師を越える【天使偶像の白弓】――⑤
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鋼には、クロムバナジウム系スプリング合金を芯に、外被として析出硬化系ステンレス鋼を選んだ。
特殊な熱処理と高めの焼戻しで靭性とばね性を確保したスプリング合金は、高い弾性限と疲労強度を獲得するに適しており弓の“しなり”を得やすいが、耐食性に難がある。
そのためステンレス薄板クラッド(クラッド・異なる金属を重ね合わせ、圧延や圧着によって一体化した複合材のうち、比較的薄い板材に加工されたもの) の複合ラミネート構造(異なる材料を層状に積み重ねて一体化した構造)で、耐食性と更なる強度を確保した。
『靭性やばね性の追求もそうだけど――『微細な振動を共鳴させやすい形』にしたい! 弓を武器にするにおいて、周辺周囲に気を配る繊細な察知能力って絶対の要素だから、それを補助する形状性質にしたいんだ。微細な振動を共鳴させやすい形にすれば、共鳴振動の具合によって魔力の流動も分かりやすくなって【天使の肉片】の特性にもマッチする。だからこの方向性を追求したかったんだ!』
金属を一定温度に保持して硬化を得る時効技術によって、ステンレス薄板クラッドの靭性バランスを調整。針の穴を無限に通すような神経を使う工程にも労を要したが――【天使の肉片】を精錬素材として叩き上げる工程に比べれば、天国のようだった。
ひたすらに心と腕っ節を求められる作業。
ひたすらに、本当にひたすらに――どうしてそこまでと思ってしまうほど頑なに形を保ったままの【肉片】を、他の手段は見つからなかった、どちらが勝つかと向き合うつもりで叩き上げた。
融和の予兆を見せたその後が地獄のように長かった――――精錬を経て。
ステンレス薄板クラッドの時効硬化調整に入った時は、思わずその神経削る繊細な作業に、ボクは天国を見た。
『クロムバナジウム系スプリング合金を芯に、析出硬化系ステンレス鋼を外被とする複合ラミネート構造を考えてる。重量調整の観点から見て、どうかな? ――それじゃあこの方向性で試してみよっか。――どう、兄貴、創作意欲は湧きそう?』
――最高に。
「――その白弓は、【使い手の魔力を取り込み増幅させる】特性を有しているのだねェ」
お師匠様はここに至っても、雑談調子で仰った。
「攻勢の機を窺っていたのは、『取り込まれた魔力は時間経過で増幅していく』という特性も相まってのことかな? ――――だがしかし。どうにも……現実を読み解く観測において、それだけとは思えないねェ。フム、秘められた力……。観測ピースが導き出せない、なんだろう」
――お師匠様が知覚する世界には、いったい、どのような彩が満ちて見えているのだろう? 分からない、こればかりは計り知れない。
「まあいい、少し踏み込んで戦おうかな」
お師匠様はそう言った。
ボクの目の前――目と鼻の先でそう言った。
「――――!?」
少し じゃ ない――ッ!!
数歩の間合いのみ神速を体現できる歩法はそもそも、お師匠様の挙動を手本とした技術、やらなかったから出来ないというわけではない――!
「フッ――……」
「素晴らしい、冷静の水は淵からこぼれず……。少しだけ――キミが理解できてきた」
その呟きと同時に、静かな声がボクたちを裂く。
「【属性転換】」
少しだけ、キミが理解できてきた。なれば。
スタートライン、もしかしたらボクの現在位置は、そこかもしれない。
では。
お師匠様。
モニカのほうは?
「《意思》⇒《生体限界超常知覚》。――《脳制御機能》⇒《臨界解放制御》。《脳疲労》⇒《超全能感》」
「――――!?」
「【天使偶像の白弓】は」
三射が飛する間に、告げる。
「使い手の魔法を取り込み、強力な魔力増幅効果を及ぼします」
飛来した三射の、光状の弓矢は、全て――――ボクに被弾した。
「弓にストックされた魔法は使い手の意思によって、光状の仮想物質として出力される」
矢が射止めた背から――天使の象形を模した、輝く光の翼が出現する。
「――ヤバいねェ、本当に分からん」
さしものお師匠様も、事象の読み取りに難儀しているようだったけれど――解き明かしてみると、それは至極、単純な事情なんです。
お師匠様。
白き弓矢は、ボクたちの歩みそのものを込めた武器です。
「つまり、これはボクたちが創り上げた武器です、お師匠様」




