EP 6
「休戦の合図は『プシューッ!』。ポポロ・ランチ(PRO型)投入。〜おでんが戦争を止める日〜」
プシューーーーーッ!!!
泥だらけの塹壕に鳴り響いた、魔導真空断熱ポットの開栓音。
タローマンの技術の結晶であるそのポットから、真っ白な湯気と共に、黄金色に輝く『出汁の香り』が爆発的に広がった。
「な、なんだこの香りは……ッ!? ゲロオムレツの悪臭が、一瞬にして上書きされたぞ!?」
ルナミス帝国の小隊長が、目を見開いてポットの中を覗き込んだ。
そこには、醤油草とシーラン国の魚介出汁の香りを極限まで濃縮した黄金のスープの中で、美しく煮込まれた具材たちがグツグツと踊っていた。
「さあさあ、冷めないうちに食ってくれ! 特製『ポポロ煮込みおでん』だ!」
タローマンの作業着を着た配達員(ポポロ村の農家のオッチャン)が、備え付けの紙皿に取り分け、兵士たちに手渡していく。
「い、いただきます……ッ!」
勇者ユートが震える手で皿を受け取り、極厚に切られた『月見大根』に箸を突き立てた。
何の抵抗もなく、スッと箸が通る。大根の中枢まで、琥珀色の出汁が完璧に染み込んでいた。
ハフッ、とユートが月見大根を口に放り込む。
「んんんんんんんんんっ!!? と、溶けるゥゥゥッ!!」
ユートが天を仰ぎ、滝のような涙を噴き出した。
「大根が噛む前に口の中で無くなった! 溢れ出す熱々のスープが、冷え切った胃袋を……いや、借金で荒んだ魂の奥底まで優しく包み込んでくれる……ッ!」
「ああっ! この『肉椎茸』のすり身詰め、信じられないくらいお肉の味がするわ! ピラダイのすり身の弾力と、椎茸の圧倒的な旨味が脳を直接殴ってくる!」
聖女クレアも、上品さを完全に忘れて『太陽芋の餅巾着』を頬張りながらハフハフと叫んでいる。
「しかも、この薬味の『ヒーリング和からし』! ツンとした辛味の後に、強烈な回復魔法の効果が……っ! 体力も魔力も全回復よ!」
ピカァァァァァァァッ!!
その瞬間、ユートの全身から眩いばかりの『闘気』が噴き上がった。
「おおおおおっ! 力が、力が無限に湧いてくるぞォォォ! 今なら魔王を素手で殴り倒して、懸賞金1億円で借金を一括返済できる気がするぜェェェッ!!」
ユニークスキル【ブレイブ】。
周囲の民衆(小隊の兵士たち)が、極上のメシを食べて幸福度(士気)をMAXまで引き上げたことで、連動してユートのステータスが神の領域まで跳ね上がったのだ。
「うめぇ……うめぇよぉ! 母ちゃん、俺、生きててよかった……!」
「ゲロオムレツなんて最初から無かったんだ! 俺たちはこの黄金のスープを飲むために生まれてきたんだ!」
ルナミス兵たちが、泥水にまみれながらも満面の笑みで泣きながらおでんを貪っている。
――しかし。
この『メシテロの暴力』の被害者は、ルナミス軍だけではなかった。
『クゥ〜ン……アウゥゥ……』
数十メートル先の対岸。
レオンハート獣人王国の塹壕から、情けない犬の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
「むっ? 敵襲か!?」
覚醒状態のユートが鉄の剣を構える。
泥だらけの荒野を挟んで、獣人兵たちがノロノロと立ち上がり、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
彼らの手には、武器は握られていなかった。
代わりに、真っ白な軍旗(白旗)と、空っぽの食器が力なく握られていた。
「撃つな……! 頼むから、撃たないでくれぇ……!」
先頭を歩いてきた犬耳族の部隊長が、ルナミス軍の塹壕の前で、土下座をするように崩れ落ちた。
その犬耳は完全にペタンと垂れ下がり、尻尾は股の間に挟まっている。
人間の数万倍の嗅覚を持つ彼らにとって、数十メートル先から漂ってくる『コンビニおでんの出汁の匂い』は、獣の狩猟本能を粉々に粉砕するほどの麻薬的な威力を持っていたのだ。
「我々の負けだ! 陣地も、誇りもくれてやる……っ! だから……一口でいい、その『琥珀色のスープが染み込んだ根菜(大根)』を、我々にも食わせてくれぇぇぇ!」
犬耳族の部隊長が、ヨダレと涙で顔をグシャグシャにしながら命乞いをした。
「……どうします、小隊長殿」
兵士の一人が、肉椎茸をモグモグと噛みながら上官に尋ねた。
ルナミス軍の小隊長は、腕を組み、深々とため息をついた。
「……俺たちは昨日まで、互いに殺し合っていた。だが、この極上のおでんの鍋を前にして、誰かを撃ち殺すような野蛮な真似ができるか?」
小隊長は、自分の紙皿に残っていた大根を半分に切り、犬耳の部隊長に差し出した。
「……ほら、食え。熱いから気をつけろよ」
「ル、ルナミス軍の兄貴ィィィッ! 一生ついていきますゥゥゥ!」
大根を食べた犬耳族の部隊長の尻尾が、ちぎれるほどの勢いでプロペラのように回転し始めた。
かくして。
血で血を洗う泥沼の第7戦区において、奇跡の光景が現出した。
ルナミス帝国の人間兵士と、レオンハートの獣人兵士たちが、武器を捨てて一つの『魔導ポット』を囲み、仲良くハフハフとおでんをつついているのだ。
「へへっ、獣人のおっさん、そっちの肉椎茸取ってくれよ」
「おう! 代わりにこの『太陽芋の巾着』は俺がもらうぜ! アチチッ!」
平和。まさに平和そのものであった。
ポポロ村の農家のおッチャンは、その光景を満足げに頷きながら、空になったおでんの容器を回収し始めた。
「いやぁ、美味しく食べてもらって何よりだよ。……おや?」
オッチャンが、容器の底から一枚の『防水加工された厚紙』を取り出した。
「お兄ちゃんたち、これ忘れてるよ。おまけの『村長プロマイド』」
「ん? プロマイド?」
ルナミスの小隊長が、おでんの出汁を拭き取ってそのカードを裏返した。
そこには、タローソンの青いストライプ制服を着て、レジ横でおでんのトングを握ってウインクしている、月兎族の美少女(キャルル村長)の【レアカード】が印刷されていた。
「…………ッ!!!」
小隊長の、そして周りの兵士たちの動きがピタリと止まった。
全員の目が、キャルル村長の圧倒的な可愛さ(と、おでんの売り子という絶妙なシチュエーション)に釘付けになった。
「こ、これは……俺がもらうぞ! ルナミス帝国軍の接収品だ!」
「ずるいぞ小隊長殿! 俺が最初に見つけたんです! 譲ってください!」
「なんだと!? 俺は獣人族だぞ、ウサギ耳の可愛さは俺たちの方が理解できる! よこせ!」
数秒前までおでんを分け合っていた兵士たちの間に、再び『血みどろの闘気』が立ち上り始めた。
平和は、訪れなかった。
ここから、国境線を巻き込んだ、血を流さない狂気の『プロマイド代理戦争』が幕を開けることになるのである。
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