EP 9
「第一回・恐怖の返済日と、ニャングルの持ってきた『成果』」
ピピピッ、ピピピッ!
ボロ家の中に、無機質な電子音が鳴り響いた。
「ひぃぃぃぃっ! き、来ましたぁ! 恐怖のアラームですぅぅ!」
リリスが頭を抱えて、床を転げ回る。
彼女の首に下げられた『エンジェルすまーとふぉん』の画面には、真っ赤な警告ウィンドウが表示されていた。
【お支払い日(27日)の当日です】
【本日15:00までに、最低ご返済額(50,000円)の入金をお願いします】
【※未入金の場合、強制執行(シーラン国マグローザ漁船行き)となります】
「落ち着け、リリス。まだ昼前だ。……それに、ちょうど『金づる』が到着したみたいだぞ」
俺は窓の外を顎でしゃくった。
ポポロ村ののどかな土煙を上げて、立派な装甲馬車(ロックバイソン牽引)が、俺たちのボロ家の前に横付けされる。
馬車から降りてきたのは、黄金の算盤を片手に、満面の笑みを浮かべた猫耳商人・ニャングルだった。
「儲かりまっか! にーちゃん、いやカナタの旦那! えらいことになったで!」
ニャングルはボロ家に入るなり、ドサァッ! と重たい麻袋を床に投げ出した。
中から、チャリンッと美しい音を立てて、大量の金貨と銀貨がこぼれ落ちる。
「ヒャッハー! お金ですぅ! お布施の山ですぅぅ!」
さっきまで泣いていたリリスが、手のひらを返して金貨の山にダイブした。現金な女神である。
「報告を聞こうか。売れ行きはどうだった?」
「爆売れもええとこや!」
ニャングルは興奮冷めやらぬ様子で、煙管を吹かした。
「あんたの『焼肉のタレ』で焼いた肉串は、ギルドの連中が毎晩暴動スレスレで奪い合っとる。あの『インスタントコーヒー』って黒い粉は、徹夜仕事の文官や、アバロン魔皇国の貴族の舌にぶっ刺さって、すでに倍の価格で予約待ちや」
「で、俺の取り分は?」
「約束通り、利益は折半や。……カナタの旦那の取り分は、〆て**『金貨10枚(約10万円)』**や!」
たった数日で、初期投資の約4,000円が10万円に化けた。現代の加工品と嗜好品が、いかに異世界でチート級の付加価値を生むかの証明だ。
「よし。まずは首の皮一枚繋がったな。……リリス、スマホの入金画面を出せ」
「ひゃいっ!」
俺は受け取った金貨の中から5枚(5万円分)を手に取り、スマホの『入金(お布施)スロット』に押し込んだ。金貨は光の粒子となってシステムに吸い込まれていく。
【50,000円の入金を確認しました】
【今月のお支払いは完了です。ご利用ありがとうございました】
【現在の利用残高:856,578円】
【利用可能額(残枠):140,622円】
「……っはぁぁぁぁぁ。助かったぁ……カニ工船で一生カニの殻を剥き続ける人生、回避しましたぁぁ……」
リリスがへなへなとその場に崩れ落ちた。
俺も内心、冷や汗を拭った。クレジットカードのシステム通り、返済した分だけ「利用可能額(残枠)」が復活している。これでまた、新たな仕入れができるというわけだ。
「マグローザ漁船? カニ工船? 何の話しとるんや?」
不思議そうに首を傾げるニャングルに、俺は「こっちの話だ」と誤魔化し、残りの金貨5枚を懐にしまった。
「さて、商売は順調だ。次は何を仕入れる? コーヒーの追加か?」
俺が尋ねると、ニャングルの猫耳がピンと張り詰め、表情が商人のそれへと切り替わった。
「いや……コーヒーやタレの比やない、特大のビジネスチャンスが舞い込んできたんや。にーちゃんが最後に渡してきたあの『100円ライター(火起こし器)』。あれが、とんでもない所に目をつけられた」
「とんでもない所?」
「ルナミス帝国軍や」
ニャングルの言葉に、俺は微かに目を細めた。
俺がかつて崩壊させた旧帝国ではなく、佐藤太郎という転生者が築き上げた現代兵器の覇王国、ルナミス帝国。
「ルナミスの連中、前線で兵士が食う『タロ缶(戦闘糧食)』を温めたり、爆薬に火を点けたりするのに、いちいち火属性の魔導士を呼ぶか、高価な魔石を使うとったんや。……だが、魔力も使わず、水に濡れてもすぐ火が点く『ライター』の存在を知って、軍の兵站将校が目の色を変えよった」
ニャングルは算盤を弾き、バシッと止めた。
「ルナミス帝国軍からの正式な大量発注や。……**『あの火起こし器を、直近で1万個用意しろ。金はいくらでも出す』**とよ」
「1万個、だと?」
俺はスマホの残枠を確認した。14万円。
100円ライターは、10本セットで500円(1本50円)で仕入れられる。
1万個なら、仕入れ値は50万円。……枠が足りない。
「……面白い。軍が相手なら、ボッタクリ価格でも経費で落ちるな」
俺は腕を組み、思考をフル回転させた。
「ニャングル。俺のルートを使えば、1万個の調達は可能だ。だが、一括では無理だ。分割納品にする。……それと、この取引を利用して、俺の『信用枠』を爆発的に広げる手立てを考えるぞ」
たった100円のプラスチックの塊が、異世界最強の軍隊の兵站を塗り替えようとしている。
借金返済のチマチマしたスローライフは終わりだ。ここから先は、国家予算を巻き込んだ「大商戦」の始まりだった。




