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彼女にフラれた俺は、封印された何かと暮らすことになった  作者: 雷覇


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第30話:ヴァルス戦終了

黒煙が晴れていく。

地に倒れ伏すヴァルスの巨体。

その肉体はすでに限界を超え、瘴氣の奔流が漏れ出していた。

だが、それでも彼の瞳は死んでいなかった。


「……フッ……見事だ、仮面の男……」


口元から血を流しながら、ヴァルスは静馬を見上げた。

瞳に浮かぶのは怒りでも憎悪でもなく、純粋な敗北の認。


「俺の炎が通じぬ相手など……久々だったよ……」


地面に手をつき、呻くように身体を起こす。

その姿は、もはや戦う意思ではなく最後の意志を語る者のそれだった。


「……俺はここで終わりでいい。元より、この命……すでに主に捧げたものだ……」


静馬が微かに眉を動かす。


「主のために……九尾のために……!」


叫びとともに、ヴァルスの身体から瘴氣が爆発的に放たれる。

それは死にゆく肉体が最後に解き放つ供物。


「この魂、この肉、この氣のすべてを……我が主に捧げよう……!」


静馬が構えを取り直す。

美琴と蘭、晶が叫ぶ。


「危ない!離れなさい!!」


だが、彼は動かない。

ヴァルスの胸元に、漆黒の紋様が浮かび上がる。

中心には狐の瞳のような模様。

それがぎょろりと蠢き、血と瘴氣を吸い上げるように輝き始める。


「……我が主よ。目覚めの時は近い……」


ヴァルスの身体が崩れていく。

まるで、魂ごと何かに喰われているように。


そして――

彼の最後の笑みと共に、黒炎が天へと昇る。


「……貴様らが抗おうと……災厄は止まらん……」


その言葉を残し、火の使徒ヴァルスは完全に消滅した。

ただ、静馬は最後まで彼を見据え、構えを解かなかった。


その場に、異様な沈黙が広がる。

そして、誰もが感じていた。


勝利はした。

だが、それは決して終わりではない。

むしろ、これが始まりだったのだと。


風が吹いた。

焦げた空気の中に、獣のような氣の残滓だけが、不気味に漂っていた。


地の底――

瘴氣が渦巻く、虚無に近い空間。


そこはもはや生者の気配すら存在しない異界の領域。

そして、その中心にそれはいた。


白く巨大な尾がゆるやかに揺れ、空間そのものが歪む。

九本の尾を束ね静かに脈動していた。


九尾――

封じられし災厄の主、古き魂を喰らう魔の王。


その場に現れたのは、黒衣の影。

人の形を保ってはいるが、人ではない存在。

災厄の使徒セト。


「……主よ。我が同胞の氣が……消えました」


歪むように膝をつき、静かに報告するセト。

その声音には、確かな驚きが混じっていた。


「わかっている。ヴァルスが敗れましたか」


すると、九尾の中心部が脈打ち重低音のような声が響く。


「……見えた。炎が断たれた。我が眷属、火が散ったか……」


「ありえぬ……ヴァルスの氣は、我らの中でも最も荒々しく、人類を滅ぼすに足る力を持っていたはず……」


セトはわずかに顔を上げ、言葉を続ける。


「人間風情に……あの力が通じなかったと?」


九尾の尾がゆらりと揺れる。空間が軋み、周囲の瘴氣が渦を巻く。


「……面白い。我が氣に抗える者が現代にもいたか……」


「……いったい何者が?」


セトの声に、九尾は応じぬまま、ただ一言だけ、低く語る。


「静まれ、セト。貴様の役目は終わっておらぬ。

 ヴァルスの死は誤算ではない……兆しだ。人間の中に、抗う芽が育ち始めた証」


「それが災厄を断つ剣となるか見極めよ。我が使徒よ。これより次の段階へと進む」


セトは、深く頭を垂れる。


「……仰せのままに。すでに水が動き始めております」


そして、セトの影は闇へと溶けていく。

そのあとに残ったのは、尾を静かに揺らす九尾の沈黙。

だが、その氣配は確実に変化していた。

ヴァルスの死は、確かに主を目覚めへと近づけたのだ。


セトの氣配が闇に溶けたあと。

九尾は眠るように、しかし確かに思考していた。

静かに、緩やかに、尾が蠢く。


それは揺らぎ。

それは兆し。


「……ヴァルス。よくやった」


九尾にとって、使徒たちは道具であった。

氣の器として、災厄を撒き散らす存在。

自らの復活の礎であり、魂を捧げる供物。


だが――


「死の間際に捧げた氣は、確かに我が内に届いた。

 その死すら……糧となろう」


尾が静かに空間を撫でるたび、重苦しい氣が満ちていく。


「だが……それだけではないな。ヴァルスは満足して逝ったか」


九尾の瞳が、ぼんやりと開かれた。

その静けさの奥底で、九尾の瞳がわずかに細められる。


「……久しいな。胸が疼く」


感情など、とっくに失われたはずだった。

数百年の封印と孤独の中で、言葉も思考も形をなさなかったはずだった。


けれど――

一つの死が、その眠りに亀裂を走らせた。


――ドクン。


それは心臓の鼓動。

それは封印の内側から響く、生きた氣の震え。

世界が、わずかに軋んだ。


「何者か知らぬが興味がわく、久々に我に挑む者が現れたか?」


九尾が微笑む。

その笑みは、災厄を滅ぼした存在に、かすかな興味の色を宿していた。

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