師を越える【天使偶像の白弓】――⑥
◇
『使い手の魔法を取り込み、魔力増幅効果を及ぼす』
それが、【天使の肉片】による精錬効果だった。
ただし――その扱いについては、頭を悩ませるところだった。
魔法を取り込み、魔力増幅効果によって極化した力を、振るった武器の威力に乗せて撃ち出す!
剣や槍の形状にすれば、未だ歴史に見ない破壊の化身のような武器が創生されそうだ。強力無比、歴史上随一の武器も夢じゃない。……情報内容を、一見で判断すればそのようにも妄想できる。
実際は、例えば刀身に乗せて超増幅した魔法などを打ち出せば、その魔力奔流の衝撃威力だけで、使い手は木端微塵に吹っ飛ぶだろう。目と鼻の先で爆薬を起爆させるようなものだ。
何より刀身と繋がった柄を握る、その身を介して衝撃は奔り、自傷ダメージは避けられない。
「弓、かなぁ――……」
モニカは悩ましい顔で、机に広げた設計図を眺めていた。
「連鎖刃のような形にしようにも、魔力奔流の衝撃に耐えられるだけの素材なんて思い付かないし。んー、でも、物資の消費が……うーん……」
「……そうだね、射つ形である以上、矢のほうを【天使の肉片】の武器として仕上げる形になるだろうから、それだと……使える回数が、限られてくる。強力だとは、思うけれど……」
「うーんんんんん――…………」
【天使の肉片】は、悩ましい問題を抱えていた。
苦悩。――――けれど。
ボクたちは、決して――――二人ぽっちではなかった。
「あら、どうしたの、リョウガくん、モニカちゃん、浮かないお顔ね。――そっか、武器制作の悩み事なのね。――お二人とも、お茶菓子を持って来たの、よければ私から、お茶を差し淹れても? ――ありがとう、じゃあ、一緒に準備しましょうか。――――フンフン。なるほど、難しそうな問題ねぇ……。…………。――――ねえ、リョウガくん、モニカちゃん。例えばこの武器自体に、【術式回路】を組み込むことは、できないものかしら?」
ボクたちが歩んできた道のりは、荒野のようなものではなく、深く関わることの叶った人たちの姿があった。
「フゥン……【取り込んだ魔法を仮想質量として顕現させる術式回路】? フム、難しいけれど……不可能ではないわよ。アッ、フっ――――そう、不可能ではない。そうねぇ、【術式回路】の設計は私がイチからできなくもないけど、それではおそらく……意味はないのでしょうね。いいタイミングだから、モニカ、この機会に、それについて研究して学んでおきなさい。主要なところは教えてあげるわ。――……はいはい、私も大好きよ」
出逢った人たちの力を借りれば、二人ぽっちでは無理なことも、実現される。
ボクたちは知らず、大いなる力と出会っていた。
まるで宇宙のような、大きく引き合う力と。
「弓ならば、接近戦闘でも実用に耐えうる構造にすべきでしょう。お二人の武器であることを考えると、近接耐久が乏しい武器であるのなら正直なところ脅威とは思えない。あなた達のいっとうの優れたるは、紛れもなく『相手へ踏み込む度量』のところであるとお見受けします。射撃特化は冷静の孤島に立ち、相手の度量を試す戦い方です。仮に相対する場合においては、脅威度は半減以下に感じるでしょう。しかしこれが近接運用可能な武器である場合、きっと――エーデルワイス様であろうと軽々《けいけい》には攻略叶わない。私程度の進言ですが、助言程度に、どうかお聞きください」
「【術式回路】の文様は、できるだけ巧妙に隠しておいたほうがいいと思うね。隠匿って戦闘テーマは重要だ、どこぞのお家なんて――まあ私のお家なんだけど、永遠、世代跨いでまでそれを追求しているくらいだ。文様が浮き出たほうが、見た目的にはカッチョいいけど、でもま、エーデルワイス殿レベルの相手と戦うつもりなら、巧妙に秘する重要性は無視できないものだ。――あと、魔法は最低でも『複数ストック』できるようにしておいたほうがいい。それも秘するというテーマの話、相手に見えないカードをどのように持つかって命題だよ。ま、好き勝手言った雑談程度に聞いといてくれ」
そうして、そうした力によって始めて――ボクたちは何かに気付くこともある。
「――結局、【術式回路】については、クロちゃんの力を存分に頼る形になっちゃったなぁ……。クロちゃんの期待に応えられたかな……」
「それでも、七割方はモニカが術式回路を構築したって話だろう? さすがだよ」
「へへっ。――仮想質量での矢の顕現、魔法のストック、どちらもなんとか……実現できそう。よかった――」
「――お疲れ様、モニカ」
「ありがと兄貴。ヌフフ、魔法ストックの特性……コレ実は、話を聞いたときから密かにアガってたんだよね……! 色んな応用が利きそう、例えば――……。――――――……」
「モニカ?」
「――――なあ兄貴。例えばさ、【属性転換――《呪い》⇒《祝福》】の魔法を弓にストックして射る場合、私が呪いと判断する何にも関わらない人や物に仮想質量の矢が刺さった、そのとき……何が起こるのかな?」
「――どうだろう。モニカはどう思う?」
「私が素で【属性転換】の魔法を行使するときは、私の認識が絶対条件となる」
口元に手をやり、もう片方の手で宙をなぞるようにして一つ一つの思案を人差し指で確認しながら、モニカは思案を声にした。
「成功と不発は私自身の認識に絶対的に依存するから、確信を欠いたら悉く不発になっちゃうんだ。けれど――【天使偶像の白弓】で打ち出された、“仮想質量の矢となって私の認識から離れた魔法”であれば? 魔法の発動条件は――? 何が起こる……? ――――もしかしたら…………」
そして、【天使偶像の白弓】が完成して。
それをもって【属性転換】の魔法を光状の矢に変えて打ち出したその時――モニカは“確信”を抱いたのだ。
「人の意識から離れた魔法は――――こんなにも自由になる……! そうか、私たちは……【ウィッチ】という存在は――!
世界の理の一部たる私たちをもって、全なる理の一端に触れる、そういった存在だったんだ――!」
たった一つの悟りが、見つめる世界の事情における、千の理解をもたらす。
ボクも鍛冶職人として《その境地》には覚えもあり共感できたが、【魔法】という分野に関しては、特に一つの悟りを得た視界の広がり方が、果てしないものであったらしい。
“変革”。
その理解をもって、モニカはその道を歩むにおける一つの境地に至った。
「意識とは――枷であり、無限の翼。人間として生きる中での、群衆を成立させるための強力な《普遍意識》が、私たちの発想を縛っているんだ。そこから解き放たれた魔法は、信じられない自由を得る。
けれど。
その晴れ渡った視界の中、もし生物意識からも離れた私の意識で、発想を飛躍できたのなら。
荒唐無稽なことを言っている、けれど! もし、その時は――どこまでも自由に飛んでゆける……!
やっと分かった……! クロちゃんの言っていた、有名なウィッチも残していた、【魔法のための意識】という、その意味が――――!」
もしかすれば。
モニカの【属性転換】の魔法は、やがてクロエクラリスの持つ全ての魔法すら超えるかもしれない。
そのように、クラリスさんに言わしめさせたほどの“変革”。
「ある物体が世界に及ぼす影響結果を、別の干渉形態へ変換して出力できる。私は【属性転換】の魔法を、ただ単純に『AをBに変換』すると、その程度にしか考えていなかった。でも違う、それだけじゃない! そんな一端では全然解釈を表せていなかった……! 一見的な考え方では、この世の事情というものはきっと測れないのと同じように。
お金が欲しい人がいる。
その言葉にすればたった一言の実情にしても、『欲しい物や実現したい行動があるからお金を求めている』のか、それとも『求められているから求めている』のか、または『お金自体を欲しているのか』――それらで大きく異なるし、その枝分かれした内実もまた《お金が欲しいのは》『心の傷を埋めるために』『熱情に浮かされるがゆえに』『それが大いなる安心であるために』――人一人の世界の数だけ、意識は多くの願いに細分化してゆく――……。
つまり、それは多くの人のそれぞれの意識が、生きて成す現実結果へ影響反映されるということ。そしてそれは、日常にあるほんの小さなことでも、根源は同じ。
些細な動作の一つ取っても、それは願いの行動ゆえに――。
【属性転換】は。
それら願いゆえの現実反映結果を、自身の願いに沿う形に変革するという、トンデモナイ魔法なんだ――!
とてつもなく利己的な【魔法】――“利己的”、そう! それが本質、それこそが、【魔法】というモノの本質――――!
だから、どこまでも飛べる! 際限なんてきっと無い。全ては私の意識次第――!
兄貴……! 私、今なら……クロちゃんも、お師匠様も超えてゆける気がする……!!」
利己主義的な意識が人間能力を飛躍させる。
その原理を、分かりやすく表したような進化だった。
ほんの少しだけ己の由縁というものを解明した、そして。
とても遠くまで飛ぶ一歩で、モニカは先の景色へと駆け抜けた。
「お師匠様、ボクたちは今日、あなたを越えます」
人間意識から遠くなった、生体限界超常知覚の中、それだけは告げる。
地を、蹴る。
お師匠様がゆんわりと構えを取る。
その現実風景が――スローモーション、まるで奇妙なフレーム送りで再生されるように、知覚される。
一線を遥かに越えた認知世界。
脳の臨界解放により、|脳機能保全の認知抑制効果の影響で視界が狭まることもなく、目に映るどんな細かも遍く認知に映り、把握できる。そのような超常的な知覚感覚に、肉体も十全についていけている。
剣を振るう。
お師匠様も、それを受けるために、剣を振るう――その軌道がフレーム知覚の目に映り、認知に及ぶ。
――――今なら分かる。
剣を振るうにおいて、最適解となる軌道は、存在する。
ギッッッ――――――リィィ――…………ィン。
まるで鈴を鳴らしたような、涼やかな音が辺りに響き渡った。
「――――面白い」
一瞬だけ、目を見開いて。
「いま間違いなく、キミは――キミたちはコルトハーツをも超えているだろう」
きっと、一生懸命合わせようとしていたお師匠様の、ボクの――ボクたちを見る瞳の焦点が、合わさるのを感じた。
「来い――そう、リョウガと、モニカ――――! 鍛冶職人の兄妹――!!」
――――泣きそうなほど、ボクの胸内を震わせる感情が、心の奥底から湧き上がってきた。




