第十二話 秘めた想いと最期の言葉
「カインさま、今のうちにお逃げください! 正面の大扉ではなく、裏口の方からです」
「君は……兄上は大丈夫なのかい?」
カイン王子の瞳が心配げに揺れて、わたくしの後方をさまよう。
「ライネスさまは恐ろしくお強くていらっしゃいますから、今のところは。さあ、急がねば。アネリの召喚獣が苦戦しておりますし、このままカイン王子がここにいては彼女の足を引っ張ってしまいますわ」
そしてカイン王子が逃げたら、アネリはライネス王子のもとへ直行よ!
「そ、そうか……確かに私がいると狙われてしまうし、邪魔かもしれないな」
カイン王子はさすが真面目で素直、すぐにわたくしの言うことを聞いてくれ、一緒にパーティー会場の奥の扉へと向かう。
その道すがら、わたくしは逃げ惑う人々に裏口から逃げるよう伝えながら駆けた。
「あれ、君、ライネス兄さんは?」
急に声がかけられ、振り返るとロナード王子だった。
護衛のヘレナと召喚獣のガイスターを連れて、わたくしたちと同様、裏口に向かっていたところみたい。
「ロナードさま! ライネスさまはまだ戦っておりますので、この後、アネリと共にお助けいたします。ロナードさまはカインさまとお逃げください」
「そうか、君とアネリがいれば安心か……では気をつけて。ライネス兄さまを頼むよ」
そしてロナード王子とカイン王子が裏口の扉に向かったのを見届けて、わたくしはアネリの元へと戻った。
まったく、忙しいったらありゃしないわ。
しかもその間もずっとマロンを抱えてるから、軽いと言ってもさすがに腕がプルプルよ!
「アネリ!」
戻ったら、ちょうどアネリのキマイラがワイバーンを撃退したところだった。
傷ついたワイバーンはもう懲り懲りと言わんばかりに翼をばたつかせ、後退していく。
「あら、キャスティーヌさま?」
「アネリ、カイン王子は裏口から外に出たからもう安心よ! それで、訳あってわたくしのチワワは戦えないの。だからあなたがライネスさまをお助けしてちょうだい」
「ええっ? 私が? でも……」
アネリは大いに戸惑った様子を見せるも、ライネス王子の方を見て顔色を変える。
ライネス王子はまだティザー王国の召喚獣たちと戦っていた。
「今行きます!」
そう、そうよ、その意気よ!
アネリはライネス王子を助けて、そしてライネス王子に「私は一人でも十分戦えたが……お主が来てくれて助かった」みたいな事を言われて……。
最後まで見届けない訳にはいかないわ。
わたくしは駆けるアネリの後を追う。
そしてわたくしの横にキマイラが並んだ。
「あなた、頑張るじゃない。あともう少しよ、ライネス王子をしっかりお護りするの!」
ライネス王子は最後の仕上げとばかりに、女性の上半身を持つ巨鳥、ハーピーと戦っていた。
ハーピーの翼や女性の姿の胸元には、いくつもの切り傷がつけられて血まみれになっている。
人型だけにちょっとグロいわね……。
そしてそこにキマイラが乱入したものだから、ハーピーは引きつった顔をしてバササッと逃げていった。
しかし逃がさんとばかりに後を追っていくキマイラ。
「お前は……カインはどうした?」
肩で息をつくライネス王子が、重い前髪をかき上げながらアネリに問う。
「カ、カインさまは既に安全な場所に避難済みです。それでライナスさまをお助けするよう、キャスティーヌさまが……」
ちょっと! わたくしの名前なんて言わなくていいのよ。
でもほら、ライネス王子が感慨深そうにアネリを見ているわ。
アネリもなんだかドキドキしてそうな顔で見つめ返してて。
そして二人はついに結ばれるのよ……。
ああ、せっかく思惑どおりに上手くいったのに、わたくしったらどうして涙ぐんでるの?
いいのよ、これで。
どうせわたくしはライネス王子に嫌われまくっているんだもの。
ライネス王子はいつもわたくしに冷たかったわ。
もちろんわたくしが悪いのだけど、すぐ鋭い眼光で睨みつけて、冷たい言葉を投げつけて。
鎮魂の儀のときだってボートに乗るときに手を貸してくれないし、船が沈みだしてもわたくしをほっといてカイン王子を助けに行くし。
けれども……あの中庭で戦の話をしたときは、ライネス王子が目指す平和な世について真摯に語ってくれたわね。
ボートのときも、結局は溺れたわたくしを助けてくれたし、助かった後もわたくしの身を案じてくれて。
わたくしのことを嫌っているにもかかわらずよ?
厳しいけれど、本当は優しい方なのよね。
だから……わたくしはいつのまにか……。
そう、いつのまにか、わたくしはライネス王子のことを好きになっていたの。
涙がこぼれそうになって慌てて手で拭う。
そうしてから気がついた。
見つめ合う二人から少し離れたテーブルの下。
フードを被った一人の怪しい男が、ゆっくりと姿を現すのを。
その男の手にはキラリと光る、抜き身のナイフがあった。
「危ないわ!」
わたくしは叫びながら駆け出した。
男の狙いは間違いなくライネス王子よ!
けれども男とライネス王子の間には、アネリがいる。
だからこそ、ライネス王子からは死角になっていた。
キマイラは……ああもうっ、ハーピーを追ってどっかに行っちゃってるじゃない!
「アネリ、危ないわ!」
刺客が音もなく飛びだした瞬間、わたくしの声に反応したアネリが振り返って男に気がついた。
そして両手を広げてライネス王子の前に立ちはだかる。
ダメよ! それじゃ、あなたが刺されちゃう!
気がつくと、わたくしはアネリに体当たりしていた。
そして衝撃とともに、脇腹への鋭い痛みが――。
「なっ、キャスティーヌか!?」
ライネス王子の声だったようだけど……よく見えない。
「ぐああっ」という男の声と湿った水音で、刺客がライネス王子の一刀に伏したことは分かった。
わたくしは痛みで身体が震え、もう立っている事もできずに崩れ落ちてしまう。
「キャスティーヌさま!?」
痛みでぼやける視界の中、アネリが涙をポロポロとこぼしながら、倒れたわたくしの顔を覗き込んでいた。
「どうして、私なんかを庇って……!」
どうしてって言いたいのはわたくしの方よ。
なんでそんなに泣いているの?
あなたはわたくしの事が憎くて恐くて大嫌いなはずなのに。
わたくしは息をするのも苦しい中、何も言わずに息絶えるわけにはいかないと、最後の気力を振り絞った。
「わ、わたくしは、あなたが嫌いなんじゃないの……あなたは優しくて素敵な女の子だけど、気が弱くて、大人しすぎて……でもそんなんじゃ、平民出の宮廷召喚士として、そして未来の王妃としてやっていけないわ。だから、わ、わざと辛く当たったのよ……」
わたくしの言葉が理解できずに、アネリがポカンとした顔をしていた。
その茶色の長いまつげに、大粒の涙が光っている。
「キャスティーヌ、もうしゃべるな!」
アネリのすぐ横に、いつになく恐い顔をしたライネス王子が並ぶ。
ああ、やっぱり二人はお似合いだわ。
アネリは地味だと思っていたけれど、こうやって見るととても可愛いじゃない。
悔しいけれど、ライネス王子の隣はあなたのものよ。
「ラ、ライネスさま、あなたにはアネリが必要っ、なのです……幾多の戦場を戦い抜き、凍りついたあなたの心、それを溶かすことができるのは、アネリだけ……ア、アネリと結ばれなければ、この国は軍国主義を貫いた先、戦乱の世が……来てし、まっ……」
そこでついに息切れしてしまった。
はぁはぁと胸で息をついていると、アネリが涙を流しながらささやいた。
「私はそんな、大それた存在ではないです……それより、私がキャスティーヌさまに嫌われていると思っていたのは、演技だったというのですか?」
わたくしは小さく、しかし、しっかりと頷いた。
それを見て、アネリはしばし呆然としたものの、顎を震わせて嗚咽を漏らす。
「まさか、お前がそんな……なぜそんなことを」
今度はライネス王子だ。
ひそめた眉の下、あの凜々しい金の瞳が驚愕に揺れていた。
ああ、良かった。
最後に、わたくしはただの性悪女なんかじゃなかったんだって知ってもらえて。
今はもう、それだけで十分よ。
わたくしの淡い恋心は、あの世にもっていくわ。
「キャスティーヌさま、しっかり!」
「キャスティーヌ、死ぬなっ!」
二人とも必死な顔で声を上げる。
でも、もうお別れの時よ。
今度こそわたくしはここで死ぬの。
「ライネスさま、アネリ……幸せに、なるの……よ……」
これがわたくしの最期の言葉――――。
――に、なるはずだった。
刺客の前に身を投げ出す直前、わたくしはとっさにマロンを離していた。
その後、マロンがどうしていたのか分からないけど……。
まさに今、生き絶えんとしているわたくしを心配してか、ちょこちょことやってきて、わたくしの胸に細い前足をのせ、頬をチロチロと舐めてくれる。
温かい……。
「マロン、ありがとう……でも、もうわたくしは……」
もう死んじゃうのよ。
そう、もう死んじゃ…………。
「…………あれ? まだ生きてるわ」
しかも、あれだけ痛かった脇腹の痛みもいくらか和らぎ、今は鈍痛になっていた。
「あっ!」
そこであることを思い出し、勢いよく起き上がる。
わたくしの臨終を見届けようとしていたライネス王子とアネリは、ビックリした様子で飛び退いた。
「そういえば……」
朝、いつもどおりに宮廷召喚士の制服を着ようとしたところ、マロンがわたくしの衣装ダンスをあさって何かを引っ張ってきたの。
それが今着ているベストで、宮廷召喚士になったお祝いにお父さまからプレゼントされたものよ、大事な任務の時に着なさいって。
少し分厚いけれど制服のベストととてもよく似ていて、冬用かしら? としまっておいたの。
でもせっかくマロンが選んでくれたのだからと、今日は着てみたのだけど。
「このベスト、もしかして……」
「なんだ? どうかした……ん? 革の内側にもう一枚生地があるな。もしや防刃ベストか?」
ライネス王子がわたくしのベストの裾から手を入れて、しげしげと観察している。
ほ、防刃、ベスト……?
「あらやだ! じゃあさっきの痛みは?」
急いで刺されたはずの脇腹を見れば、表面の革は切れていたけれど防刃生地は破れておらず、血も出ていない。
つまり痛かったのはナイフで思いっきり突かれたからで……刺されたわけじゃなかったってこと?
「な、なんてこと! わたくし、てっきりこのまま死ぬんだとばかりっ……!」
死ぬつもりで色々しゃべっちゃったじゃない!
ゾッとしてから、今度は羞恥で顔が熱くなっていく。
そんなわたくしにぶつかるようにして、アネリが抱きついてきた。
「ああ、良かったです! キャスティーヌさまあぁ~!」




