その3
悪役令嬢協定に加盟するすべての悪役令嬢と面談を行った結果を、リナはノートにまとめた。すると驚愕の事実が判明した。
悪役令嬢協定に加盟する悪役令嬢および、把握できた野良悪役令嬢の人数:52名
悪役令嬢の前世の国籍
⚫︎日本 40名
⚫︎アメリカ 3名
⚫︎フランス 2名
⚫︎イタリア 1名
⚫︎ロシア 1名
⚫︎その他 5名
プレイしていたゲーム(上位5種類のみ記録)
⚫︎「マジカルアカデミー〜憧れの王子様とラブラブマジック〜」 12名
⚫︎「アルカディアの乙女たち〜生まれ変わりを信じて〜」 10名
⚫︎「獣人ツガイ大作戦〜モフモフたちとのスローライフ〜」 8名
⚫︎「薔薇の学園〜清き花こそ咲き乱れる〜」 2名
⚫︎「夜伽を狙え〜冷酷王の愛憎ハーレム〜」 1名
(以下多すぎるため省略)
ゲーム内の悪役令嬢種別
⚫︎α系統:高飛車、高笑い重視、プライド高い系
⚫︎β系統:二面性あり、表は天使、裏は悪魔系
⚫︎γ系統:悪評に反して実は良い子のなりすまし系
⚫︎δ系統:カリスマ性あり、冷徹、優秀系
⚫︎ε系統:妖艶、お色気、悪女系
記録を見たエリーゼは、リナお手製のまんじゅうをつまみながら「あらまぁ」と呟いた。
「思っていた以上に日本人転生者が多かったのね」
「私も驚きましたが、こうして皆さんのお話をまとめてみると、悪役令嬢過多以外の新たな問題が浮き彫りになりました。それぞれが参考にしている悪役令嬢の系統が違いすぎて、統一感のない混沌とした悪役令嬢集団が形成されていたんです。これでは適齢期の殿方やヒロインたちも対応が難しいことでしょう」
「最近クレームが増えたと思っていたけれど、何も人数が多いことによるイベント過多や新人のやらかしだけが問題ではなかったということね」
やってくる悪役令嬢ごとに対応を考えねばならないヒーローやヒロインたちからすれば、まるでゲリラ戦を生き抜いているかのような判断力を求められているわけで、いい加減にしてくれと言われるのも納得だと、エリーゼが深く頷いた。
「リナの調査のおかげで状況はよくわかったわ。ではどうするのが最善かしら」
「そのことなんですが、あと1名、面談が終わっていない悪役令嬢がいるんです」
「あら、おかしいわね。悪役令嬢協定に加盟している者は全員リナの店で面談を受けるよう、グループVILLAIN(悪役)で情報共有したのに」
「エリーゼ様、あなたですよ。あなたの面談が終わっていません」
緑茶を入れ直したリナは、湯呑みを彼女の前に置いた。
「あなたの前世は日本人で、今はエリーゼ・フォン・ハプスブルク伯爵令嬢に転生していますよね」
「えぇ、そうよ。13歳で前世を思い出したから、今年で5年目」
「エリーゼ様はどんな悪役令嬢を目指してきたんですか」
「私はごく一般的な悪役令嬢かしら。さきほどのあなたの調査で言うとα系統ね。ほら、私、あまり要領がいいタイプではないから、二面性ありとかカリスマ系は無理かなって。色気もないから妖艶な悪女系も難しいし、実は良い子パターンは好みじゃなくて。消去法でプライド高い系。この5種類の中ではこれが一番簡単なの。扇子を翻して高笑いしていればまぁ、どうにかなるから」
ふふん、と胸を張るエリーゼに、リナはさらに質問を重ねた。
「でも、エリーゼ様、本当は高飛車系って苦手ですよね。高笑いはすごくたくさん練習して、エリーゼ様の右に出る者なしって言われるくらい上手になりましたけど、ヒロインの服にワインをかけたり、教科書を破いたりって、あまり好きではないでしょう?」
「それは……だって、ワインの染みってあとのお洗濯が大変だし、教科書もこの世界では貴重だからもったいないし。でも、そうしないといけないから心を鬼にして頑張ってきたのよ」
わざとらしく緑茶をずずっとすすったエリーゼは、唇を尖らせた。
「なぁに、リナってば、私の努力を否定する気?」
「まさか。その逆です。エリーゼ様は悪役令嬢が多すぎる世界で、皆の立場を良くしようと悪役令嬢協定を提案して、委員長にも就任しました。クレームが出ようが市場が暴落しようが、エリーゼ様個人には関係がないのに、わざわざ茨の道を進んでいます」
「それは……だって、ヒロイン役の子たちやフィリップ王子たちに迷惑かけたくないし。それに、いろんな種別がある中で、悪役令嬢たちは全員頑張ってるのよ。システムが悪いせいで悪く言われてしまうのは悔しいじゃない」
「それこそがエリーゼ様の優しさであり、広い心です。エリーゼ様、あなたはこのまま悪役令嬢を続けたいですか?」
「だって、私がいないとゲームが……それに強制力だって」
「ゲームや強制力のことは今は置いてください。私はエリーゼ様の気持ちを聞いているんです」
「私の気持ち……」
「ねぇ、エリーゼ様。私たちが初めて会ったときのこと、覚えていますか?」
そう言いながらリナは、レジのすぐ横に平積みしていた一冊の本を取り上げた。
「あ、その本は……」
「エリーゼ様が初めてこの店を訪れたとき、買っていかれた小説です」
それは、親を亡くして悲しんでいる少女と、彼女に寄り添う心優しい少年の物語だった。少年は実は王子様で、司書として図書館で働くようになった少女と再会して恋に落ちるのだ。この世界のベストセラーになっている児童書で、10代の少女たちが必ず目にすると言われているもの。
「あの日、初めてひとりで店先に立った私が売った、初めての本です。エリーゼ様が私にとって初めてのお客様でした。あのときエリーゼ様はこうおっしゃいましたよね。“自分もこんな一途でピュアな恋がしてみたい”と」
「リナ……」
「エリーゼ様、改めて聞きます。エリーゼ様は悪役令嬢を続けたいですか? 悪役令嬢がである自分が、好きですか」
「私……私は、完璧な悪役令嬢を目指していて……。高笑いも、階段落ちも、誰よりもうまくなりたいって、来る日も来る日も練習に明け暮れたわ。血の滲むような努力を……ううん、実際に血を流したことだって一度や二度じゃない。悪役令嬢としてやってきた人生に誇りを持っているわ。でも……」
ぽつりと声を落としたエリーゼは、何度も目を瞬かせた。泣くのを必死に堪えているようなその姿を、リナは黙って見守った。
「ときどき自分がわからなくなることがあるの。完璧な悪役令嬢を演じすぎて、本当の自分はどんなだっただろうって思う日があって。一途な恋を描いたロマンス小説が大好きで、でもそれは悪役令嬢らしくないから、読んではいけない気がして」
「好きなものを好きということは、悪いことではありませんよ。エリーゼ様は自分がやりたかったことを叶えているじゃないですか」
自分以外の悪役令嬢のために何かしたいと立ち上がったのは、彼女の優しい心と勇気の成せる技。リナは震えるエリーゼの手を握りしめた。
「思い出してください、前世の私たちの世界はいろんな職業で溢れていました。私やエリーゼ様のようなお勤め人、マルゴー様のようなパート勤務、カルロッタ様のママのような主婦。ほかにもフリーランスになったり起業したり、たくさんの選択肢がありました。何もひとつの生き方に固執する必要はありません。“悪役令嬢”は、たくさんある中のひとつの選択肢に過ぎないんです」
握る手に力をこめたリナは、ありったけの思いをこめてエリーゼに迫った。
「エリーゼ様、まずはあなたがその道を示してください。悪役令嬢以外の、あなたらしい生き方を見せてやりましょう」
「悪役令嬢以外の生き方……。そうね、リナの言う通りかもしれないわ。私には悪役令嬢以外にやりたいことがあったはずよ」
立ち上がったエリーゼの瞳には、涙ではなく希望の光が宿っていた。胸に抱くのは、かつての彼女が愛読していた少女小説。
二人して懐かしいその表紙をめくれば、まだ何物にも染まる前の自分たちが「おかえり」と、あどけない笑みを浮かべて迎えてくれた気がした。
◆◆◆
その後、リナとエリーゼの面談を繰り返した悪役令嬢たちは、アドバイスをもとに己の生き方を見直し、うち何名かは転職活動を始めた。
カルロッタ・デ・メディチ子爵令嬢はシェフになり、庶民街でイタリア料理店を開いた。元悪役令嬢が作るイタリア料理としてすでに話題になっている。店の看板メニューはミートソースパスタ。お忍びでフェルナンド騎士団長も通っているらしい。通りが見渡せる良席でなく、いつも厨房に一番近い奥の席を選ぶのだとか。
マルゴー・ドゥ・ポンパドール侯爵令嬢は、若手悪役令嬢のコンサルタントに転身した。悪役令嬢という生き方を見直すブームが盛り上がる一方で、憧れのゲームの世界に転生したからには悪役令嬢にトライしてみたいというフレッシュな新人たちもいる。マルゴーはベテランとしての経験を生かし、そんな令嬢たちの教育を担っている。定期的な労働環境調査に加え、引退時期を自分で決められる制度の充実など、悪役令嬢としての業務改善にも力を入れている。
エリーゼ・フォン・ハプスブルクは、本好きな面と貴族女性としての教養を生かし、王立図書館の司書に転職した。前世でも同じ職業だったことから、この世界にはなかった十進分類法を取り入れ、図書館業務の効率化に貢献している。実は読書家だったフィリップ王子が足繁く通い、司書役にいつもエリーゼを指名しては歓談しているらしい。彼の誕生日パーティは来週だ。
こうした転職支援が功を奏し、悪役令嬢の数は当初の52名から15名の適正規模にまで縮小した。ヒロイン候補たちも大量の悪役令嬢に埋もれることなく自信を持って活動を再開でき、ヒーローたちも青春時代ならではのピュアな恋愛を楽しめるようになった。
そしてリナは、というと、相変わらず今日も本屋の店番である。ただ、本来の「賢者の本棚」の看板の隣には、新たな看板が掲げられた。
「人生相談カフェ」という看板目指して、今日も元悪役令嬢たちがやってくる。
「リナ、いる? ロマンス小説の新刊が入荷したって聞いたけど」
「はい、届いてますよ、エリーゼ様」
「リナちゃん、久しぶり! お店がお休みだから遊びにきちゃった。これ、あたし手作りのティラミス。差し入れだよ」
「わぁ、ありがとうございます、カルロッタ様」
「リナさん、こんにちは。お店に掲示してもらいたいポスターがあるんです。このたび、悪役令嬢協定の名前を多様性推進協定に改名しますの。そのお知らせですわ」
「いらっしゃいませ、マルゴー様。今、お茶を入れますね」
3名の元悪役令嬢たちがかまびすしく話し出す。新たな人生のスタートを切った彼女たちの道のりは、まだまだこれからである。
【ある日のリナの日記】
昨日の王城のパーティで、フィリップ王子がエリーゼ様にプロポーズしたとのこと。エリーゼ様は磨きをかけた高笑い——ではなく、彼女らしい朗らかな笑顔でイエスと答えたそう。これこそがピュアな恋愛模様。悪役令嬢が多過ぎた時代も、今となっては懐かしい——。