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02


 竹蔵の家からの帰り道、薄暗くなってきた空を見上げると、飛行機が空高く飛んでいるのが見えた。 


 そういえば、私が乗った飛行機がエンジントラブル起こして、目的地とは違う空港に不時着した時もあったな。ハイジャックされた時も。

 幸い死傷者はいなかったけど、生きた心地がしなかった。


「……ていうか、もうなんなの?」


 私は盛大に溜息をつく。


 この不運体質は何なのだ。

 解せないぞ。何かの呪いか? 前世のカルマ? 私、よっぽど悪いことしたの? 


 こんなんだったら、本当に吸血鬼になって家から一歩も出ない方がいいのかも。

 マイナス思考になって、とぼとぼ歩いていると突如衝撃があった。


 一瞬、混乱するけど、そこは悲しき不運体質。

 突然の出来事にも慣れたもので、すぐに状況を冷静に分析しだす。

 分析した結果、私は薄暗い道の真ん中に仰向けになって倒され、両手両足を地面に縫い付けられていた。見知らぬ男の手によって。


「……え~っと」


 私は男の顔を見ながら、なんと言おうか悩む。

 というより、男の美貌に正直驚いていた。


 シオンは美形だ。中年だけど、それを補ってなお十分美形だ。

 なんというか大人の男の色気が滲み出ている。紳士的な物腰の裏に野性味が秘められていて、近所の奥様方はセクシーだと言ってはばからない。

 竹蔵も年寄り臭い名前のわりに、今風のイケメンだ。

 色白で天然の茶髪。目の色のも薄い茶色で、全体的に色素が薄い。鼻筋も細く通っていて、柔らかそうな唇の線や、少し垂れ目がちな顔はとても綺麗だと思う。

 他にも、異世界から迷い込んできた王子様もうっとりする様な美形だったし、現代にタイムスリップしてきた古代ギリシャの王様も中々のもんだった。

 あと他にも……、話が長くなりそうなので詳しい話はまた今度。


 とにかく、この男の美しさに比べれば、みんな霞んで見える。

 それぐらい美貌の持ち主だった。

 ウエーブがかった髪の色は暗がりでも分かる美しいプラチナブロンド。青とも緑ともつかぬ神秘的な瞳。目鼻立ちは見事なまで完璧に配置されており、じっと見つめていると変な感じになる。

 本当に、同じ人間? 

 いや、今までの私の経験からしてみると、非人間であることは十分有り得る。

 倒された体勢からだと判断は難しいけど、長身の体型は一流のアスリートかのように鍛えられているみたい。

 Tシャツとジーンズ、スニーカー。そんなシンプルな服装なのに、ファッション誌から抜け出してきたみたいだった。だからこそ――。


 ――実に残念。


 だって、この人は私のことが嫌いだ。

 目を見れば分かる。その表情を見れば分かる。それはもう、ものすごい嫌悪感で溢れている。

 何故に、ここまで憎まれなくてはいけないのかって言うぐらい憎悪に満ちていた。私は親の仇かっての!?


「……っいた!」


 私の両手首を掴み、地面に縫い付ける大きな手の力が強くなった。

 つい呻き声がもれてしまう。

 こんな事なら、竹蔵に送ってもらえば良かった。でも、私の家まで五分もかからないんだよ。その五分の間に不運にあうなんて……、私だったらあるか。うん、今までだって全然あった。


「あの~。離してくれませんか?」


 無駄だと思いながらも、一応言う。


「痛いんです。あと、あなたがどういう人か知りませんが、こんな状況で誰かが通りかかったら、間違いなく警察に通報されますよ。それに、私の保護者が絶対に許しません。下手したら殺されます。死にたくなかったら、悪いこと言わないから早く逃げた方がいいですよ」


 私ってば優しい。


 でも、事実だもん。警察はともかくとして、シオンが知ったら絶対に許せない。この人、殺されるかもしれない。

 こんなに美形なのに残念だ。まさに人類の宝。殺すには惜しい。


「私の保護者って本当、強いんです。ほんと、半端ないですよ。仲間内でも最強とか言われてるらしいです。普段は優しい人だけど、私が絡むと人が変わるので、一旦暴れだすと私でも止められるかどうか……。それに、私の幼馴染も結構なもんなので……う、ふうぅっ!!?」


 変な声が出てしまった。


 ……でも、だって仕方ないでしょ? キス……、キスされたんだもん。


「ふあっ、何する――、んぅん!」


 一旦、離されたものの、また噛み付くように口付けられた。

 初恋もまだのくせに、実はキスは初めてではない。十五歳の誕生日に、花嫁云々の話を初めて聞かされた後、シオンからされていた。

 実はそれまでにも毎晩、子供の頃からずっと就寝中の私にしていたそうだ。

 やっぱり、あいつはロリコンで、おまけに変態だ! ファーストキスは初恋の人と……と夢見ていたのに、よくも乙女の純情をぉ!!

 その他にも、何度か他の男の人達からのキス未遂事件は起きていたのだけど、詳しい話はまた今度。とりあえず、現在進行中の話だ。


「っん……」


 ああ、嫌だ。涙出そう。こんなキス、シオンにだってされていない。

 寝ている間は知らないけど。これは、大人のキスだ。

 この人、二十代前半ぐらいに見えるけど、もしかしてシオンと同じくロリコン? まだ未成年の私にこんな事、無理やりするなんて淫行罪で捕まるんだからね!


「……っぶはあ!」


 ようやく唇が離された。

 色気のない声が出てしまったけど、新鮮な空気を吸う事が出来て嬉しい。

 初めての大人のキスは全然気持ちよくなかった。

 はたして、どちらのものか分からない唾液を、横を向いて吐き出す。顔に張り付いた分を拭きたいけど、男が未だに手首を地面に縫いつけたままなので出来ない。

 ああ、やだ。気持ち悪い!

 文句をつけてやりたかったけど、怒りのせいで何から言ったらいいのやら分からない。少々、涙目になって恨めしげに男を睨みつけると、ムカつくほど整った顔が思いのほか近くにあって戸惑う。

 何よ? またしてきたら、舌噛んでやるんだからね!!

 でも、すぐに頭から水を浴びたように体中が冷えた。

 男の瞳から嫌悪が消える事が無かったからだ。むしろ、先程より強まっている。圧倒的なまでの負の感情。

 体質のせいで、今までも色々言われたことはあったけど、こんな風に誰かから強く憎まれたのは初めての経験だった。


「……あんた、あんたねえ」


 今すぐにでも罵倒してやりたいのに色々とショックすぎて、すぐにでも声を上げて泣き出してしまいそうだった。

 ――シオン、シオン。助けて、怖いよ。

 私は祈る。

 やっぱり、こんな時に頼りになるのは私の保護者であり、守護者なのだ。

 ついには目尻から涙が零れ落ちてきた私を見下ろしながら、男が薄っすらと口を開いた。


「……見つけた」


 私の瞳を覗き込むように見つめながら、男が言う。

 こんな状況だけど、男は顔に劣らず、その声も美しかった。一声聞けば虜になってしまいそうになる低く甘い声音。

 というか、日本語なんだ。別に驚かないけどね。

 この間会った一見お馬鹿なナイスバディの金髪お姉さん(実は最強の魔女)も日本語喋れたから。詳しい話はまた今度。


「ようやく見つけた」


 悪魔的なまでの魅力を放ちながら、男が日本語でなおも続ける。

 僅かに開かれた口の合間から白い歯が見えた。両方の八重歯が随分長い。もう頭上の空は暗く、雲の合間から見える月を見て、今日は満月だったんだと始めて気づいた。


「ずっと……捜していたぞ。長い年月をかけて……」


 なんだか、シオンと同じようなことを言う顔が、気のせいか変化したように見えた。


「いったい、どれぐらいの時が経っただろう。ついには千年の歳月を越えた時、数えることを止めてしまった……」


 千年って……。じゃあ、この人シオンより年上なの?


 驚いちゃうけど、もっと驚くべき事は、顔が変化したのが気のせいではないという事だ。

 確実に変化している。

 神秘的な瞳は鋭く細くなり、整いすぎていた顔の線が何やら野太くなってきた。

 鼻筋は太く、唇は大きく裂け、耳はとがり、美しい白金の髪がざわりと揺らいだと思うと色味が更に薄くなり、同色の産毛が顔の表面をものすごい勢いで覆っていく。

 手首を掴んでいた手の力がますます強くなったのを感じて横を見ると、長く鋭い爪が地面に食い込んでいた。

 手の甲にも、むき出しの腕にも、ふさふさの毛がまたたくまに覆っていき、皮膚の表面が見えなくなる。

 息を飲んで再び顔を戻すと、もうそこには人間離れした顔を見つけることが出来なかった。

 代わりに、目に飛び込んできたのは、今まで見たことがないほど美しい白銀の毛を持つ大きな狼がいた。


 有り得ない状況にも関わらず、私は小さく息を飲んで心の底から感嘆する。

 だって、こんな美しい動物見たことがない。

 まるで、獣の形に姿を変えた神様のよう。それぐらい神々しいオーラに包まれている。この世のものとは思えないほどの美しさ。

 そして、その獣は鋭い歯を剥き出しにしながら、こう言った。


「ようやく見つけた。娘よ。覚悟しろ。これから俺は」


 長い鼻を動かし、とんっと私の胸をつつく。



「お前のここ。胸を裂き、心臓を喰らう」



 その顔は、動物にも関わらず笑ったように見えた。


 いや、こいつは笑っている。

 狂喜狂乱している。青緑の瞳が喜び輝いている。

 そりゃ、そうよね。

 何しろ、千年以上私を捜していたようだから。随分、溜まっている事でしょう。シオンとは別なものが。



 十六歳の誕生日まで残り、六日。



 どうやら、それを待たずして私は死ぬらしい。




 ……ああ、やっぱり私って運が悪い。




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