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悪役令嬢が多すぎる  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一話:悪役令嬢の需給バランス崩壊市場
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その1

【第一話 登場人物】

リナ(20歳) 本屋の長女。前世は大企業の人事課に勤める日本人

エリーゼ(18歳) 伯爵令嬢で悪役令嬢。前世は司書の日本人。悪役令嬢協定委員会の委員長

カルロッタ(16歳) 子爵令嬢で悪役令嬢(新人)。前世はイタリア人のJK

マルゴー(22歳) 侯爵令嬢で悪役令嬢ベテラン。前世はフランス人のパート主婦


◆◆◆



 王都の中心部、貴族街と庶民街の境界にある一軒の本屋「賢者の本棚」。


 その店先で、リナ(20歳)は今日も粛々と書店員業務をこなしていた。目の前の通りを馬車が走り抜けるたびに立ち上る砂煙が、平積みの本にうっすらとかかるのを、年季の入ったハタキでささっと払いのける。


 店の前を猛スピードで通り抜けていった馬車は、貴族街に入ったところで急停止した。馬車から転げ落ちるように下りてきたのは、羽飾りのついたド派手なドレスに身を包んだご令嬢。豊かな赤毛は多少くすんでいるものの、緑の瞳を際立たせる泣きぼくろがお色気たっぷりの印象だ。


 彼女が見上げるのは、ここ最近王都の乙女たちの間で人気のスイーツカフェの門だ。


「よかった、間に合いましたわ……。ここの予約を取りつけるのに何ヶ月も待ったんですのよ。遅刻なんてしようものなら、勿体なさすぎて泣いてしまうところでしたわ。さて、聖女様とフェルナンド騎士団長はどちらに……あ、いましたわ!」


 急いで駆けつけたのか、肩で息をしながらオープンテラス席へと踏み込んでいった彼女は、日の当たる席で仲良くお茶をしていたカップルの前で堂々とした仁王立ちを披露した。


「ここはあなたのような庶民が来ていい店ではなくってよ! フェルナンド騎士団長様もわたくしのものですわ!」


 びしり!と扇子で子猫のような少女を指したところで、少女と一緒にお茶をしていた騎士風の男性がうんざりしたように立ち上がった。


「いい加減にしてくれ。今日だけでもう3回目だぞ!」

「あら、わたくしは今日これが初めての業務ですわ。午前休を取っておりましたもの」

「それは君の事情だろう。毎回邪魔されるこっちの身にもなってくれ!」

「ご希望でしたらこのまま“悪役令嬢からヒロインを守る攻略対象との対決”に入れましてよ。わたくし、アドリブは得意ですの」


 つん、と顎を突き出すド派手な令嬢と騎士風男の間に、「ちょっと待ったぁ!」とカフェの外から割り込む声が上がった。


「“悪役令嬢からヒロインを守る攻略対象との対決”は、このあと南の噴水広場であたしが予約してるのよ! あなた、遅れてやってきたくせに勝手なことしないで!」


 ズカズカとテラス席に乗り込んできたのは、10センチのピンヒールをかつかつ鳴らす、こちらもド派手な女性だった。先ほどの令嬢よりも若く、ティーンネイジャーという印象だ。


「あなたの“カフェでデートを邪魔するイベント”はもう十分でしょ。そろそろあたしの番よ」

「待って、まだわたくしの時間が残っていますわ。予約と順番はちゃんと守ってくださらないと、協定委員会に訴えますわよ」

「う、それは……困る。あたし、今月ヘマをして、あと一回警告を受けたら三ヶ月間の職務停止なのよ」

「まぁ、お気の毒に。あなたも大変ですのね」

「そうなのよ、ちょっとノリノリでヒロインいじめしてたら、うっかり終了時刻をオーバーしてしまっただけなのに」

「あぁ、そういうことよくありますわよね。新人の頃には誰もが通る道ですわ」

「でしょう? わかってくれてうれしい! みんなあなたくらい心が広いといいのに」

「あら、悪役令嬢のわたくしに“心が広い”ですって? 喧嘩売ってらっしゃるのかしら」

「あ、ねぇ、ちょっと! 聖女と騎士団長がいなくなっちゃったんですけど!」


 ド派手乙女たちが、いがみ合っていたかと思えば意気投合したのも束の間、再び険悪になっている間に、騎士風の男性と聖女らしき少女は会計を済ませて姿を消したようだった。


「やだもう……! 急いで噴水広場に行かなきゃ!」

「あぁん、もう! このカフェのお邪魔イベント予約、数ヶ月待ちでしたのに……」

 

 立ち去る乙女と崩れ落ちる乙女の姿を遠目で確認し終えたリナは、店の中に戻って日記帳を広げ、今日の観察事項を記録した。



——木曜日、14時。行列のできるスイーツカフェにて。


悪役令嬢Aのカフェデートお邪魔イベントと、悪役令嬢Bの騎士団長との対決イベントがバッティング。

どうやら悪役令嬢Bの予約時間前フライングだった模様。

なお悪役令嬢Bはすでにイエローカード持ちで、次に警告を受ければ職停措置とのこと。

悪役令嬢Bは初めて見る顔。エリーゼ様が言っていた新人のひとりだろうか——。



◆◆◆



 ことの発端は、リナの本屋の常連であるエリーゼ・フォン・ハプスブルク伯爵令嬢が訪ねてきたことだった。


「ねぇ、リナ。相談があるのよ。最近、新人の悪役令嬢が増えすぎて管理がすごく大変なの。何かいいアドバイスはないかしら」

「ツッコミどころしかない質問はさておいて、エリーゼ様、私はただの本屋なんですけど」

「冷静な観察者タイプのあなたなら、いい解決法を提案してくれるんじゃないかと思って。ほら、私の今の役目、あなたも知ってるでしょう?」

「はぁ。確か、“悪役令嬢協定の委員長”でしたっけ?」

「そう。簡単に言えば、王都にいる悪役令嬢たちがバッティングしないよう、スケジュールや縄張り調整をする係ね。たとえばこんな感じ」


 そう言ってエリーゼはリナの前に一冊のノートを広げた。そこには流麗な筆跡でスケジュールらしきものが書かれていた。


——月曜日のスケジュール

⚫︎午前9時〜11時:王都東の公園で、エリーゼの嫌がらせタイム

⚫︎午前11時〜12時:王都西の噴水広場で、カルロッタの高笑い時間

⚫︎午後13時〜15時:王城南のテラスで、マルゴーのお茶会いじめ

⚫︎午後15時〜17時:王城北のバルコニーで、新人悪役令嬢たちのグループ練習


 エリーゼのノートには日付と曜日、時間ごとのスケジュールがびっしりと書き込まれている。


「こんなふうに、悪役令嬢たちのスケジュールを委員会で一元管理しているんだけど、ほら、悪役令嬢って入れ替わりも激しいじゃない? いつの間にか新人が参入してきて、協定を理解しないまま、スケジュールを無視して動いたりされちゃうのよ」

「……入れ替わりが激しいんですか。初耳です」

「そんな新人の動きにベテラン勢が眉を顰めてて、中堅層の私たちに注意するよう、指示を出してくるの。でも中堅層は今が一番脂が乗っていて活躍しどきじゃない? 後輩の面倒を見てる場合じゃないっていうか」

「……中堅層が活躍しどきなんですか。初耳です」

「中には、“新人に嫌われたくないから、注意とかはちょっと……”って見て見ぬフリする子もいて。でもねぇ、そうやって逃げ癖がつくと長い目で見るとその子にとってもマイナスだと思うの。私としてはもっと管理職狙いの子たちも出てきてほしいっていうか」

「……管理職があるんですか。初耳です」

「もう! リナってば、もっと真面目に聞いてちょうだい。私、本当に困ってるのよ」


 ぷんすかと怒っても品の良さが失われないのは、さすが伯爵令嬢と言うべきか。単なる庶民の本屋店員にすぎないリナは、ため息をつきながら首を振った。


「だって私は単なるモブ転生者ですから。悪役令嬢のお役に立つのは荷が重いというか」

「リナは元大手企業の人事担当だったんでしょう? こういう業務整理って得意じゃない。私の前世は図書館の司書だったから、管理の仕事って苦手なのよ」


 今度は涙目になったエリーゼは「それに……」と切実な訴えを漏らした。


「ついにフィリップ王子とフェルナンド騎士団長からクレームが入っちゃったの。先週の火曜、王子は悪役令嬢からの告白を3回断って、騎士団長は悪役令嬢との対決からヒロインを5回守るはめになったのですって。もともとのスケジュールではどっちも1回ずつだったのよ? だけどどこからか野良の悪役令嬢が湧いて出て、スケジュールを乱したみたいで」

「……野良の悪役令嬢までいるんですか、初耳です」

「フィリップ王子が、“ここまで来たら恋愛というより業務じゃないか、俺の純情を返せ!”ってひどくお怒りで……」

「会ったこともない雲の上の王子に激しく同意します」


 絵姿でしか知らない王子サマとやらを哀れに思いつつ、異国から個人輸入した緑茶をすすれば、エリーゼが「私にもおかわりちょうだい」と湯呑みを差し出した。


「はぁ、なんでこんなに悪役令嬢が多い世界に転生しちゃったのかしら、私たち」


 二番茶をたしなみながら、令嬢らしくなくカウンターにつっぷしたエリーゼが吐き出したセリフに、リナも首を縦に揺らして同意するのだった。



◆◆


 前世日本人で、大手企業で働いていた佐藤リナは、交通事故であえなく命を散らしたあと、なんの因果か異世界に転生した。


 おぎゃあと生まれたときはただの書店の長女だったが、九歳のとき暴走する馬車にはねられて頭を打ち、その瞬間に前世の記憶が蘇った。


 それはまだいい。いや、当時はそこそこ驚いたが、あれから11年経つ中で、こんなこともあるだろうと理解できるくらいには逞しい大人になった。


 驚くべきは、この世界の至るところに前世持ち転生者がいたことだ。


 エリーゼ・フォン・ハプスブルクもそのひとりだ。リナより2つ年下の18歳。


 庶民の書店の娘に転生した自分と違って、彼女は伯爵家のご令嬢だった。それもただの令嬢ではない、悪役令嬢だ。


 そう、この世界には悪役令嬢が存在する。彼女たちは揃って前世持ち、加えて乙女ゲームにハマっていた経歴があり、しかもそのゲームはひとつではなく様々だった。


 だからだろうか、悪役令嬢転生が異常なくらい多く、それが昨今の王都の恋愛市場に多大な影響を及ぼしていた。


「悪役令嬢の人数? うちに登録している子は全部で42人よ。あとは協定委員会に所属していない野良の子たちが、少なくとも10人はいるんじゃないかって話」

「悪役令嬢が50人越え」

「それに対して恋愛適齢期の王子・騎士・目立つ貴公子たちが12人」

「ヒーローがまさかの1ダース」

「もっと少ないのが聖女・ヒロイン枠。今は減りに減って3人しかいないの」

「究極のヒロインインフレ状態」


 エリーゼのつっこみどころしかない説明に、リナは頭を抱えた。今ほど激しくモブでよかったと思ったことはない。茶色の髪に茶色の瞳、埋没要素満載万歳。


「なんでまた、そんなに需給バランスがおかしなことになってるんですか」

「私にもわからないわ。システムのバグとかじゃない? クレームなら運営に直接言ってちょうだいな」


 その運営はそもそもこの世界にないのだから、お手上げもお手上げなのだと、エリーゼはぼやいた。


「再来月にはフィリップ王子の誕生日パーティがあるの。そこで婚約者を決めるんじゃないかって噂もあって、悪役令嬢たちも地に足がつかないというか。ほら、王城パーティでの断罪って悪役令嬢の花形イベントじゃない? 誰がその権利を得るのかって、毎日問い合わせがくるのよ。このまま状況を整理せずに放置すれば血みどろの争いが起きそうだし、かといってこちらで人選すればえこひいきだって突き上げられるし。そんな状態だから、新人の管理まで手が回らないの」


 だからお願い!と、エリーゼがリナの手をぎゅっと握った。


「前世で同じゲームをプレイしていた日本人同士、お互い助け合おうって、出会ったときに誓ったじゃない。このままでは王都の恋愛市場はいずれ悪役令嬢の大暴落を起こしてしまうわ。そうなる前に手を打ちたいの」


 親友の切なる訴えと、「言うこと聞いてくれなきゃ伯爵家権限で店を潰す」という悪役っぷりの前に、リナは頷くよりほかなかった。



◆◆◆


 業務の見直しをするには、現状を洗い出す必要がある。


 書店員としての業務の傍ら、リナはまず悪役令嬢たちの行動を調査することにした。幸いなことに書店の客層は幅広い。自分での目撃情報のほかに顧客からの聴取も加えて、一週間のうちにかなりのサンプルが集まった。



——王城の廊下で、2人の悪役令嬢がフィリップ王子を挟んでキャットファイトをしていた。その日は悪役令嬢Cが王子の婚約者の順番のはずだったが、悪役令嬢Dは先週の台風の影響で王子の視察業務同行が中止となったことを受け、雨天順延だったと主張した。


——城下町の巡回業務を担当していたフェルナンド騎士団長に助けられる男爵令嬢ヒロインのイベントにおいて、悪役令嬢Eが黒幕担当だったが、直前の高笑い練習で酸欠となってしまい降板、代役の選出で悪役令嬢Fと悪役令嬢Gが揉めている間に、野良悪役令嬢がしゃしゃり出て役目をさらっていった。


——学園で、平民聖女ヒロインが階段から転落する事故が発生。悪役令嬢Hと悪役令嬢Iがともに「自分が犯人」と名乗り出て断罪を望んだが、どちらの令嬢もヒーロー役の貴公子より高位の家柄だったため、ヒロイン・ヒーローともに訴えを取り下げた結果、活躍の場を奪われた両悪役令嬢が、協定委員会に実施無効と代替業務希望の申請をした。



 そんな悪役令嬢同士の熾烈な競争が日夜問わず繰り広げられていることが確認され、リナは自分が単なるモブ転生者だったことに心から感謝しつつ、眉間に出来た皺をぐぐぐっと伸ばすのだった。







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