EP 3
「『ポポロ・ランチ(PRO型)』開発プロジェクトと、人魚の歌バフ」
ボロ家の応接間(兼オフィス)で、俺はスマホを操作しながら村長キャルルと執事リバロンに新商品の構想を語っていた。
「ポポロ村の課題は『保存と流通』だ。どんなに美味い食材も、腐る前に売らなきゃただのゴミになる。……だから、俺の『現代知識』で時間を止める」
検索:『業務用 真空パック機』『レトルト用耐熱パウチ袋(1000枚)』『水で発熱・ワンタッチヒーター』。
価格:合わせて24,800円。少し痛い出費だが、これは特大の利益を生む「設備投資」だ。
【お支払い合計:24,800円】
【利用可能額(残枠):140,322円 → 115,522円】
ポチッとな。
ドサッ! と、空から巨大な段ボールがいくつか降ってくる。
「これが『真空パック機』だ。こいつで空気を完全に抜いて密閉し、熱処理を加えれば……常温で数ヶ月、いや年単位で保存できる『最強の兵站』が完成する」
「ま、魔力を使わずに、時の流れを封じ込めるというのですか……!?」
リバロンが驚愕に目を剥く。
早速、キャルルが手配してくれたポポロ村の特産品を調理する。
厚切りの『月見大根』、旨味の塊『肉椎茸』、そして『シープピッグの巾着』。それらを醤油草の効いた特製出汁で煮込み、熱々のままレトルトパウチに詰め、真空パック機でガチャン! と密閉する。
「よし、試作品第一号。ポポロ地域防衛用・高栄養特別配給食……通称『ポポロ・ランチ(PRO型)』の完成だ」
俺は、銀色のパックに水で発熱するヒーターをセットし、紐を引いた。
シューッ! と蒸気が上がり、数分でパックの中の「ポポロおでん」がアツアツの状態で復活する。
「じゅるり……ぼ、ボスぅ。いい匂いがして、もう限界ですぅ……」
「アイドルは霞を食べると言いましたが、これは霞の親玉みたいなものですよね? つまり食べてもセーフですよね!?」
リリスとリーザが、ヨダレを滝のように流しながら俺の足元に縋り付いてきた。
「お前らは試食係だ。食え」
俺が封を開けて小皿に取り分けると、二人は猛獣のように食らいついた。
「んんんんんんまぁぁぁぁっ! 肉椎茸から溢れる出汁がたまりませんぅ!」
「月見大根がトロトロです! パンの耳と一緒に食べたら無限にいけます!!」
「……完璧ですね。味も保存性も申し分ない。ルナミス帝国軍がタロ缶の代わりにこれを食えば、士気は倍増するでしょう」
一口試食したリバロンが、震える声で絶賛した。
しかし、彼の人狼族の耳がピクリと動き、すぐに冷静な「執事」の顔に戻る。
「ですが、カナタ様。問題があります。……『生産効率』です」
リバロンの視線の先――庭に設置した特設の調理場では、ポポロ村の農家のオバチャンたちが、大鍋で具材を煮込み、手作業でパックに詰める作業をしてくれていた。
しかし、慣れない作業にすっかり疲弊し、「あいたたた、腰が痛いわぁ」「村長さん、もう今日はこの辺でお茶にしないかい?」と、完全にペースが落ちてしまっていたのだ。
「なるほど。設備はあっても『人的リソース』の限界か」
俺は腕を組んだ。
ルナミスやアバロンといった大国を相手に商売するなら、一日数百個、数千個単位の量産ラインが必要になる。今のオバチャンたちのペースでは日が暮れてしまう。
「……おい、そこの青髪のフリーター(アイドル)」
俺は、おでんの汁を最後の一滴まで飲み干していたリーザの首根っこを掴んで持ち上げた。
「ひゃんっ! ふ、フリーターじゃないです! 私は絶対無敵のスパチャアイドルです!」
「なら、その『アイドル』の力で、この村の労働環境にバフをかけてみろ。上手くやったら、このポポロ・ランチを毎日三食、タダで食わせてやる」
「ま、毎日三食おでん!? やります! やらせてくださいプロデューサー!!」
食べ物で完全に買収されたリーザは、庭の隅にあったミカン箱(木箱)の上に飛び乗り、大きく息を吸い込んだ。
「ポポロ村の皆さ〜ん! 疲れた体に、愛と富の魔法をかけちゃいますよ! 聞いてください、私の本気のデビューシングル……『Love & Money』!!」
リーザが、マイク代わりに持った大根を握りしめ、歌い始めた。
『愛!アイ!愛!アイ!ラ〜ブラブ!(Fu Fu!)』
『マネー!マネ!ローン!ダーリン!グ!(Yeah!!)』
腐っても、彼女は人魚姫だ。
その歌声には、聞く者の魂を直接揺さぶり、活力を強制的に引き上げる『セイレーンの魔力』が宿っていた。
しかも、歌っている内容が極めて「資本主義的(生々しい)」だった。
『夢も金貨も輝くもの!(どっちも好きー!)』
『株券欲しい♪ お城も欲しい♪(Buy Now! Buy Now!)』
「お……おお……!? なんだいこの湧き上がる力は!!」
「腰の痛みが消えた!? むしろ、もっと働いてガッツリ稼ぎたい気分になってきたよ!!」
休んでいた農家のオバチャンたちの目に、ギラギラとした『欲望の炎』が灯った。
リーザの歌声のバフ効果と、「Love & Money」という生々しい歌詞が、オバチャンたちの脳内に「働けば儲かる(豊かになる)」という強烈なドーパミンを分泌させたのだ。
「さあ! おでんを詰めな! 真空パックのレバーを引くんだ!!」
「そォい! ガチャン! ガチャン! ガチャン!!」
オバチャンたちの動きが、残像が見えるほどの『超高速』に切り替わった。
大鍋から正確な分量のおでんを掬い、パックに入れ、真空パック機で封をする。その一連の動作に一切の無駄がなくなり、まるで産業革命後の『全自動機械工場』のような凄まじい効率で、次々と銀色のパッケージが積み上げられていく。
「……素晴らしい」
リバロンが、感動に打ち震えながらメモ帳にペンを走らせた。
「作業員に強制的なドーパミンを与え、疲労を麻痺させつつ利益への渇望を煽る。……究極の『科学的管理法』です。まさか、歌一つで工場の生産性が500%向上するとは……!」
「……まぁ、ちょっとブラック企業(強制労働)っぽくて怖いけどな」
俺は冷や汗をかきながら、トランス状態で働き続けるオバチャンたちと、ミカン箱の上でノリノリで歌い続けるリーザを眺めた。
とにもかくにも。
俺の現代知識(レトルト技術)、ポポロ村の最高級素材、そして人魚姫の強欲歌バフにより、世界を席巻する『ポポロ・ランチ』の大量生産ラインが、ここに爆誕したのである。




