EP 9
「1億エールのスパチャで『衛星軌道砲』を買ってみた 〜神様、宇宙からの狙撃です〜」
王都の上空。
暗雲を切り裂いて顕現した巨大な『神罰の天使』が、その六枚の翼を大きく広げた。
顔のないのっぺらぼうの頭部から、太陽のような極大の光弾が生成されていく。
あの一撃が落ちれば、王都は地図から消滅する。王城も、ギルドも、逃げ惑う数百万の民衆もすべて灰だ。
「あはははは! 滅びよ! 愚かな王都の民ごと、我が光で浄化されよ!!」
干からびた教皇が、最後の命を燃やして狂笑する。
「ボス! エネルギー充填率80%! あと20秒であの特大魔法が撃ち下ろされるよ!」
地下施設から王都の広場へと脱出したジゼルが、タブレットを叩きながら絶叫する。
周囲では、先ほどまで教団を非難していた民衆たちが、終わりの見えた世界に絶望し、座り込んで泣き叫んでいた。
「……ボス。私、あいつの顔面殴ってきましょうか?」
リズが屈伸運動をしながら、本気で空へ向かってジャンプしようとしている。
あいつなら本当に届きそうだが、さすがにあのサイズのエネルギー弾を素手で殴れば、ただでは済まない。
「リズ、お前は少し待機だ。ジゼル、俺の端末とリンクしろ」
俺はインベントリから、今まで稼いだすべての「スパチャ(魔力)」を注ぎ込み、【配信者ショップ】の『規格外兵器』タブを開いた。
残高は、先ほどの暴露配信で叩き出された怒りのスパチャを含め、【1億2000万エール】。
俺はその中から、最高額のアイテムを迷わずタップした。
【アイテム名:戦略級・衛星軌道砲の誘導ビーコン】
【価格:100,000,000 pt】
【効果:成層圏外から、指定座標へ極大の魔力レーザーを照射する。※使用は1回のみ】
「――購入」
俺の手の中に、黒く輝く無機質な円柱――誘導ビーコンが実体化する。
「なっ……ボス、それまさか! 大気圏外からの質量攻撃兵器!?」
「ジゼル。このビーコンの照準を、あのデカブツの脳天に合わせろ。できるか?」
「愚問! 誰に聞いてるのさ!」
ジゼルが俺のビーコンにケーブルを繋ぎ、恐ろしい速度で座標計算を始める。
「ロックオンまで15秒! でもダメだ、敵の攻撃の方が5秒早い!」
上空の天使が、極大の光弾を王都へ向けて放とうと、ゆっくりとその腕を振り下ろす。
街中が悲鳴に包まれた、その瞬間。
「リズ! 5秒稼げ!!」
「はいッ!!」
ドゴォォォォン!!
広場の石畳がクレーター状に陥没し、リズの体が砲弾のように上空へと射出された。
彼女は『月狼の爪』のブーストを全開にし、真っ直ぐに天使の光弾へと突っ込んでいく。
「な、なんだあの銀色の光は!?」
「人が……飛んでる!?」
民衆が呆然と見上げる中、リズは光弾のど真ん中に強烈な右ストレートを叩き込んだ。
「邪魔ですぅぅぅぅ!!」
バチバチバチッ!
S級の獣人のフルパワーと、天使の光弾が空中で拮抗する。
リズの圧倒的な『物理』が、神の『魔法』を空中で強引にせき止めていた。
「バ、バカな!? 人間ごときが、神罰を止められるはずが……ッ!」
教皇の狂笑が、驚愕に変わる。
「1! ……ゼロ! 照準固定完了!!」
ジゼルの叫びと同時に、俺の手の中のビーコンが赤く点滅した。
「リズ、離脱しろ!!」
俺の声をインカムで聞いたリズが、光弾を蹴りつけて真横へ大きく飛び退く。
「さあ、視聴者諸君。そしてクソッタレな教皇様」
俺はカメラに向かって、そして天に向かって、ビーコンの起動ボタンを押し込んだ。
「――これが、俺たち(民意)の『神殺し』だ」
ピピッ。
瞬間、夜空の雲が、円形に綺麗に吹き飛んだ。
宇宙の彼方から、一筋の青白い閃光が、音もなく一直線に降り注ぐ。
『――ァァァァァァ!?』
天使が理解不能の悲鳴を上げる間もなかった。
直径数十メートルに及ぶ極大のレーザーが、天使の光弾ごと、その巨体を脳天から貫き、焼き尽くした。
圧倒的な熱量と光。
しかし、ジゼルの計算された照準により、王都の街には熱波の余波しか届かない。
ただ、天にいた『神(化け物)』だけが、チリ一つ残さず蒸発した。
「あ……あぁ……神が、神の力が……」
燃えカスのように崩れ落ちた教皇が、空虚な空を見上げて呟く。
数秒遅れて、王都に凄まじい轟音が響き渡り、空に巨大な光の輪が広がった。
王都を包んでいた絶望が、圧倒的な「奇跡」を前に静まり返る。
「……勝ったぞ」
「悪魔の天使が、消滅した……!」
「アノニマスが……俺たちを救ってくれたんだ!!」
ワァァァァァァァァァァァァァ!!!
教団の信者たちも、一般の市民も、全員が夜空に向かって歓喜の涙を流し、叫んだ。
俺の端末のコメント欄は、サーバーが落ちる限界スレスレの速度で滝のように流れている。
『うおおおおおおおおお!!』
『宇宙からのビームとかチートすぎるwww』
『1億エールの花火、最高だったぞ!』
『教皇ざまぁぁぁぁぁぁ!』
『アノニマス! アノニマス! アノニマス!』
同接数は【3,000,000人】。
この国の歴史上、これほど多くの人間に目撃された瞬間はないだろう。
「ふぅ……。ちょっと派手すぎたか?」
上空から見事な着地を決めたリズが、尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
ジゼルも「ボクの計算通りだね!」とドヤ顔だ。
俺は足元で完全に事切れた教皇(ただの灰と化した)を一瞥し、カメラに向かって仮面越しに笑いかけた。
「さて、王都の皆。これにて教団の『偽りの奇跡』は完全終了だ」
俺は一つ、大きな息を吐く。
「腐ったギルドも、命を吸う教会も、もうこの街にはいらない。……これからは、俺たち自身で『新しいルール』を作る番だ」
夜明けの光が、王都の街を照らし始めていた。
それは、ただの義賊配信者が、一国の歴史を完全にひっくり返した瞬間だった。




