番外編 モデラルドの蒼き狼 前編
私が初めて戦場に立ったのは、まだ成人前の十四になってすぐのことだった。
当時、今は友好国として協定を結んでいるティザー王国との戦が長引き、軍の宮廷召喚士や兵士たちの士気は下がりきっていた。
故に、彼らを鼓舞する何かが必要だったのだ。
そして私は決意する。
国の窮状を救わんと立ち上がる、若き王子――すなわち私が戦場に姿を現せば、皆が私を死なすまいと必死になって戦ってくれるだろう、と。
「父上、どうか私に初陣の許可をいただけないでしょうか。多くの兵や民が死に、国土が蹂躙されているこの惨状を、これ以上は見ていられないのです」
「ほう……さすがライネス、勇ましいことを言うのう」
我が父は楽天家だった。
王としての職務より歌や踊りや美食、そして色を好む、俗に言う暗愚な王だ。
しかし性格が温厚であったのと、家臣たちが優秀なため、なんとか国としてやっていけていたのだが……それも限界を迎えようとしていた。
父は少し悩んだふりをしたものの、すぐに許可を下した。
戦況からすると、私が戦死する確率は高いと踏んだはずだ。
だが息子は他に六人もいる。
無論、私は死ぬつもりはなかった。
剣技に自信があったのもあるが、私が帰還してこそ、この戦の終焉が明るいものになると確信していたからだ。
そうして予想していたよりも過酷な初陣を乗り越え、さらにその後も戦場を駆け続け……。
ついにティザー王国との戦が終わる頃には、私は他国にも名が知れ渡るようになっていた。
髪にあわせて深い蒼の鎧を身につけていたため、「蒼き炎のライネス」だとか、私の瞳の色から「モデラルドの蒼き狼」などと変な二つ名までつけられて。
しかしそれはつかの間の平和で、周囲を三国に囲われた我がモデラルド王国には、その後も戦が絶えず、私は戦場に立ち続けた。
「兄上は、まだ婚約者をお決めにならないのですか?」
いつだったか、カインが神妙な顔で尋ねてきた。
成人して数年経つというのに、妻どころか婚約者すら持たぬ私の身を案じたのだろう。
「ああ、決めかねていてな」
嘘ではない。
これまで何人もの婚約者候補と顔を合わせてきたが、気に入った娘など一人としていなかった。
というよりも、皆同じに見えてしまってな……。
私が人より秀でているのは武芸のみ、カインやロナードのようにそつなく女性を扱うことなどできやしない。
故に私と二人きりになると、どんな娘も私を恐れる。
まれに気の強い娘もいないではなかったが……私がほんの少しでも凄めば、途端に怯えきった表情を見せ、萎縮してしまう。
その二通りしかいない。
そんな中からどうやって選べと?
そして迎えた今年の春。
婚約者捜しと同様に悩ましかったのが、自らの護衛として側につける宮廷召喚士の選定だ。
弟たちならいざしらず、私は自分の身くらい自分で守れる。
常に傍らに見知らぬ誰かを置かねばならぬなど、煩わしいことこの上ない。
しかし――。
「ほう、バラグダート家の娘か」
それは自室で、事前に宮廷召喚士候補の履歴書を見ていた時だった。
なんとなくパラパラとめくっていて、そこで手が止まった。
キャスティーヌ=バラグダート。
バラグダートは代々優れた召喚士を輩出してきた伯爵家だ。
特に当代のバラグダート卿の召喚獣は巨大なミノタウロスで、先の戦でも我が国の勝利に大いに貢献してくれた。
そしてバラグダート卿の奥方は数年前に戦死していたが、バーンニクという珍しい召喚獣を従えており、数々の戦場で重宝されていたと聞く。
さらには成人している三人の娘たちもまた宮廷召喚士であり、ケルベロスやオルトロス、フェンリルといった犬型の強力な召喚獣を従えていた。
つまり、召喚士の家系の中でもエリート中のエリートだった。
そのバラグダート家の末娘が今年成人し、召喚士となったらしい。
「召喚獣は……チ、チワワだと? 聞いたことのない魔獣だな」
姉たちの召喚獣はみな犬型ゆえ、このチワワも犬型なのだろうか?
その疑問は護衛の選定を行う謁見ですぐに解けた。
「わたくしの召喚獣はこの……ちょ、大人しくして! あっ、申し訳ございません……このチワワという魔獣です」
キャスティーヌは緩やかにカールした明るいブロンドがまぶしい、つんと尖った鼻が気の強さを表すような美しい娘だった。
顔の造形が美しいのもそうだが、それよりも感情が良く映る淡いグリーンの瞳が印象的だ。
そしてその娘が抱えているのは、とても小さな……犬なのだろうか?
彼女の姉たちの召喚獣を知らなければ、すぐには犬型の魔獣だと気づかなかっただろう。
しかも小さいだけではない。
なんというか、その……丸い顔に大きな耳、そして磨き上げたオニキスのような真っ黒の瞳。
どこをどう見ても恐ろしい召喚獣などではなく、魔獣相手にこう言ってはなんだが、とても可愛らしかった。
それでありながら、あのバラグダート卿も認めるほどにすさまじく強い魔獣なのだという。
「ならばその魔獣、この場にいるどの召喚士の召喚獣よりも強いと言い切れるか?」
まずはその自信ありげな表情がどう変わるのか見たくなり、やや低い声で問うた。
するとキャスティーヌはくいっと顎を上げ、勝ち気に答える。
「もちろんですわ。もし信に値しないとおっしゃるのであれば、わたくしの命をかけましょう」
なんと、命をかけると申すか。
随分と気の強い娘だ。
これがキャスティーヌとの出会いだった。
◇ ◇ ◇
キャスティーヌは不思議な娘だった。
どういうわけか、カインの護衛となったアネリという娘を敵対視している。
アネリは平民出のため、貴族特有の選民思想なのかと思いきや、なぜかことあるごとに私にアネリを推し薦めてくるのだ。
もしや、キャスティーヌはカインの事が好きなのではないか?
そう考えると納得がいく。
恐らく自分とアネリを交代して欲しいのだろう。
その小生意気な態度に苛立った私が幾度となく凄み、冷たい態度を取ろうとも、キャスティーヌはめげることはなかった。
特にゴルダイ帝国との戦について口出しされたときなど、私としたことがついカッとなって本気で凄んでしまったのだが……。
キャスティーヌは一瞬怯えた様子を見せたものの、すぐに立ち直って自分の胸の内を打ち明けた。
その時に、私の胸にあふれた熱き思いは、どういう感情に由来するものだったのか……今となっても分からない。
しかし私は本能的に悟ったのだ。
この娘は危険だ、と。
そして、この娘には私には敵わない何かがあるのだと。




