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魔法を喰らう獣 〜“名無し”と魔王のゆりかご〜  作者: 天乃 朔
第1章 囚われの獣

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1−6.芋もち

 茹でた馬鈴薯を潰す。片栗粉と塩と牛乳を混ぜ、小判型に成形し焼く。軽く焦げ目の付いたその上に熱してトロトロになったチーズを掛けて、熱々で召し上がれ。

 炊事場の下働き達にちょっとした軽食が振る舞われた。

 巫女送りの儀式の際に提供して欲しいと商人から大量に馬鈴薯が寄付されたのだ。どうやら保冷庫の魔法結晶の魔力切れに気づかなかったらしい。芽が出てきた馬鈴薯の早期消費のため、大量の芋もちが作られ、巫女送り当日まで魔法で冷凍保存されることになった。彼女達はそのお零れに預かったという訳だ。


「あつっ、口の中火傷したぁ」

「あんた、がっつき過ぎ」

「ほらほら、慌てなさんな。芋もちは逃げやしないよ」


 若い娘の食べっぷりに料理人の中年女性が満足そうな笑顔を浮かべる。

 炊事場の女性達の口は、食べることとしゃべることで大忙しだ。


「え?聖堂のステンドグラス、建国の物語なの?」

「ちょっと、汚いなあ。食べるかしゃべるかどっちかにしなさいよ」


 二十代前半と思しき娘達が二人並んで食事、或いは歓談中である。一方が口に入れたまましゃべり、一方は飛び散る唾と食べかすを避ける。


「建国の物語って、変だよね。二番目の若者は何で自殺したの?ありえない。だってもうちょっとで王様になれるんだよ」

「そんな、御伽噺に文句言われても…」

「アタシなら絶対、死なない!」

「はいはい、アンタは絶対死なないよ。殺されても死なない」

「そう、アタシは……げほっ、げっ、げへ、げへ」

「……いや、アンタは芋もちを喉に詰まらせて死ぬかもしれないわ」


 隣に座る娘が咽せる娘の背中を摩り、手伝いの年配女性が笑いながら水を差し出す。


「あー、死ぬかと思った。で、あのステンドグラスだけど、建国の物語に猫とか鼠って出てきた?」


 娘は簡単に死地から戻ってきた。


「建国の王様が『猫の王』とか言われているからじゃない?」

「何で猫?」

「さあ?」

「鼠は?」

「さあ?」

「確か『猫の王』って、あまりいい意味なかったよね。卑怯な王とかナントカ…」


 この国の隠語で『猫の王』といえば、猫の王様でしかない、獅子や虎のような立派な王様ではないという意味がある。つまり王の器にない王であるということだ。


「しっ、教会の人に聞かれたら大変だよ。建国の王様って、国教会で祀っている神様でしょ。不敬に当たるとか言われて捕まったらどうするの」

「やだ、牢屋に入れられちゃう?」


 二人は聖堂の方を窺う。聖堂では巫覡(ふげき)達が集まっている筈だ。何となく祝詞が聴こえるような気がする。


「今回の巫女様は五人だったかい?随分少なくなったねぇ。私の若い時には大勢の巫女候補の中から巫女様が選ばれたものだけどねぇ」


 手伝いに駆り出された近所の中年女性が、同年代の料理人の女性に話を振る。


「それだけ魔力のある人間が減っているんだよ。今じゃ国教会の建物も半分は遺物管理所になっちゃったからね」

「そうそう、そう言えば、今回は男巫女(おとこみこ)がいるって話じゃないの」


 巫覡(ふげき)は性別に寄らないが、殆どが女性である。男性の場合、魔力があれば騎士や官僚を目指すし、後継や労働力としても有用なので、(かんなぎ)になる者は殆どいない。この儀式が『巫女送り』と呼ばれる所以である。


「ほら、最近話題の魔鉱石を使用しないランプを売っている商会、あの商会主がどこからか見つけてきたらしいよ。国に恩を売って販路でも広げようとしているのかねえ」

「なになに、男巫女?カッコイイの?」

「どうせ、子供でしょ」

「えーっ、何だぁ」


 二十代前半の乙女達が食いつく。


「でも、巫女様たちが羨ましい。アタシに魔力があればなあ…巫女になれば騎士様とお近づきに、あわよくば結婚なんて、ふふふっ」

「ないものねだってもしょうが無いでしょ。夢見るのは自由だけど、少しは現実を見なさいよ」

「アタシらの現実のどこにいい男がいんのさ」

「言えてる〜」


 女性達の笑い声が辺りを包む。そうは言いつつ、一人は既婚者であり、もう一人も馬丁の若者と恋仲なのは周知の事実だ。


「新入りの嬢ちゃんはどうなんだい?ほら、あの子、兵隊見習いさんなんかどうだい?」


 料理人の小母さんの問いかけに、色恋沙汰に縁がないであろうボサボサの髪の少女はポツリと答える。


「誰にでもやさしい人は信用できない…かな」

「ああっ、分かるーっ」


 馬丁の恋人がすぐさま同意し、何度もうなづいている。


「何で?ワンコみたいで可愛いじゃない」

「アイツは誰にでも尻尾を振る犬だからね。最初はアタシに気があるのかと思ったのにさあ…」

「あんた歳を考えなさいよ」

「えーっ、アタシだって女伯爵様のように男を侍らせたい〜」

「金も魔力も無い庶民が何言っているんだか」

「女伯爵様といえば今回の当番貴族様だってね。例のお付きの人達も一緒よね」

「私のような年配者に言わせりゃ、あれはちょっといただけないね。ふしだらだよ」

「何で?眼福ってヤツじゃない。ああ、アタシもイイ男とお近づきになりたい」


 既に皿は空だが話は尽きない。


「おや?何だか外が騒がしいねえ…」


 覗いてみると聖堂から出てきた巫女達が『きゃあ、きゃあ』と黄色い声を上げている。

 その視線を辿るとアンバーの姿があった。


「………アンバー様、カッコイイ…」


 下働きの若い女性のどちらかから言葉が溢れる。

 少女は前髪越しにアンバーの端正な横顔を眺めた。


 ――『でも、―――の方が格好良いよね』


 誰かが少女の耳元で囁いた気がした。


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