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黒き竜は空を舞い  作者: サモト
黒き竜は空を舞い
13/44

12.

 暗い中に、赤橙色の炎が燃えていた。ランタンの透明なガラス越しに、ほのかに伝わる熱を感じとって、イーズは自分が生きていることに気が付いた。


「起きたネ。気分は?」


 枕元に、バルクが膝を浮かせて座っていた。イーズは宙に手を伸ばし、握ったり開いたりした。全身はどこもイーズの意志に従って動いた。てっきりあのまま殺されるだろうと思っていたイーズにとって、それは驚愕のことだった。


「生きてる?」


 闇に目が慣れてくると、イーズは自分がどこにいるか分かった。オーレックのいた地下室だ。宝はなくなり、今はがらんどうとなっている。ぺちゃんこの毛皮の上に、火鼠の毛で作られた白銀の外套をかぶせて、イーズは寝かされていた。


「なんで」

「オーレック様が帰ってくるまで、ここにいてもらうヨ。ティルギスの皆には、足の治療ため、タタールのおっちゃんと城を出たって伝えとく」


 バルクはイーズの頭をかるくなでると、立ち上がった。イーズも追おうとしたが、緑竜が立ちはだかった。イーズを見張るように、どっしりと腰を下ろす。


「水と食料は後で届けるカラ。おとなしくネ」

「バルク!」


 地下の扉は無情に閉じられる。イーズは緑竜を乗り越え、扉にすがりつくが、開かない。痛みをおぼえ、足元を見ると、小さな緑竜が何匹もいた。ぎゃっ、ぎゃっ、と甲高い声を上げ、イーズに体当たりしたり、飛びついたり、じゃれついたりしてくる。


「……増えたの?」


 ゲ、と番人が鳴いた。逃げようとすると、遊んでくれるとでも思っているのか、子竜たちはしつこく追いかけてきた。地下道から逃げることもできない。イーズは緑竜たちにかこまれ、途方に暮れた。


 ティルギスとアスラインの協定に関する文書は、取り上げられていた。イーズはふたたび床に座りこむ。腰の短剣の先が床にあたった。タタールが貸してくれたものだ。気絶する前の光景が頭によみがえり、イーズは頭をふった。


「変なの……。どうして私は」


 イーズは形見となってしまった短剣をなでた。タタールは死に、自分は生きている。釈然としなかった。ダルダロスに、もうイーズを生かしておく理由はないはずだった。


「私を殺すのは、オーレックが……お母さんが嫌がるからなのかな」


 お母さん、という言葉に、イーズは笑いが漏れた。オーレックの息子、ダルダロス。生きていてよかったねと、オーレックを祝福をしたい気持ちと、災いがあらわれたと恨む気持ちとが、まぜこぜになって、複雑な思いだった。


 イーズは毛皮の上に寝転がり、じっと暗闇を見つめた。することがない。できることも、ない。気だけが焦る。


「だれか。来てよ。お願いだから」


 そばにおかれていた銀の仮面をひろい、イーズは願った。ダルダロスのたくらみを止めたい。だれかにすべてを話して、助けを求めたい。


「シャール、レギン……シグ」


 別れて間もない相手の名をつぶやいて、イーズはうなだれた。こちらが頼みに頼んで別れた相手に、どんな顔をして会いにいけるというのか。二度と姿を現すなともいわれているのだ。のこのこ顔を出せるわけもない。


「どうしたらいいんだろう。どうやったらいいんだろう」


 イーズは無意識に床を探ったが、目当ての杖は手元になかった。西の棟に忍び込む際、小屋においてきたことを思い出す。


 シャムロックが、二人がもどってこないことを不審に思って、だれかに知らせてくれればいいが、周到なダルダロスのことだ、イーズとタタールがいなくなったことを隠すために、シャムロックに危害を加えていないとも限らない。イーズは毛皮に突っ伏した。


 水と食料、ランタンの燃料など、生活に必要なものは、書庫の司書が届けに来た。地下に幽閉されたオーレックと交流のあった司書は、黒竜の息子、ダルダロスのことも知っていた。


「とても聡いお子様でしてね。齢七歳にして書庫の本をすべて読み切り、中身を暗唱できるほどでした。弁舌鋭く、一度口を開けば大人をも黙らせることができましたが、目立つことはしませんでしたね。ご自分のお立場を心得ていらしたからでしょう」


 司書も時間を持て余しているらしい、冷たい果実水をふるまいながら、昔話をしてくれた。


「毎日書庫に来ては、一人で本を読んでね。足が不自由なので、それ以外にすることがないと周りにはいっていましたが、本当は、ご存じでしょう? 書庫の床にある、小さな換気口。あそこから、地下にいるお母上のオーレック様と話すために来ていたんですよ。

 人目をはばかりながら、床に顔を押し付けて、必死に会話するんです。自分の食べる分を削って、お母上に食べ物や飲み物を差し入れて。

 そんな姿を見ていたら、どうにも不憫で不憫で仕方なくなって。――ここにいても未来はない。死んだふりをして逃げなさいと、私がそそのかしたんです」


 そういった時、ダルダロスは歩けるようになっていた。司書はダルダロスに、死んだように装わせると、東方から来ていた商隊に金を握らせ、彼を国外へ連れ出すよう頼んだ。ダルダロスの白い肌に黒い髪という身体的特徴は、同じ特徴を持つ東方の商隊にうまくまぎれ、彼は無事に逃げおおせたのだ。


「竜姫様には戦場で助けられたご恩がございました。私は恩返しのつもりでした」

「でも、そうして逃げた彼は今、もどってきて、ニールゲンに害をなそうとしている」


 イーズの言葉に、司書は顔のしわを深くした。


「アルカ様、あなた様がレギン様を助けたこと、私はまちがっていたとは思いませんよ」

「なぜです?」

「未来に何が起こるかなんて、分からないでしょう? ひょっとしたら、助けて起こった悪い事より、助けたことで、もっと先の未来にはいいことが起こるかもしれない」

「……」

「まあ、詭弁ですけどね」


 司書は笑って、空のカップを袋へ片付けた。何か欲しいものはないか聞かれて、イーズは首を横にふったが、代わりに頼みごとをした。


「もっと先の未来にいいことが起こるよう、私をここから逃がしてくれませんか?」

「申し訳ございませんが。あなた様がダルダロス様と争われたら、竜姫様が悲しまれますから」


 イーズは司書が地下室から出ていくときを、脱出のタイミングと狙ったが、警戒していたのはむこうも同じだった。がっちり緑竜にイーズを抑えこませてから、今しばらくお待ちを、と出て行った。


 なすすべもなく、日は無為に過ぎた。暗い地下室の中で、イーズはなんとか緑竜を撒こうと、自分の食事をエサにしてみたり、遊び道具を自作して注意をそらしたりと努力してみたが、どれも失敗だった。なにせ子竜は五匹もいる。一匹は必ずついてくる上、親竜はしっかりとイーズを見張っていた。


「にぎやかだから、退屈はしないけど」


 小さな緑竜たちは、イーズの周りでかしましくはしゃぐ。イーズが逃走のためにしていることを、給餌や遊びと勘違いしており、子竜たちはすっかりイーズになついていた。


「――?」


 緑竜たちの騒ぎ声ではない音を、イーズは拾った。この部屋ではない。暗くぽっかりと空いた、地下道への入り口からだ。


「だれかいるの?」


 イーズは問いかけ、あながち自分の予感が外れていないことを知った。子竜たちが鋭敏な嗅覚でけはいを感じ取り、暗闇に瞳をかがやかせている。


「だれかいますか!?」


 イーズは叫んだ。ドサ、と何かをおく音がした気がした。バルクか司書かと一瞬考えたが、いつまでたっても反応しないのは奇妙だ。


 子竜が一匹、好奇心に負けて飛び出していったのをよいことに、イーズは通路へ入った。暗くて先は見えない。ただ、かすかに松脂の燃える匂いがした。だれかが松明を持って通路にいるのだ。


 さらに音を拾おうと、イーズは耳を澄ませた。ところが、それ以上の音は、別の音にかき消された。突然、ガン、と激しい金属音が地下室に響き渡ったのだ。


 イーズは飛び上がって、地下室の扉をふり返った。ガンガンと容赦なく扉を打つ音がする。錠の部分が外からの衝撃で揺れていた。どうやらだれかが鍵を壊し、外から開けようとしているようだった。


「な、何? だれが来たの?」


 ひときわ大きな衝撃音とともに、鍵は壊れた。イーズは助けが来たかもしれないと希望を持ち、緑竜たちはやってくるであろう侵入者たちにたいして身構えた。


「――うム!?」


 真っ先に跳びかかった子竜たちは、剛腕にはね飛ばされた。


 入ってきたのは、ゼレイアだ。肩に斧を担ぎ、跳びかかってくる子竜たちを次々に投げる。


「なんだこのチビは。繁殖したのか」

「そのようですな」


 つづいて入ってきたのはシグラッド。二人とも、とびかかってくる子竜をぽいぽい投げる。来訪者の正体を知ると、助けを待ち望んでいたイーズは一転、焦った。緑竜の影に隠れる。


「ふん、やっぱり。すっからかんだ。ティルギスがあれだけの金をどこから調達したか不思議だったが、黒竜だったんだな」


 取りこぼされていた銀貨を、シグラッドは蹴った。だんだん近づいてくる。イーズは火鼠の外套を羽織り、銀色の仮面をかぶった。こっそり奥へと逃げようとする。


「これはこれは。とんでもない宝が残っていたものだ」

「――っ!」


 外套の端をふまれ、イーズは悲鳴を声を飲み込んだ。シグラッドの口角が愉しげに上がる。長年の仇敵を見つけたといわんばかりに。


「見ろ、ゼレイア。おもしろいものがあったぞ」

「なんと……まあ。こんなところに」

「枷を持ってこい。捕獲しておくぞ」


 シグラッドに跳びかかった緑竜は、蹴飛ばされた。イーズの両腕に手枷がはまる。無茶苦茶に暴れて逃げようとするが、むだだ。勝負にならない。引きずるようにして外に連れ出された。


「ふうん、結構小柄だな」

「銀竜様は老人だったり若者だったり子供だったり、姿を自在に変えて現れるそうですから。あてになりませんよ」

「暴れるくらいなら、姿を変えて逃げて見せたらどうだ? 銀竜様」


 シグラッドは手枷の鎖を引き寄せて、意地悪くいった。ゼレイアがおずおずと口を挟む。


「陛下、銀竜様は尊い生き物ですから、あまり乱暴な扱いは」

「罰があたるって? あるわけないだろう。ただ珍しいだけじゃないか、こんなもの」

「丁重におもてなしすれば、何かよいことがあるかもしれません」

「バカいえ、何ができるっていうんだ。おい、何かやってみせろ」


 乱暴に鎖を引っ張られ、イーズはうめいた。


「女みたいな悲鳴だな。いったいどんな面相してる」


 仮面に手をかけられ、イーズは激しく抵抗した。が、力でかなうはずもない。素顔が白日の下にさらされる。


「これは……」


 全員が呆気にとられた。この事態にどう説明をつけていいのか分からず、動きを止める。


 自分がアルカだと知られるわけにはいかない。イーズは息を吸うと、腹をくくった。賭けに出る。


「いかがですか? 何かとおっしゃるから、よくご存じの顔に変化してみましたけれど」


 歩けなかったアルカとは別人であることを印象付けるため、イーズはかろやかに回ってみせた。途端、シグラッドの面相が凶悪になる。


「消え失せろ」


 あまりの怖さに、イーズは脊髄反射で回れ右をした。だが、数歩も行かないうちに、外套の端を踏まれてずっこける。剣が頭上で禍々しく光っていた。


「つくづく私の臓腑をえぐるようなマネをしてくれるな、銀竜。もう許さない。この場で叩き斬ってやる」

「ま――待って! あなたに伝えたいことが!」

「うるさい黙れしゃべるな。耳障りだ。声まで似せて。余計に腹が立つ」

「お願い、話を聞いて! 私はあなたの敵じゃない!」


 イーズは剣を持っている方の腕にしがみつき、シグラッドを見つめた。


「お願い……斬らないで」


 イーズが青ざめ震えながら懇願すると、シグラッドの動きが止まった。掲げた剣は下ろさないものの、そのまま固まる。主君の剣幕に手を出しかねていたゼレイア以下部下たちが、一斉に主君をなだめにかかった。


「お気持ちは分かりますが、陛下、ここはどうか抑えられて。銀竜様を殺めたとなれば、後世まで残る悪行となりましょう」

「陛下をお慰めしようと、きっとそのお姿を選ばれたのですよ。どうか王として寛大なお心をお示しになってくださいませ」

「森羅万象、過去も未来も見通すといわれる銀竜様。もし味方していただければ、これ以上頼もしいお方はいらっしゃいませんし」


 必死の説得は、シグラッドの心を動かしたようだった。シグラッドがおもむろに口を開く。


「……おい。他に何ができる」

「は、はひ?」

「他に何ができると聞いている。私に利益をもたらせるのなら、生かしておいてやらないこともない」


 シグラッドの眼光は鈍く、殺気もうすれている。イーズは何度も首を縦にふった。


「で……できます! やります! あなたに役立つことします!」

「なら生かしておいてやる」


 剣が鞘に納まったので、イーズはほおっと息を吐いた。突然のことにとまどっていたが、この成り行きは悪くなかった。銀竜としてシグラッドたちと組み、ダルダロスに対抗することができる。イーズはシグラッドに乱暴に鎖を引かれても、全く抵抗しなかった。それどころか、進んで従った。


「どうぞしっかり捕獲していてください」


 嬉々としてついてくる仇敵に、シグラッドは珍妙なものを見るようなまなざしをむけた。


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