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悪役令嬢が多すぎる  作者: ayame@アンジェリカ書籍化決定
第一話:悪役令嬢の需給バランス崩壊市場

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2/3

その2

 悪役令嬢たちの行動が把握できたところで、次はそれぞれの内情についての調査である。リナはエリーゼに頼んで、悪役令嬢協定に加盟している令嬢たちの面談を行うことにした。



【カルロッタ・デ・メディチ子爵令嬢(16歳)の記録】


「へぇ、リナちゃんってエリーゼ委員長と同じ、日本出身なんだ。いいなぁ。日本のゲームってクオリティ高いよね」

「そういうカルロッタ様はどちらのご出身なんですか」

「あたしはイタリア。やっていたゲームも日本製じゃなくてメイド・イン・イタリーなの。子爵令嬢のくせに悪役令嬢ってなかなかいないでしょ? そこがまた細かいことを気にしないイタリアンクオリティっていうか。マイナーなせいもあって、同じゲーム好きの同志に全然会わないのが悩みかな」


 くるくるとした黒髪に紺碧の瞳、褐色ぎみの肌。16歳という若々しさに陽気な気質が相俟って、リナの知っている悪役令嬢の風貌とは一線を画している彼女は、悪役令嬢デビューを果たしてまだ三ヶ月の新人だった。


「以前、ここから数ブロック先の行列ができるスイーツカフェに来てましたよね」

「もしかして聖女とフェルナンド騎士団長がお茶してたときのこと?」


 ジャパニーズグリーンティーをおいしいそうにすすりながら、カルロッタは朗らかに笑った。


「あの日は噴水広場で、聖女をかばう団長と対決する予定だったの。あたしってばイタリア時間がなかなか抜けなくて、よくイベントに遅刻しちゃうのよね。だけど悪役令嬢協定って時間にうるさくて、しょっちゅう注意されるから、あの日は頑張って早く出かけたんだ。そしたらカフェで聖女と団長がお茶してて、しかも先にいたマルゴー様が対決イベントしようとしてるじゃない。いくらベテラン悪役令嬢だからって、横取りはないわよね。マルゴー様って歳のせいか、最近ノルマがこなせなくなって大変らしいの。かわいそうだなとは思うけど、でもそれはそれ、これはこれっていうか」


 毛先をくるくると弄びながら、カルロッタは口を尖らせた。その口調に、まだ話し足りない不満が見え隠れてしていると読み取ったリナは、さらに質問を重ねた。


「悪役令嬢をしていて大変だと思ったことはないですか」

「あー、そうね。ちょっと予算が厳しいっていうか。ほら、うち、子爵家じゃない? 下位貴族だからお小遣いも少ないのよ。悪役令嬢用の小道具って結構お高いから、月末になるとカツカツになって、クオリティが保てないのよね」

「悪役令嬢のクオリティ……ちなみに小道具ってどんなものを使ってるんですか?」

「ドレスとかアクセサリーとか靴とかは親が買ってくれるので間に合わせてる。それをもっとダークに見せるために黒レースとか買ってきて、自分でアレンジはしてるけど。一番お金がかかるのは黒薔薇かな。あれって消耗品だから使い回しができなくて」

「く、黒薔薇ですか? 乙女ゲームにそんなの出てきましたっけ?」

「あたしがやっていたイタリアのゲームは“薔薇の学園〜清き花こそ咲き乱れる〜”ってゲームなの。学園の令嬢たちは薔薇を育てることを競っていて、悪役令嬢の薔薇が黒薔薇だったのよ。これが小道具として使われるんだ」


 カルロッタの話では、悪役令嬢が関わるイベントの現場には必ず黒薔薇が残されているらしい。ヒロインの教科書が破られた教室にも、ヒロインが突き落とされた階段にも、髪飾りやハンカチではなく黒薔薇。悪役令嬢が立ち去ったあとには必ず黒い花びらが点々と残っているのだそうだ。


 何それホラーじゃん悪いことできないじゃんと思ったことはおくびにも出さず、リナは「へぇ、そうなんですね」と相槌を打った。前世は大企業の人事担当だったリナは、労務の経験もあり、カウンセリングのいろはを知っていた。傾聴の姿勢はとても大事だ。


「だけど黒薔薇ってこの世界にはないから、自作しないといけないの。イベント前夜はメイドたちにも手伝ってもらって、赤い薔薇を黒いインクで塗って花びらを大量生産してるんだ。おかげで寝不足になって遅刻するっていう負の無限ループだよ」

「まだ16歳なのに内職とは、なんて無駄な……いえ、健気な努力ですね」


 深いため息をつくカルロッタの目の下には、うっすらとクマが見えた。ティーンネイジャーだからお肌はぴちぴちだが、いつまでも続くと思わない方がいいのが若さ貯金だ。


 最近乾燥がよりひどくなった己の頬をさすりつつ、リナは軽いジャブを打つことにした。


「カルロッタ様はどうして悪役令嬢になろうと思ったんですか?」

「え? だって、悪役令嬢に転生しちゃったんだもの。だから、なんとなく?」

「確かに悪役令嬢であるカルロッタ・デ・メディチという令嬢に転生したことはそうでしょう。でも必ずしもゲームのカルロッタと同じ生き方をしなくてもよかったのではないのですか?」

「カルロッタに生まれ変わって、カルロッタじゃない生き方をするの? そんなこと……できるのかな。考えてみたこともなかった」

「カルロッタ様はまだ16歳です。その歳で生き方を決めるのは早すぎるんじゃないでしょうか。前世の感覚でいったらまだ高校生です。自分が高校生のとき、もう将来を決めていましたか?」

「あたし、前世では病弱で……。16になる前に病気で死んじゃったんだ」

「まぁ……それは、失礼なことを聞いてしまいました。大変申し訳ありません。」

「ううん! 前世のことはもういいの。だいぶ忘れちゃったし、そもそもリナちゃんのせいじゃないしね」


 あっけらかんと笑ったカルロッタだったが、ふと何かを思い出したように呟いた。


「前世でさ、ママが作ってくれるミートソースのパスタが大好物だったんだよね。だけどあたしはずっと病院にいたから、なかなか食べられなくて。元気になったらママと一緒にお料理がしたいってずっと思ってた。ママは料理が得意でね、ほかにもおいしいものいっぱい作ってくれてたんだ。今でもあの味だけはちゃんと覚えてる」


 思い出を刺激されたのか、ぽろぽろと泣き始めたカルロッタは、とても多感な少女のようだった。悪役令嬢らしい厚化粧や身体のラインを強調するドレスと清らかに流れ落ちる涙が、なんとも不釣り合いだと思った。



【マルゴー・ドゥ・ポンパドール侯爵令嬢(22歳)の記録】


「はじめまして。どうぞマルゴーとお呼びくださいな。リナさん。エリーゼ様のご友人だとか。ということはあなたも日本人でいらしたのかしら」

「はい、そうです。マルゴー様はもしかしてフランスの方ですか?」

「えぇ。日本の乙女ゲームのクオリティには敵わないかもしれませんが、わたくしがプレイしていたものも素敵だったんです。“夜伽を狙え〜冷酷王の愛憎ハーレム〜”っていうんですけれど、日本版も発売されていたはずですわ。ご存知ない?」

「ええっと……ちょっと存じ上げないんですが、もしかしてジュウハチキ……」


 頬を赤らめるリナに対して「あら、リナさんたら、案外ウブですのね」と妖艶に微笑みつつ、マルゴーは優雅な手つきでグリーンティーに口をつけた。


「それで、わたくしにどんなことがお聞きになりたいんですの?」

「マルゴー様が悪役令嬢をなさっていることについて、全般的に伺えたらと思うのですが。マルゴー様はこの世界でどれくらい悪役令嬢をなさってるんですか?」

「わたくしが悪役令嬢として目覚めたのは14のときだから、かれこれ8年になるかしら」


 はぁ、と長い息をつきながら、マルゴーが懐かしむようにアイシャドウ盛り盛りの目を細めた。


「わたくし、前世は40代の主婦だったんですの。夫が職を転々とするような人で、家計の足しにと近所のパン屋でパートをしていました。けれど職場ではおばさんと嘲笑され、家に帰れば一人息子はひどい反抗期。週末は実家の両親の介護で休む暇もなくて……。このまま擦り切れたように人生を送っていくのかしらと思っていたところに、ある日頭の上に金魚鉢が落ちてきて。それが前世最後の記憶ですわね」

「なぜに金魚鉢……いえ、悲しい事故だったんですね」

「でもそれはもういいのよ。生まれ変わった先は侯爵令嬢で、しかも14歳。花の盛りをもう一度体験できるって、当時は世界がぱあっと晴れ渡ったみたいにうれしかったものだわ」


 くすくすと微笑む姿に、年相応の落ち着いた華やぎが滲んでいた。マルゴーの話では、夜な夜な熱中していたゲームの悪役令嬢に転生していることを、はじめは喜んだらしい。


「でも、最近は歳のせいか、以前のような情熱を持って役目に臨めなくなってしまって。10代の頃と比べて化粧ノリも悪いし、腰を痛めてからは10センチヒールも履けなくなってしまったんですの。そうなると舞踏会イベントはともかく、ヒーローの踏みつけイベントは参加自体が難しいでしょう? 以前のようにフルタイムで悪役令嬢ができなくて、時間が空いたものですから、最近はエリーゼ様にお願いして新人指導の仕事を回してもらっているんですの」

「……踏みつけイベントが気になりますが、本件とは直接的な関わりがないので見送ります。それで、新人指導というのは?」

「私の若い頃は誰かに体系的に教えてもらえるような機会がなくて、悪役令嬢デビューしても独学でやるしかなかったんですの。右も左もわからない世界で、本当に苦労したものですわ。一番悩んだのは、濡れ場をどこまで解禁するかで……ほら、18歳以上と以下では許されるものが違いますでしょう? 媚薬の容量とか、道具の使用範囲とか」

「その情報も本件とは直接的な関わりがないので! 教えてくれなくていいです!」


 全力でお断りすれば、マルゴーは「あらまぁ、かわいらしいこと」と流し目を作りながら、グリーンティーのおかわりを求めてきた。


「まぁ、そうした事情から、新人のうちこそベテラン勢が手取り足取り教えてあげるべきじゃないかと思いましたの。いわゆるOJTというものですわね。スール制度と言ってもいいかもしれません。そうそう、この制度を取り入れてから悪役令嬢同士の百合展開も生まれて……」

「その展開も気にならなくはないですが、本件とは直接的な関わりがないので! お話の続きをお願いします!」

「あら、リナさんは百合はお嫌い? もしかして薔薇派?」

「薔薇はある意味カルロッタ様の専売特許ですから、私のような庶民には手の届かない高貴な花ですね!」


 強引に話を捻じ曲げると、マルゴーは「まぁ、カルロッタ様をご存知なのですね」と呟いた。


「わたくしの指導した子ではないのですが、近年には珍しい情熱的な悪役令嬢だと評判ですわ。彼女の新人研修を担当した方も、久々に大型新人爆誕の予感と評価していましたもの。少し情熱が前のめりして、浮いているというお話もありますが……。そうそう、この間、ここから数ブロック先にある行列のできるスイーツカフェでばったり彼女と行き合ったんです」

「そういえばあのとき馬車から降りてきた悪役令嬢って、マルゴー様でしたね」


 爆走していた馬車のことを思い出して頷けば、「まぁ、あれをご覧になっていたんですの、恥ずかしいわ」と彼女が顔を赤く染めた。


「あのカフェでの悪役令嬢イベントは最近とても人気なんです。わたくしもベテランとして新人指導を担当している以上、一度は体験しておかねばと思って予約したのですけれど、最近は化粧ノリが悪いこともあって身支度に手間取ってしまって」

「……予約がカフェのじゃなくて、まさかの悪役令嬢イベントの予約」

「それで、十分な準備もできないまま乗り込むことになってしまって。ベテランの意地でかろうじて決めゼリフだけは決めましたけれどね」

「……やけに唐突なセリフ展開だと思ったら、そうした裏事情」

「聖女様にもフェルナンド騎士団長にも申し訳ないことをいたしました。わたくしの悪役令嬢ぶりがお粗末だと、呆れて出ていかれたのではないかと」

「……謝罪が完全に斜め方向」


 リナの言葉も聞こえないくらい落ち込んだマルゴーは、またしても色っぽいため息をついた。


「確かに昔はフィリップ王子にもフェルナンド騎士団長にもときめいていましたわ。告白イベントのときは数日前から全身のお手入れをしたり、どんなリクエストが来ても耐えられるよう柔軟運動をしたりと頑張っておりました。でも最近はそんな情熱も薄まって……完全に流れ作業になってしまっている気がするんですの」

「リクエストってなんのリクエス……いえ、本件には関係がないのでスルーでいいです」


 もにょもにょと言葉を濁しつつ、リナは軽く咳払いしてマルゴーに向き直った。


「マルゴー様は、この先もずっと悪役令嬢でいたいのですか?」


 リナの問いかけに、彼女が一瞬はっとした。


「この先もって……だってわたくしは生まれながらの悪役令嬢で。それ以外の生き方なんてしたことなくて」

「確かにゲームの悪役令嬢マルゴー・ドゥ・ポンパドールに生まれ変わったのでしょうが、だからといってマルゴー様が好きに生きていけないわけではありませんよ」

「でも、わたくしの存在意義が」

「私が思うに、マルゴー様はとても優しく、視野が広い方です。前世でのマルチな働きぶりもそうですし、今世でも自身が苦労した経験から新人指導を思いついて実践するなんてこと、誰もができることではありません。そうしたマルゴー様らしい生き方を模索してみるのもいいのではないでしょうか」

「わたくしらしい生き方……わたくし、悪役令嬢でなくてもいいの?」

「マルゴー様は立派な悪役令嬢を演じてこられました。それは王都中の人間が認めています。この辺りで第二の人生を探してみてもいいのではないでしょうか」


 リナがそっと頷いてみせれば、彼女は感極まったように瞳を潤ませた。


「わたくし、もう22歳で、いったいいつまで悪役令嬢でいなければいけないのかと思っていて……。両親は好きにすればいいって言ってくれますけれど、内心はそろそろ結婚して落ち着いてほしいと思っているのではないかとか、いろいろ考えてしまって」

「もう22歳なんて言わないでください。まだ22歳ですよ。それにご両親の思いも大切ですが、一番大事なのはマルゴー様の思いです。マルゴー様の人生を決めるのはマルゴー様自身ですから」


 リナの言葉を聞いていたマルゴーの頬に、ぽろっと一粒の涙がこぼれ落ちた。水晶のようなその輝きは、彼女が身につけている派手な宝石よりも透明で美しかった。




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