてこい!」
「この享楽の都――享都……この古からの呪術の街で禁呪とは……蝶を鉛の鎖で絡めとるようなものね――無粋だわ」
ジュリが不快げに顔を歪め、己の前に広がる夜の街を見下ろす。夜の灯りが街を碁盤の目のように切り取っていた。それはこの街が東西南北に通りを張り巡らせている証拠だ。
「権力に這いつくばるあなた方は、この光景を上から見たことがありますの? 明るいところと、暗いところの差は一目瞭然。文字通り明暗がはっきりと別れていますわ。これがこの街の貧富の差の現実。人を色分けしている光景よ」
少女のすぐ下では、大紋宮を名乗る警官達がビルを駆け上ろうとその入り口に殺到していた。
「犯罪者が! ゴミが! 何を偉そうに!」
「――ッ!」
ジュリがギリッと奥歯を噛んだ。何かを内に押し殺すように力の限り歯を噛み合す。
「大路小路が碁盤の目のように張り巡らされたこの享都。出会うのが当たり前のその辻々で、何故大路をいく者だけが、そう偉そうにするのかしら? お前の道でもあるまいに――」
憤りに震えながらも殊更芝居がかった口調でそう言うと、少女は背後の足音に耳を澄ます。
屋上の扉が内から蹴破られた。ビルを駆け上がるや屋上に雪崩れ込んできた警官達は、そのまま左右に広がると立て膝で銃を構える。屋上の薄汚いホコリがその騒ぎに巻き上げられた。警官が持ち込んだライトが、その様を切り取るように浮かび上がらせる。
「撃て!」
「ふふん」
警官の警告も威嚇もない号令に、ジュリが虚空に身を翻した。ジュリはビルから飛び降りることでまとめて飛んできた弾丸をかわしてしまう。そしてぐんぐんと落ちていく。
その身が地面に激突すると思われたその瞬間――
「あはは!」
ジュリは地面すれすれで反転する。そのまま指揮官の鼻先をかすめるや、ぐんと弧を描いて空へと飛び上がった。ジュリはその身に着た赤いベストから背中に炎の翼を生やしていた。
更なる赤を身に纏った少女は、その呪術の翼を羽ばたかせると見る間に小さくなっていく。
「あはは!」
「くそ! 空まで飛べるのか?」
地上の指揮官が驚きに空を見上げ、それでも追いすがるように左手をふるう。その左手が閃光を発し、電撃が少女の背中を追った。こちらも呪術だ。
「あはは!」
だが少女は高笑いを続けながら、電撃をあっさりと身を翻して避けてしまう。
高笑いをする少女――ジュリは勿論止まらない。ジュリの姿は瞬く間に見えなくなった。だが、高笑いだけはいつまでも尾を引く。
あはは――
禁呪法を堂々と破り、キャピキャピレッド団などというふざけた一味の頭目を名乗る少女を、
「おのれ……」
この指揮官は苦々しげに見送ることしかできなかった。




