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幼怪シリーズ  作者: カナ
6/6

雪女の家出先

「家出してやる!」

そう叫んだ時の私は多少、否、大分理性をなくしていただろう。

雪女である私が常に冷房をガンガンにきかせてくれる保護者の元をしかも夏場のこの季節に去るなど自殺行為でしかない。

しかも、飛び出したのが家に転がり込んだ当初から変な気配を感じていた隣の部屋だなんて本当にありえない。

「え、え、えっと、どちらさまです……?」

目を丸くしてこちらを見ながら一歩二歩と後ずさりしていく座敷童を見てようやく正気に戻った私は、そこでようやく公開するも時間が戻るわけもなく。

「い、家出してきたのよ……」

説明にもならないその言葉を絞り出すだけで精いっぱいだった。


「へー、つまりセツちゃんは隣の家に居候しててそこの家主さんと今喧嘩中で飛び出してきたんだー」

目の前でニコニコしながらそう言う、私の現状説明を受け入れてついでに私を信頼したらしい座敷童の様子を伺う。

確かに私は嘘などついてないし騙すつもりも無いのだが、ここまで素直に話を信じられてしまうとそれでいいのかと呆れてしまう。座敷童には何か相手の嘘を見抜く能力でもあるのか、それとも能天気な種族なのか、はたまた個人的な性格の関係か。

「私喧嘩とかしたことないなー、セツちゃんは何で喧嘩したの?」

私の気持ちなど気づく様子もなく相変わらずニコニコしながら彼女はそう尋ねてくる。

「何でって……その、こ、子ども扱いされて……」

そう、元々私は毎日お世話になっているのだから少しは役に立とうと思って何か手伝うことは無いかと聞いたのだ。

それに対する彰吾の答えはあろうことか

「特に困ってることとかないし大丈夫ですよ、それにセツには危ないものが多いから。気持ちだけ有りがたく受け取っておきますよ」

にっこりとそれはもう小さい子を諭すように柔らかい声色でゆっくりとそう言われた私はさすがにカチンときたわけだ。

「酷いと思わない!? 仮にも名づけの終わった、雪女の私を捕まえてあんな子ども扱い! 私がその気になればこの町ごと異常気象の寒波に襲わせるってことも出来るのに、危ないものって! 大体人間が作ったものが私たちに一体どんな脅威をもたらすっていうのよ、ねぇ!」

思い出したらさらに腹が立ってきてまくし立てるようにそう言うと座敷童は少し視線を逸らしてわざとらしく大きな声を出す。

「あっ、そ、そういえばセツちゃんってなんでお隣さんの家に来たの? ふつう雪女って山で集団で暮らしてるって聞いたことがあるんだけど」

「あぁ、よく知ってるわね。私は、その……どうしても気になることがあって群れを抜け出して山から下りてきたのよ」

流石にかき氷がどうしても食べたかったから後先考えずに山から下りてきましたとは答えられずに適当にはぐらかしてみる。

「どうしても気になること……? すごい、セツちゃんって行動力あるんだね!」

「まぁ、行動力なかったら家出なんかしてないからね」

これ以上この話に食いつかれたら私の若干恥ずかしい過去が暴かれてしまうと、話を戻そうとしたとき玄関の方から音が聞こえてきた。

「あ、帰ってきたみたいね。そろそろお暇しないと……え」

「ちーちゃんお帰りなさい!」

姿を見られるのはまずいだろうとその場を立ち去ろうとする私の目の前で座敷童はあろうことか自分から家主の目の前に姿を現してしかもニコニコとお出迎えを始める。

雪女は見習いの時期に人間に見つかったらしこたま怒られるんだが、座敷童はそうではないのだろうか。いやでも座敷童の性質を考えると一人前でも人間に姿を認識されるのはやばいんじゃないのか。

一人でグルグルと考えていると玄関からの声が聞こえてくる。

「しーちゃんただいま! 可愛いお出迎えありがとう!」

完璧に存在を認識されてる上に呼び名までつけられてる……。

「もー、折角の夏休みなのに登校日とかないわー。今日も可愛いしーちゃんと一日ずっと一緒に居れるはずだったのになー、いやしーちゃんが昨日登校日のプリントを見つけてくれたおかげで欠席憑かなかったから有りがたいんだけ、ど……。あれ、しーちゃんのお友達?」

呆然としていたらとっさに姿を隠すことも忘れてしまっていた。

気付いたら玄関へと向かっていった座敷童を抱き上げた制服の女の子が首をかしげてこっちを見ていた。

「あ、えっと、私は……」

「あのね、お隣さんの家に居候してる雪女のセツちゃんだよ」

適当にごまかして立ち去ろうと思っていたらものの見事に座敷童が全てを話してくれた。

「お隣さんの家に、雪女?」

一体どうしてうかつにも隣の家へと家出してしまったのか、数十分前の自分の行動を呪わずにはいられなかった。



あれから何度もお暇しようとする度に二人になんやかんやと阻まれて。

結局家に帰ったのは家出を決行してから3時間が経とうという頃だった。

「た、ただいま……」

少々気まずいながらも他に行く当てもないためソロソロと帰ってきたのだが、家の中には誰もおらず。ただエアコンの作動音が鈍く響いているだけだった。

「あれ、彰吾今日は一日お休みって言ってたんだけどな……」

急に仕事が入ったりしたんだろうか、と思いながらソファーに倒れこむ。

たまたま私を拾ってくれたのが隣の女の子じゃなくて彰吾で本当に良かったと今日は痛感した、あんなテンションで毎日を過ごしていたらエアコンがどれだけきいてても溶けてしまいそうだ。

「セツ、帰ってきてるんですか?」

玄関から彰吾の声が聞こえてきて流石にこのまま迎えるわけにはいかないだろうとノロノロと体を上げるとリビングの扉を開けて入ってくる彼と目が合う。

いつも仕事に行くのとは違ってラフな格好をして少々肩で息をしているらしいその様子に疑問符を浮かべていると彰吾はニッコリと笑って声をかけてくる。

「セツ、ちょっとそこに正座しなさい」

初めて聞くその声色に私の脳は考えることを拒否して脊髄反射で言われたとおりに動く。

「一体何考えてるんですか、子どもじゃないんだから気に入らないことがあるならきちんと言葉にしなさい。しかも拗ねてこの暑い日に外に家出するって何考えてるんですか、5月の時点でグロッキーだったことをもう忘れたとか言うんですかね」

ニコニコと笑いながら矢継ぎ早にかけられる声に私は目を白黒させながらなんとか内容を理解していく。

別に前倒れたのは継続的に暑い場所に居て冷気を補給できなかったからで今外に行っても1日くらいは平気で過ごせるのだが、それを口に出すと火に油を注ぐのは間違いないだろう。

「それで、一体何が不満だったんですか。うまく言葉にできなくても良いですが、言葉にすることを放棄されると共同生活をしてる私はすごく困るんですよ」

時計を見れなかったため、正確な時間は分からないが体感20分くらいだろうか。

ようやくお小言を終わらせたらしくいつもの声色に戻ったその言葉を聞いてチラリと彰吾の顔を盗み見ると、怒ったような困ったようなという何とも言えない表情をしていた。

「えっと、その迷惑かけてばかりだから少しは力になれないかなって思ったのに彰吾が子ども扱いするから……」

何だか言い訳のように思えて後半はだんだん声が小さくなってしまう。

またお小言コースが始まるだろうか、と視線を膝の上に固定してじっと待っているもいつまでたっても何の声もかけられない。

不思議に思って気合いを入れてから彰吾の方を見てみると、彼は真剣に何か考えている様子で声をかけるのも躊躇われてしまう。

「なるほど、確かにちょっと見た目に引っ張られてセツを子ども扱いしてしまったのは否定できませんね、それは申し訳ない。セツとしてはそれがプライドを傷つけらたってことでしょうか」

「え、いや別にそこまで大袈裟じゃないし……」

ものすごく神妙な様子でそう言われて両手をバタバタさせながら慌ててしまう。

こういう行動一つ一つを取っても子ども扱いされても仕方なかったかもしれないなー、とは分かっているのだ。

「あと力になる話ですが、セツは冷房のきいてない部屋にどれくらいの時間なら居ることができますか?」

「えっと、涼しいところで十分に冷気を蓄えた後だったら今日ぐらいの気温だったら別に1日くらいは平気だけど……」

話が見えないながらも正直に答えると、彼はまた真剣な表情で悩みだす。

「しょ、彰吾……?」

おそるおそる声をかけると私に笑いかけてからまた口を開いてくれる。

「いえ、一日中全部屋冷やしていると電気代が馬鹿にならないのでセツの部屋を作ってそこだけ冷房をつけとくってのはどうかなって思ったんですが……。生憎、今は書斎がギリギリ開けられそうかなって位しか部屋が無くって。本とかはそのまま置きっぱなしにしときたいんですが、それでも我慢できるなら書斎件セツの部屋ってことで私が居ない間はそこで生活してくれたりすると有りがたいです。」

「ぜ、全然大丈夫! 私本読んだことないけど、文字は読めるから読んでみても良い?」

流石の私もここで無理と言うほど空気が読めなくはない。

それに読書をしている彰吾を見たことはあるが、自分で本を読んでみたことは今までそういえば一回もなかった気がする。

勝手に触ったりしたら行けないかな、と思っていたがこれで許可も取れたら暇をつぶす手段も出来て一石二鳥だ。

「それじゃあ、不便だと思いますが今日から書斎件セツの部屋と言うことでお願いします。明日も私休みですから二人で部屋の整理とかしてしまいましょう、何か欲しい家具とかありますか?」

元々山で過ごしていた私としては床に直接座ったり寝たりすることになっても全く問題はない。

でもここで何もないと言ったらいけないような気がして頭を捻らせて必要なものを考え出す。

「あ、かき氷機! あれ私の部屋に持っていっても良い?」

パッと欲しいものが思いついてすごい嬉しくなってテンション高くそう言うと、なぜか彰吾は笑いをもらし始める。

「いや、かき氷機は、良いですよ。でも、そうじゃなくて、家具でなにか……。あー、いやそうですねかき氷機と一緒に小さな冷凍庫でも買って一緒に書斎に入れますか。アイスとか氷とか部屋の中で管理できた方が良いでしょう」

その提案を目を輝かせて承諾すると、何が可笑しかったのか彰吾はまた笑い始める。

結局、冷凍庫を買うのにもお金が必要なことやまた手間をかけてしまったことを気づくのは明日になってからで。

私が彰吾の役に立つのはまだまだ先のことらしい。

何だかんだ言ってセツはべったべたに甘やかされています。

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