鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃《れんさじん》――⑫
◇
コノ子ハ……。
子供ノ頃の私…………。
「ねえ、このままでいいの? また焼き尽くされていいの……? 燃えるような“幸せ”には、必ず――必ず周囲の全てを業火に包んで地獄にするという因果が付き纏うということを、忘れてしまったの……? またその“幸せ”に、脳を焼き尽くされて……いいの!?」
幸セ。
…………。
邪魔しないで。
「地獄は【幻獣】なんかじゃない、私だったと、茫然と絶望して理解したあの日は幻だったの!? …………また、絶望して荒野と化した血溜まりで、一人立ち尽くすの……? そんなの……あまりに救いがないじゃない……」
…………。
救い……。
「あなたは死ねばよかった。けれど……もう、あなたの人生はあなた一人の責任で成り立っているわけではないし……あなたはもう独りにはなれない、独りじゃ死ねない。――そしてそのことに幸いを感じている自分も確かにいたから、だから、あなたを信じてくれた人があまりに救われない結末なんて、あってはならないと……、あの日、そう考えたんじゃなかったの……?」
――――そうだ、私の心を信ジてくれた、人がイた……。
『――――ミヤコ。【ルミロア村】出身のミヤコ、間違いない?』
『――――……はい』
『はいよ。私はイヴ、いちおう【幻獣対策協会】に所属している、いち【討伐者】だ、よろしくさん』
『はい……』
『――【ルミロア村】に出現した【火砲首の竜】を、単独で完全討伐、か。凄まじいもんだ』
『……………………』
『しかも武器が――ただの鉈、か。そして――……』
『…………私の処刑日時は、いつ決まるでしょうか?』
『いや、それがな、あんたには恩赦が降りそうなんだ』
『――――……は?』
『できうる限り迅速に日時決定をお願いしたい、みたいなところ、言いにくいんだけどさ、【竜】を単独で討伐できる人間というのが、現状あまりにいないんだよ。人手不足ってやつだ、【討伐者】となる代わりに、執行猶予に無期限が付く恩赦が出る取り計らいが考えられている』
『そんな――――馬鹿な……。――嫌です、私はここを動きません』
『私はさ、歴史の暗部に息づく、暗殺部隊の家系とかいうトンデモ家の出なんだけれど、私の力ならあんたの【狂人化】状態をどうにかできるって期待されたわけだな。実際、どうにかなりそうだと思えるしね。あんたの相棒ってわけだ』
『狂ってる……。私は……私はッ!! 母の血を口に含んで、村人全員を――全員を……斬り、殺した――生粋の殺人鬼ですよ――!? 人のいる外に出るなど……――それは狂った判断です……私は決して、ここから出ない――。私はこれが、運命の、最後の慈悲だと思っています』
『まあなぁ。ただな、私が相棒である以上、どうにかできるということは、真実であるようだよ。状況から判断されて、それは確かと考えられているんだ。チャンスが巡ってきたと考えてみればいいんじゃないか?』
『チャンス……?』
『一発逆転はもう無理だが、なんとかなぁ、自分を騙し騙し生きていくというか……そうして、正当性を糧に、歳を取って、生きてみた先で罪咎に対して、また何か思うことがあるかもしれない……とか。いや分かったようなことを言ってゴメンな、ほんとに。だが、そういう道だって悪くないんじゃないか? どう?』
『…………』
『ま、私の能力――【アークウィッチ】としての力を知ったあとに結論を出してもいい、とにかく、助けてくれるとこちらとしては有り難いって話。いや、マジで人手不足なのよ……。どっからかふと【最強の存在】でも湧いて出ないかなぁとか、皆が胡乱にも考えていたところだったから、判断思い切る切っ掛けになったのかもね。――話はこれで終わり、ま、気が向いたらさ、――今更に、人を助ける道を歩んでも、私はいいと思うよ』
『どうして――……』
『うん?』
『どうして、【殺人鬼】の私に、そこまで……そのような信用を……!』
『まあ、私は言った通り暗殺部隊の家系の出だから、倫理観ブッ壊れてるってのもあるし』
『…………』
『それにさ、あんた、根はいい人そうじゃん』
『……――は?』
『自分で気付いてるかは分からないけど、あんた、ずっと私を恐れていた。私自身をではなく、もしかすれば私を殺してしまうんじゃないかと、怯えてたんだ』
『あたり、まえじゃ……ないですか』
『アッハッハ!! ――――出会ったばかりの人を、本気で慮る人間は、私はあまり出会えたことがないがね』
『あんたはあんなことがありながら――自身の手で理性では望まぬ殺人の限りを尽くしたという不祥がありながらも、自身がまた殺戮を犯すことへの恐れよりも先に、私の身のことをただ、心配していたのさ』
『向かい合ってさ、それがあまりに露骨すぎて、分かることもある。いい気分はしないだろうが、私はそう感じたよ。やってみりゃいいと思うがね、まあ相棒としての、私の信用次第みたいなところはあるか』
『…………。……………………』
『ゆっくり決めりゃいいよ。不都合かもしれないが、執行日時は当分、先になるだろうから』
『……………………。…………………………………………。……――イヴさん』
『はいよ?』
『あなたの持つ力のことを、教えてくれませんか? やはり、聞くだけになってしまうかも、しれないけれど……よければ…………』
『いいよ。――さて、もし相棒となれば、九才同士の最年少コンビになる、まあ、それもゆっくり、決めればいい』
「あの日に全てを失ったのは、私が……私こそが、この世の“絶望”だったから――……。でもどうしてか……絶望そのものである私には、絶望だけではなく、罪咎に似合わない鮮やかな幸いすらも、与えられた。でも――その幸いには、たった独りぼっちにはなれない、その責任が伴うんだって――――あの牢で佇んだ時間、何度も、何度も何度もそのことを繰り返し、意識に、心に焼き付けてきたじゃない――――!!
私は人間だって胸を張って言える、最後のチャンスが与えられたのよ!!
また焼き尽くされていいの……? そうやって脳髄を幸せだけで焼いて、また、あらゆる幸いごと灰にするの!?」
――――煩い。
一つの色しかないこの世界が心地良い。
コれコそが、真実。
真実。
ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ
「お母さんが私を庇ったのは、まったくの間違いだったと――――その思いを、騙し騙し……覆し生きる、その痛みから逃げるの!?」
――――痛、い
痛い。
痛み――……。
「あなたの世界の地獄は晴れない。けれど今は、どうしてか、その無間の痛みの中にさえ、人生には、確かな幸いがある――……」
「「ミヤコさん!!」」
「どうしてかあなたに力を貸してくれる人がいる…………」
「――――ミャコォッ!! 早く戻ってこい!!!!」
「――――灰にするの? それとも、この“幸せ”を捨てる……?」
――――どうして。
どうして、私にはこんなにも多くの機会が与えられるのだろう?
私の犯した罪咎は、決して拭えないものであるというのに。
私は死ぬべきだった、けれど。
もしもそれが、人生であるというのなら。
もしもそれが、人生であるというのなら――……。
私はそれでも、罪咎を引き摺り、生きていきたい。
それが私の人間という罪悪。




