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04


「月森さん。どうされましたか?」

「……気分が悪いので、保健室に行こうと」


 昼下がりの学校、私と入れ違うように教室に入ってきた先生に呼び止められ、私は弱々しく答える。

 

 狼男に襲われたショックで、朝から気分がすぐれない。

 夜、あまり眠れなかったしね。私はついに、保健室のベッドにお世話になることにしたのだ。


「季節の移り変わりですからね。お大事に」


 世界史の教師に関わらず何故か白衣を着ている“タカセン”こと、高尾先生が少し擦れ気味の声で穏やかに言う。

 眼鏡の向こうの三白眼気味の目は、優しげに細められていた。


「ありがとうございます」


 私は少し頭を下げて、廊下へと出る。

 授業をサボる形になるので申し訳ないけど、ふらふらとした足取りで保健室へ向かう私を見守る高尾先生の顔は気遣いに溢れている。

 高尾先生は三十歳前後ぐらいかな。

 少し長めの前髪が顔を隠しているし、太目の黒縁眼鏡に薄汚れた白衣も相まって、生徒からは地味で目立たない先生ということで位置づけられている。オタクっぽいと言う子もいる。

 最近入ってきた新任の英語教師と比べたら、天と地の扱いの差だ。

 と言っても、私は高尾先生のほうが好き。

 新任の英語教師が実は吸血鬼で、私を巡ってシオンと死闘を繰り広げたストーカーと知れば、みんなも考えを改めると思うけど、さすがにそれは言えない。


「……はあっ」


 保健室の寝台に横になり、私は盛大な溜息をつく。

 四方をカーテンで仕切ってるし、保健師のおばさんは打ち合わせがあるとかで先程出て行ったので、保健室には私一人。

 ちょうど良かった。白いカーテンで囲まれたこの空間に身をおいて、ひたすら何も考えずぼうっとしたかった。

 こんな事なら、シオンの言うとおり、今日は学校を休んで竹蔵の家にお邪魔させてもらえば良かったかも。

 竹蔵の家は陰陽師の血筋で、私の体質のことも、シオンの正体も知っているので、息子の幼馴染である私には好意的だ。

 シオンは普段家にいて、私にはよく分かんない小難しい論文やら、推理小説なんかを書いている。

 賞なんかも貰っていて、実は世界的にそこそこ名が知れた小説家だったりするんだよね。

 時々、大学で講師もしていて、今日も講義の日で大学に行っている。


 昨日のこともあるので、講義は休みにして、私も学校を休んで二人で家にいようとしつこく言っていたけど、無理やり大学に行かせた。

 私一人のせいで、シオンや生徒さんたちの予定が崩れるなんて嫌。ちなみに、竹蔵は同じ大学の生徒だったりする。

 竹蔵の話では、シオンは女子大学生達からモテるんだとか。

 そうだよね。何も知らなければ、シオンはいい男だと思う。

 見た目もまだ三十代ぐらいで通る。前に、アメリカの雑誌で世界一セクシーな男に選ばれた俳優さんにもどことなく似ている。

 でも、その正体はロリコンの変態吸血鬼だ。

 正直、おすすめ出来ない。むしろ、女子大生さんたち逃げて~! って感じだ。

 だけど、竹蔵の話によると、シオンはまったく相手にしていないんだとか。

 ……うん。分かってる。つまり、私一筋って事なんだよね。



 十六歳の誕生日まで残り、五日。



 タイムリミットは刻一刻と近づいてくる。

 問題は私がどうしたいかと言う事だと思うのだけど、シオンは本当にお父さんみたいな存在で、結婚なんて考えられない。

 そこで、昨夜のキスを思い出し、私は奇声を上げて悶絶する。


「うぎゃあっ~!!」


 馬鹿。私の馬鹿! シオンの馬鹿!!

 何を考えてるのよ!? あそこは拒否しないと駄目だって! 受け入れるどころか、自ら率先してするなんてどうかしている! 少しは危機感もとうよ、自分!


 でも、子供の頃から寝ている間にキスされてたみたいだし、普段から頬やおでこのキスは当たり前だった。

 外人だからそんなもんかと思っていたけど、そんな感じでキスに慣らされてしまったんじゃなかろうか? 

 十五歳の誕生日以降は、軽いものだったけど隙あればキスしようとしてきたし。


 他にも――。あっ、詳しい話はまた今度ね。


 誰かが来た。窓を開け、保健室に忍び込んでくる。

 私は全神経を集中させて、耳をすます。

 いつでも動けるように体勢を整える。


 不運体質を舐めるなよ。昨日は取り乱しちゃったけど、不測の事態にはいつでも対応可能だ。

 しかし、相手の方が一枚上手だった。

 不運体質ではあるけれど、運動動力は人並みの私と狼男ではレベルが違うって事か。


 私は、白いカーテンの壁を音もなく割って入ってきた、男の動きを避ける事が出来なかった。

 その結果、私は昨夜と同様に手足を拘束され、保健室の寝台の上に縫い付けられる事になってしまった。

 そして、目の前にはムカつくほど整った男の顔。


「……見つけたぞ。今日こそ――」


 喰おうって訳ね? けどね、そういう訳にはいかないのよ。

 私は唯一自由に出来る頭をおもいっきり上げて、狼男に頭突きを食らわす。

 痛い! 

 狼男も痛かったみたいだ。

 呻き声を上げて私から手を離す。私はその隙を逃さず、狼男の頭を両手で押さえこんで、もう一発頭突きを食らわしてやった。

 まさかの二発目をくらい、狼男が私の横に崩れ落ちるけど、こんなじゃまだ駄目だ。

 その証拠に怒りで渦巻いた青緑色の瞳で私を睨んできた。


 何よ? 痛いのはこっちも同じなんだからね。

 だいたいねえ、お休み中のレディを襲うなんてマナー違反もいいところ。お仕置きよ。


 私はハンガーに掛けてあったブレザーのポケットから、あるものを取り出した。スイッチオン! 

 狼男が、その後姿に手を伸ばす。


「この小娘がっ!」


 私は振り向きざまに狼男の腕をかいくぐり、スタンガンを男の胸に当てた。

 シオン特製の特注品だ。

 普通の人間なら死んじゃうぐらいのボルト数らしいけど、相手は狼男で、私の命を狙っている。

 遠慮なんかするもんか。

 一旦、スタンガンを離すと、更にもう一段回ボルト数を上げて、もう一発当てる。

 結果、狼男は気を失って床に崩れ落ちた。ざまあみろ!


 私は床に倒れた狼男をえいっえいっと踏みつける。

 とっても綺麗な顔もぐりぐりと踏みつけてやる。

 はあ、スッキリした。

 こうしてはいられない。過去の経験から、こういう手合いはしぶといと分かっているので、すぐに目を覚ますこと請け合いだ


 私はブレザーを着て、スタンガンをポケットに戻す。

 ちなみに、反対側のポケットには催涙スプレーが入っていた。

 そして、寝台の下に置いておいたローファーを履き、教室を出る時持ってきた小さめのポーチを手に持つ。ポーチの中身は携帯とお財布。

 狼男が入ってきた窓から外へ出て、一目散に逃げ出した。


 うん、分かってる。準備よすぎないって?


 でもね、先ほど言った通り、こういう緊急事態には慣れっこなのよ。

 嫌でも、慣れざるをえない。

 いつだって、最悪な事態を考えて用意する必要があるのだ。


 私は走りながら、携帯を取り出してあるボタンを押す。

 実は、携帯もシオンの手が入ってあって、今のボタンを押すと、シオンの携帯と竹蔵の家に緊急のサインが送られるのだ。

 サインのレベルは五段階あって、私は『5』を押した。つまり、超ヤバイ事態。

 携帯にはGPS機能も付いているので、私の位置が分かるようになってある。

 校庭を全速力で駆け抜けて、門を出るとお迎えがちょうど来た。


 学校から一番近いのは竹蔵の家なので、竹蔵んちの誰かが来てくれるのかなって思ってたんだけど、黒い大型バイクに乗り、ヘルメットを被った男が何者なのか私には分からなかった。

 顔が見えないってことを差し引いても、私の知らない人だって思った。


「早く乗れ!」


 そう言われても、ちょっとまごついてしまう。

 だって、味方を装った新手の敵っていう可能性も捨てきれないもの。

 私はブレザーのポケットに両手を突っ込み、どっちを出そうかと思案する。

 すると、男がヘルメットを取った。

 どうだ? っと言った感じで、男が見てくるけど、その顔にはやっぱり見覚えがない。

 私の反応を見て、男がいささか傷ついたような表情を見せた。


 男と言っても、年の頃は私とそんなに変んなさそう。

 二、三歳上かな? バイクに乗っていても背が高く、がっちりした体格である事が分かった。

 浅黒い肌に、精悍な顔立ち、整っているとも言えるけど、男くさい無骨な感じがした。

 なんとなく、竹蔵のお父さんに似ている。

 竹蔵は、お母さん似なんだよね。母子そろって綺麗な顔をしてるの。

 他の兄弟は――。そこで、私はパカッと大口を開ける。


「もしかして……、梅吉!?」


 見知らぬバイクの男こと、梅吉が渋い顔で頷いた。


「……そうだ」

「うわあっ~!?」


 私は小さな歓声を上げて、竹蔵の弟をまじまじと見つめる。

 だって、梅吉とはすっごい久しぶりなのだ。

 もう、十年ぶりぐらい?

 何故、同じ兄弟なのに竹蔵と違って交流が少ないのかと言うと、お母さんの家系が忍びの一族で、梅吉は子供の頃からずっと忍びの里で武者修行していたの。

 お兄ちゃんの竹蔵は時々、お母さんと一緒に里帰りしていたので、梅吉が頑張っているらしいという話は聞いていた。でも、本人とはずっと会っていなかったんだよね。

 あと、陰陽師と忍者の家系がどうして婚姻関係を結んでるんだよ? というツッコミは無しにしてね。私にもよく分かんないから。


「梅吉、久しぶりだね~。元気だった? すっごい、変ったから分かんなかったよ」

「…………」


 私が側に駆け寄って、先程の失態を取り成すように明るく喋りかけても、梅吉は何も言わない。

 まあ、子供の頃から無口な子だったもんね。

 私も、優しくて面倒見がいい竹蔵に懐きがちだった。

 ちなみに、竹、梅とくれば、松はどこだよ? って思うよね。

 松助こと、長男坊の松兄ちゃんは現在行方不明中。

 実は、欧州に昔から存在する秘密結社に命を狙われていて、姿をくらましてるんだけど、詳しい話はまた今度。


「いつ帰って――」

「竹兄に呼ばれた。早くかぶれ」


 今にも世間話でも始めそうな私を梅吉は簡潔にさえぎり、ヘルメットを無造作に渡してくる。

 その視線は私の背後に向けられていた。

 つられて後ろを振り返ると、そこには砂埃を立てながら校庭を矢のように駆け抜けてくる銀狼の姿。


「ぎゃあ~!?」


 もう復活しやがった。

 怖い。怖いよ!

 しかも、わざわざ狼の姿に変身してるし。もう満月とか夜だからとかは関係ないのね?

 牙をむき出しにして掛けてくる狼の姿は、下手なホラー映画よりよっぽど怖い。

 私は大急ぎでヘルメットをかぶり、梅吉の後ろに乗る。


「しっかり捕まれ!」


 私の返事も聞かずに、梅吉がバイクを発進しだす。

 体がガクンと前後に揺れ、私は慌てて梅吉の背中に胸を押し付け、ウエストに両腕を回してギュッと抱きついた。

 ヘルメット越しの梅吉から僅かな溜息が漏れたような気がするけど、今はそんな事より狼男。

 ……というか、梅吉は私より二つ年上の十七歳のはず。大型バイクの免許って大丈夫なの?

 私の疑問は他所に、梅吉は更にスピードを加速させる。


 私には見えないけど、後ろでは狼男が追いかけてきているんだろうか? 

 梅吉がバイクを左右に動かし、車の間を器用に縫っていく様子から判断するに付いてきているのだと思うけど。

 ちらっと目に入った対向車のおじさんの顔が固まっていたような気がするのは、きっと真昼の都会でまさか狼を見る羽目になるとは思わなかったからだよね。

 おじさん、ごめんね。みんな、ごめんね。諸悪の根源は全てあの狼男です。


 もはや、梅吉の運転も滅茶苦茶だ。私は目をつぶる。

 こんなじゃ、いつ他の車とぶつかって、クラッシュする可能性も捨てきれない。でも、私は奇跡的に無傷のままだった。




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