3.
一瞬、アルカは頭の中が真っ白になった。
まさか。まさかだった。ニールゲンに帰れない。予想しなかった事態に、思考が停止した。
「なぜ……でしょう?」
アデカ王の目線が後ろに流れた。
そこには影のように控えるティルギスの参謀、イーダッドの姿がある。
どうやらアルカがティルギスに帰されるのは、アデカ王の意志でなく、養父の指示によるものらしい。
アルカはますます困惑した。イーダッドはニールゲンに帰ることを許可したのだ。今さら言葉をひるがえす意図がわからない。
「当然と思いますが」
「でも」
「でも?」
冷たく返され、アルカは二の句が喉で止まった。
あなたがニールゲンに帰れるといったのに、などという甘っちょろい反論をしようものなら、絶対に鼻で笑われる。
「今のティルギスの情勢を考えれば、アルカ様を陛下のもとへ嫁がせるのは難しい。ティルギスに帰ってきていただくのが無難でしょう」
「情勢――」
ようやく反対される根拠が明らかになって、アルカは納得したが、同時に自分を恥じた。
自分はティルギスの王女なのだ。行動にはさまざまなしがらみがくっついてくるのは必定。
それをすっかり忘れ、恋に浮かれて、ニールゲンに帰ると勝手に決めていたのが恥ずかしかった。イーダッドのどこまでも冷静な視線が痛い。
「先ほどシグラッド陛下がご心配なさっていたように、今現在、ティルギス国内は少々揺れております。
ニールゲンとの同盟に反対する者がいるせいです。同盟を一番推し進めていたのは私でした。私が不在の間に、同盟維持の旗色が悪くなったというわけです」
「この間は、ニールゲンとティルギスの国境付近を警備していた部族が、ニールゲンの亡命者を見逃すようなまねをしてな。
ニールゲンとの同盟を納得して、我々の仲間になってくれたのだと思っていたのに。残念なことだった」
アデカ王は肩を落とす。他にも、交易路でニールゲンの商隊が盗賊に襲われているのを見過ごしかけただの、やってきたニールゲンの使者に対して失礼を働いたりと、こまごましたことがあったらしい。
「ことあるごとに、ニールゲンは我々の友人だと言って聞かせるのだが。皆、二言目にはわしのことが心配だといって、聞かないのだ。――わしがニールゲンの王に騙されているなどといって」
本人を前にして、アデカ王はいいにくそうにしたが、シグラッドは笑っただけだった。
「お気になさらず。私も、私の評判はよく分かっていますよ」
「年若い王は、とかく舐められやすい。恐怖でもって睨みを効かせなければ、国が治まらないし、守れない。皆、どうしてあなたの苦労を察しないのか」
アデカ王の同情を、シグラッドは受け取りも拒みもしなかった。
「イーダッド、おまえもそう思うだろう?」
「我が主に同意いたしますよ。二割だけ」
「まったくおまえは。自分の育てた娘がムコ殿にとられるからといって。そんな意地の悪い見方をして」
「あなたの頭は相変わらずお花畑だ」
というわけで、とイーダッドは身を乗り出した。
「シグルド様はシグラッド陛下のご子息であらせられますので、陛下がファブロ城に連れ帰られることに異存はございませんが、アルカ様はなりません。
簡単にお譲りしてしまったのでは、皆が、またアデカ王が騙されていると不安になる。いったん、ティルギスに連れ帰ります」
「おじさま!」
思わず声を出したアルカは、冷たくにらまれ、うっと黙りこんだ。
イーダッドのいうことはわかったが。わかったが、腑に落ちない。昨日、イーダッドはニールゲンに帰ることを許可してくれたのだ。あれはなんだったのか。
ただぬか喜びさせたかっただけなら、あまりにひどい。シグラッドにも無責任なことを言ってしまったと、アルカはしょぼくれた。
「あー、アルカ」
ごほん、とアデカ王が咳払いをした。
そわそわしているひ孫を、アルカに渡す。
「大人の席では、子供は退屈なだけだ。すこし外で遊ばせてきてやってはどうだ?」
「ここには珍しい動物も飼われているから、見せてやれ」
勧めてくるシグラッドの表情は、アルカとちがって、沈んでいなかった。むしろきらきらと、挑戦的に光っている。
「こうなることは予想済みだ。後は任せろ」
「へ?」
「ハルミットのやつ、さすがだな。アルカをエサに、さっそく私から何かむしり取るつもりだぞ」
アルカはぽかんとした。涼しい顔の養父を見やる。
「むしり取るとは人聞きの悪い。ただ、陛下にアルカ殿下をお預けすることに、慎重なだけですよ」
「ほお。そこまで信頼がないとは。私は数々ティルギスに便宜を図ってきたつもりだが」
「存じておりますとも。ですが、ことアルカ様のことになると、陛下は強硬な手段を用いることもおありですから。
アルカ様がレギン様の妃であったときに、正式な手続きもないままご自分の妃になされたり」
アルカはげっと、汚い声をあげそうになった。
イーダッドは、シグラッドがアルカに乱暴を働いたことを責めているのだ。
「イ、イーダッドおじ様、もう、終わったことですし」
「そういう問題ではございません。国のメンツの問題です。
アルカ様の御身は、国の大事な財産。勝手なことをされては困る」
おまえは黙ってろ、とばかりにびしりと言い返され、アルカは口をつぐんだ。
黒い瞳がひたと皇帝を見据える。
「ティルギスでは、女の名誉は男と同等に大事にされておりましてね。
なにせ彼女らは、子を育てていないときは戦士にもなりますし、我々男どもが留守のときは政もいたしますので。
名誉を汚した男は、ニールゲンでは考えられないほど厳格に処罰されます。女が訴えれば、極刑に処されることだってある。
夫や家族――それから、その女に忠誠を誓っている部下が、相手に斬りかかったとしても、それは当然のこと」
アルカはもう、生きた心地がしなかった。
イーダッドは表面上おだやかだが、目が、目が全く笑っていない。
「アルカ、外、行ってなさい」
「イーダッド様、ヘーカとの一騎打ちがお望みなんスよ」
キールとバルクは、アルカとシグルドを外に追い立てる。
「娘をタダではやらん、ってところかしら」
「娘が許していても、俺は許さん、みたいな」
「手やわかにな、イーダッド」
イーダッドとシグラッド、二人にはさまれているアデカ王が、孫そっくりのしぐさで肩をちぢめていた。
******
シグラッドとイーダッドの交渉は長引いた。一日で終わらないどころか、半月も尾を引いた。イーダッドが短気なシグラッドの性格を見抜いているからだ。
相手をじらせ、少しでも心をかき乱す。簡単には本題に入らせず、貿易商の仕事を優先したり、皇帝の好奇心をそそる話題を持ち出しては、たくみに話をそらしたりした。
「ごめんね、シグ。シグだってお仕事あるのに……」
ハルミット家でイーダッドの帰りを待ちかまえるシグラッドに、アルカは恐縮した。
「早く王都に帰らないといけないよね」
「いやべつに。ゼンゼン。全く。都への帰りが遅くなって困るのは、私じゃないから」
困るのは、留守番をしているレギンである。
シグラッドは居間にねそべって、昼寝中の息子をながめてのんびりしていた。
「王座を奪還してから、休息する意味が分からなくて、働いてばっかりいたが。こうやってのんびりするのもいいものだな」
「そんなに働いてばかりいたの?」
「私はそう思わないんだが。部屋に帰らないで、執務室で寝ていたら、レギンに自室へ強制送還された。だれがいるわけでもないから、帰ったって意味がないだろうに」
あまりの仕事中毒ぶりに、アルカは本人に代わって悲鳴を上げた。来賓との会食の予定がなければ、食事もおなざりだったというから、身体を壊しそうだ。良くも悪くも、シグラッドは決めたことに一途だった。
「今思うと、妻や恋人との約束のために仕事を休もうとした奴に、意味が分からないといって仕事を山ほど押しつけたのはやりすぎだったな。やっぱり妻や恋人は大事にしないと」
パートナーと再会して心の余裕が生まれたシグラッドは、アルカの膝で甘えた。八つ当たりもいいところだった。
「私も、イーダッドおじ様の説得に協力できるといいんだけど……。すぐ論破されるのが簡単に予想ついちゃって。ごめん」
「いいから。私に謝ったり、自分で頑張ったりするよりは、応援してくれ」
シグラッドが少し身を起こし、迫ってきた。意味するところは一つである。せがまれるままキスをする。おかわりにも応じた。
「あとはニールゲンに帰ったらでいい?」
アルカはこんな最中にシグルドが起きたら恥ずかしいという一心だったが、シグラッドにとってはもう少し深い意味になった。
「今までで一番やる気の出る励ましだ」
シグラッドは意気揚々と立ちあがった。イーダッドが帰ってきていた。
「私相手にここまで粘るなんて、おまえは本当におもしろいやつだなあ、ハルミット」
「『首切り皇帝』『壊滅灰塵』『ファブロ城の獄吏』と噂されるあなた様に?」
イーダッドはわざわざ本人の喜ばない二つ名をあげる。
「そう。近頃は私を恐れてだれもかれもかしこまっているからなあ。退屈していたんだ。お前と話せて楽しいぞ」
「……さようで」
嫌がらせも挑発も効果がないので、イーダッドはつまらなさそうだった。
ハルミット家に堂々通う口実ができ、シグラッドが活き活きしているので、よけいにだ。
「この調子だと、お父さん、そろそろあきらめるかもね」
酒を準備しながら、キールがアルカにいった。
「あの人にとって、陛下は分の悪い相手だわ。陛下はあの人にないものをお持ちだもの」
「父さんにないもの?」
「運」
アルカはあんまりだと思ったが、シグラッドはニールゲンの皇子として生まれ、イーダッドは忌むべき黒竜の子として生まれ、出発点からして差があるのは事実だ。
「アルカ。こっちとこっちだったら、陛下、どちらのお酒がお好きかしら?」
「シグなら右だと思うけど。父さんは嫌いだと思うよ」
「出せばなんでも飲むわよ」
キールはふふっと意地悪く笑った。
「食事を作っても、何も感想を言ってくれない夫より、褒めてくれて、ねぎらってくれて、感謝してくれる超イケメンな義理の息子を応援したくなるのは、世の妻にとって当たり前の心理よね」
キールは客人の酒杯を縁までいっぱいに満たした。
「がんばってくださいね、陛下」
「ありがとう。アルカとシグルドはいるし、キールの食事はうまいし。もういっそ都に帰るのはやめて、ここに住みたいくらいだ」
「私も陛下に一生お食事をお作りたいくらい」
二人は息ぴったりに、互いの手のひらを叩きあった。
長期戦になっても、シグラッドはまったく堪えないだろう。
「なんだ。イーダッドのやつ、まだ赤竜で遊んでいるのか」
居間をのぞいて、オーレックが厚ぼったい唇をとがらせる。
「仕方ない。今日も夕食は外で食べてくるか」
「待って、オーレック。私とシグルドと、別の部屋で食事にしよ」
「気を使わなくていいんだぞ」
「シグと父さん、食事しながら話すみたいだから。難しい話を聞きながら食べるよりは、ね。シグルドも気楽だし」
アルカは居間と遠くはなれた、二階に食事の席をもうけた。二階はバルコニーがあり、遠くまでながめられ、開放的だ。風に乗って、どこからか花が香ってくる。
「オーレック、ここのところずっと見なかったけど、どうしていたの?」
「船の修理を手伝っていたんだよ。後はアデカ王をおもてなししていた」
「おじいさまと会ってたの?」
「背にのせて一っ飛びしてやった。危ないこともしてやったんだが、全然動じないで、子供みたいに喜んでいてな。かわいいな」
御年六十近いアデカ王も、長寿な黒竜様の前では形無しだった。
「もう少し早く知り合っていたら、なあ……。一緒に遊んだのに」
「遊ぶ……」
アルカはオーレックのセリフを反復する。
この場合の遊ぶは、子供同士のような遊びを指しているわけではないだろう。
「好き嫌いは少なくてな。結構なんでもいけるクチなんだ」
「そ、そう」
どの料理もまんべんなく食べるオーレックに、アルカはそれが料理のことなのか、遊び相手についてなのか、聞くことができなかった。
「アルカは、そろそろ都にもどる準備はしているのか?」
「まさか。イーダッドおじ様とシグの話が終わってもないのに」
「しておけばいいのに。結論は決まっているんだから」
オーレックは肉をかじり、酒をあおる。いつもよりペースが速い。
「アデカ王と会って思ったが、アルカはやっぱりアデカ王の孫だな。笑った顔が似てた。ところどころ、雰囲気も似てたし」
「そう?」
「似てた似てた。やっぱり血がつながっているんだなあ。
おまえが私の血なんか引いていないってよくわかって、まあ、よかったよ」
アルカはじわりと、目に涙がこみあげた。
わかっていたことだ。
しかし、知り合ってからずっと、自分がオーレックの血縁であればいい、いや、オーレックの血縁であろうと思いつづけてきた身としては、なんのつながりもないと証明されるとつらい。
「アルカは、私の孫を見たことがあるんだよな?」
「あるよ。ティルギスにいたころは、一緒によく遊んだから、よく知ってる。……思いだしてみると、オーレックに似てたかも」
親友の大きな目や厚ぼったい唇を思い浮かべる。今思うと、頭も運動神経がよかったのも、竜の血のなせるわざだったのかもしれない。
「そうか、それは会いに行くのが楽しみだな」
オーレックはうれしそうに頭をかいた。
アルカはなんだか複雑な気分だった。そっとオーレックに抱き着く。
「おいおい、どうしたんだい、アルカ。急に」
「私、わがままだね。
自分がアデカ王の孫だって知ったとき、安心したの。私はだれのこともだましていなかったし、もうだれのこともだまさずに済むんだって。
でもね、今、イーズがうらやましい。オーレックの本当の孫なんだもの。私がオーレックを一番喜ばせたかったのに」
子供のようにぎゅうと抱きつくと、抱きしめ返された。
見れば、オーレックも泣きそうだ。口を引き結んで、涙をこらえている。
「ああ、もう。せっかくけじめをつけようと思ったのに。そんなこといわれたら、つけられないじゃないか」
オーレックは手に持っていた骨付き肉をはなしたかと思うと、アルカの腕をつかんだ。肩に、腕に、首に、かぶりついてくる。
「オ、オーレック!?」
「今も変わらず、食べてしまいたいくらいかわいく思っているんだよ」
音を立てて、オーレックがキスの雨を降らせてくる。
アルカはおどろきに涙を忘れ、安心して笑った。
「私がお城に帰っても、会いに来てくれる?」
「もちろん行くさ。あたりまえだよ。でも、赤竜のやつが嫌がるんじゃないか?」
「頼みこんで許してもらうから。来てね」
返事の代わりに、耳をかまれた。アルカは身をよじる。
「くすぐったいよ」
「ふふ、逃がさないよ。本当は赤竜になんかやりたくないんだ。今だって、あれがおまえを傷つけないか心配なんだから」
「今度は大丈夫だよ」
「おまえたちが別れた一番の原因を思うと、不安だよ。おまえはだれにでも優しいから。赤竜のやることなすことに、きっと心を痛めつけられる」
二人がじゃれていると、シグラッドが顔を出した。
黒竜とアルカが近すぎる距離にいるので、柳眉をひそめる。
「今日の話し合いは、もうおしまいなの? シグ」
「イーダッドがアデカ王に呼ばれたから、中断。――それ、どうしたんだ?」
シグラッドは、アルカの首元の噛み傷を気にした。竜の甘噛みは、加減していても痕を残していた。
「大丈夫。オーレックとふざけてて。ついちゃっただけ」
「ふざけて?」
「おまえは食べてしまいたいくらいかわいいなあ、という話をしていたのさ」
ぺろり、と舌が唇をなめる。
オーレックの真っ赤な舌は煽情的で、ぬれた唇はなまめかしい。
「……。アルカ、ちょっと」
「何?」
腕をひかれ、アルカは廊下に出た。
真正面から向き合ったシグラッドは、いやに真剣な表情だった。
「どうしたの?」
「黒竜とはかかわるのは、もうおしまいにしてくれ」
アルカはきょとんとした。
「どうしたの、急に」
「こんなこと、アルカに聞かせるのは嫌なんだが――」
シグラッドは眉間を押さえた。悩みに悩んだ末に、結局、いいたかったことを飲みこむ。
「とにかく。黒竜は、アルカが思っているようなやつじゃないんだ。かかわると危ない。これ以上はダメだ。絶対だめ」
「それは、ニールゲンの皇帝としていっているの? シグ個人として?」
「両方」
シグラッドはアルカの両肩をつかんだ。
「心配なんだ。アルカは何も知らないから」
「知ってるよ。オーレックは暴れん坊で、たまに悪いことするのも知ってる。
でも、いい人だよ。やさしいよ。さみしがり屋で、情にもろくて、困っている人を放っておけない人。知らないのは、シグの方だよ」
アルカは自然と語気が強くなった。必死に抗弁する。
「私は都にもどっても、オーレックと会いたいし、話したいよ。シグもオーレックのこと、もっとよく知ってよ。シグが思ってるほど危ない人なんかじゃないよ」
「アルカは黒竜にだまされているんだ」
シグラッドのいいようは、無知な子供をあやす親に似たものだった。どんな説得も通じないとわかると、アルカの腕を引いた。
「はなして」
「アルカは何もわかってない。もうこれ以上は一緒にしておけない」
「はなして。嫌。――痛っ」
悲鳴を上げると、手がはなれた。アルカはすぐに一歩はなれ、シグラッドを強く見返した。
が、むこうもゆずらない。途方に暮れた顔で、今度は肩に手をのばしてくる。
「アルカ、黒竜は――」
「触らないで!」
シグラッドはそれ以上近づいてこなかったが、アルカは警戒心をあらわにした。相手をにらみつける。
「オーレックのこと、悪くいわないで。ニールゲンにとって区別される人でも、シグにとって気が合わない人でも、私にとっては大事な人なの」
いいながら、アルカは昔のことを思い出した。
離婚が成立する前、シグラッドと喧嘩していた時のことだ。
いいあいの原因はブレーデンだった。危険な芽だからとブレーデンを見殺しにしようとするシグラッドと、シグラッドを慕うブレーデンを助けようとする自分と。
今と同じように意見が平行線で、お互い妥協できなかった。
口の中に苦いものがひろがる。
「シグのバカ! 大嫌い!」
アルカはきびすを返し、オーレックのいる部屋にもどった。乱暴に扉を閉める音に、オーレックがおどろいて顔をあげた。シグルドも、母親の普段にない様子に、目をぱちくりさせている。
「おいおい、どうした、アルカ。何があった」
「……なんでもない」
アルカは座って、骨付き肉にかぶりついた。
なんでもないというには目が潤んでいる。
「どうした? 赤竜になにかひどいこといわれたのか? 私が骨の一本でも折ってこようか?」
「ちがうの。……シグが悪いんじゃない」
アルカはまた歯をくいしばる。
シグルドの小さな手が、膝にのった。シグラッドそっくりの明るい黄褐色の瞳に、心配そうにのぞきこまれると、胸が締めつけられた。嗚咽をのみこみ、息子を強く抱きしめる。
好きなのだ。でも、好きなだけでは解決できないことがある。
「アルカ、いるか?」
ノックはイーダッドだった。
入ってきて、食卓にあった酒を一杯飲み干すと、厳かに命じる。
「アルカ、アデカ王からニールゲン行の命令が下った。シグルドとともに、ニールゲンにもどれ」
 




