挿話 猫の王様
昔々、遙かに遠い昔、世界は魔法で溢れていました。
空には巨大な島がいくつも浮かび、羽の生えた鉄の船が島々を行き来していました。
『夜が暗い』と思えば、魔法で太陽を生みだし、『日照りで水が足りない』となれば 魔法で雨を降らせました。
魔法は有りと有らゆることができたのです。
ある日、一人の旅人が国一番の魔法使いの下を訪れました。
「偉大なる魔法使い様、あなたは魔法でどんなこともできると仰っていると聞きました。それは果たして本当でしょうか?」
魔法使いは胸を張って言いました。
「魔法でできないことなどありません。例えば、ほら、そこの鼠を咥えた猫、その猫を宙に浮かせることもできますよ」
猫の体がふわりと浮き、驚いた猫は咥えていた鼠をポトリと落としてしまいました。
「猫を浮かせるだって?鳥だって空を飛ぶじゃありませんか」
そんなことでは、旅人は納得しません。
「では、そこに落ちている鼠を生き返らせましょう。こんなことは神様にだってできないに違いありません」
魔法使いが呪文を唱えると、床に転がっていた鼠が息を吹き返し、慌てて逃げて行きました。
「おお、これはすごい。でも、鼠が本当に生き返ったならね。単に、鼠は気を失っていただけではないのですか?」
旅人は、なかなか魔法のすごさを認めてくれません。
「あなたも疑い深いお人だ。魔法でできない事などありませんよ」
魔法使いは、火、水、風など次々と魔法の呪文を唱えました。
しかし、どんなにすごい魔法を見せても旅人は納得しません。魔法使いは段々とイライラしてきました。
「あなたは一体、どうしたら魔法の素晴らしさに納得するのですか?」
旅人は少し考えて言いました。
「そうですね。では、これから私の言うことが魔法でできたら認めましょう」
旅人の態度にすっかり頭に来ていた魔法使いは、旅人の望むとおり呪文を唱えました。
『魔法よ!この世の中から消えて無くなってしまえ!』
その瞬間、島々は空から墜ち、全ての魔法の力は結晶となって地上に降り注ぎました。
こうして、世界から魔法が失われたのです。
***
世界から魔法が消えて長い、長い時が過ぎました。
大陸の片隅の小さな村に三人の男の子が生まれました。不思議なことに彼らは、失われたはずの魔法を使うことが出来ました。やがて、彼らは立派な若者へと成長しました。
ある日、彼らの下に旅の預言者が現れて神様の言葉を伝えました。
『“朽ちた地”に向かいなさい。一人は、王となり、猫のように空に浮かぶだろう。一人は、鼠のように死に、蘇るだろう。一人は、世界中の魔法を喰らい尽くすだろう』
神様のお告げの意味はよく分かりませんでしたが、三人の内、誰かが王様になることは分かりました。三人の若者は、かつて魔法の国の都があったという“朽ちた地”を目指して旅立ちました。
三人の若者は、道なき道を進みます。
旅の途中、彼らは魔物に襲われている村に辿り着きました。若者達は力を合わせて魔物を撃退しました。村を後にしようとした時、村人は彼らに懇願します。
「お願いです。この村にとどまり、これからも魔物を退治してください」
その村は魔物が湧くという森の辺りにあり、常に恐ろしい魔物の被害に遭っていたのです。
しかし、若者達は旅の途中です。簡単に首を縦には振れません。でも、村を見捨てることもできないのです。
若者の一人が言いました。彼は村の美しい娘と恋に落ちていました。
「では、私がこの村に残りましょう。神様のお告げのとおり、魔物が最後の一匹なるまで退治することにしましょう。二人は先に進み、王となってください」
その言葉に従い、二人になった若者はさらに旅を続けることにしました。
目的地はもうすぐです。
そして、遂に二人は“朽ちた地”、かつての都にたどりつきました。
そこには遺跡がありました。遺跡はその昔、空に浮かんでいた島の一つ、王様の玉座でした。遺跡は砂漠と化した大地に飲み込まれ、殆ど朽ち果てています。
新しい王様になるには、玉座を再び空に浮かべる必要がありました。
二人の若者は呪文を唱え、遺跡に魔法をかけますが、全く動きません。魔法の力が足りないのです。
「ここは私が鼠となり、命を持って魔法を捧げましょう。私の命は尽きますが、私の魔法は玉座として蘇ることでしょう。あなたは王としてこの国を治めてください」
若者の一人がそう言い、手にした短剣で喉を掻き切り遺跡に身を捧げました。遺跡は若者の命の魔法の力を吸い取ると強く輝き、空にゆっくりと上りました。そして、この都の二つ目の月になりました。
最後に残った若者は、この国の王様になりました。それが建国の王、『猫の王様』です。
二つ目の月は、今も王都の空にあって、この国に繁栄をもたらしているのです。




