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乾期は歓喜の季節㊷last

 茶器の擦れる音が、マロック副学長室の静寂の中で奏でられる。

 窓の奥に広がる冬の景色を眺めながらマロックが静かに茶を飲む。

 ミュレの眼前にも、湯気が立ち込めるその深紅の液体が自身の顔をわずかに映している。


 見るからに焦っている。

 自分が自分を垣間見た時、それをそうと認識できるくらい自分は冷静と判断するべきか。

 誰が見るからに焦っているという皮肉を映しているのか。


 おそらく、後者だ。


 ミュレは必死に頭の中で自分が今置かれている状況を推察していく。

 山のように積み上げられた「やらかし」のどれで呼ばれたのかと、本当に我ながらこの優良問題児っぷりにはいっそ清々しささえ覚え始めてくる。


 「飲まないのですか?南方諸国原産の紅茶は熱いうちの飲むのが良いのですがね」


 そういい、笑顔で茶を飲むのを進めてくる副学長のほうを見るミュレ。


 その顔を見たマロックは、思わず吹き出してしまう。

 「なんですか?その顔は。狼に追い立てられた鹿だってもっと毅然とした顔ができるものですよ」


 ただの狼と鹿ならそうだろう。

 だがこの場合、巨狼と小鹿である。怯えるなというほうが無理である。


 それでもミュレは茶器を手に取り、中で揺蕩う紅茶を一口喉に流し込む。

 南方諸国原産の茶葉となればかなりの高級品だ。この時ミュレは初めて知った。副学長室で飲む高級な紅茶というものは、まるで味がしないものなのだと。


 再び一口紅茶を飲むマロックが席に着きミュレを見やる。

 そうして、口を開く。


 「さて。そろそろなぜ私がここにあなたをお呼びしたのか?その理由をお話しせねばなりません」


 当然、茶飲み友達が欲しかったというわけではありません。と付け足すマロック。

 彼なりのジョークのつもりなのだろうが、今もミュレにしてみれば舌なめずりする狼のほうがよっぽど恐怖を覚えない。


 ミュレの内心を鑑みることもなく、マロックは話を続ける。


 「まず、あなたに報告が一つ。次いで、警告が一つ。あとは…まぁ、これはその時でいいでしょう」


 (どうしてそこはぐらかすのよ!)


 この副学長。思ったより人の心を弄ぶのが得意なのかもしれない。ミュレはそう思わざるを得なかった。


 「では、まず。報告が一つ。先の任務であなたがヴァルキュリアズと精霊魔法の研究を行っていたという話を聞きました。その件で、マリエルさんがあなたへ感謝の言葉を伝えてほしい。という旨です。どうやら完成したみたいですね」


 それはそうだろう。ミュレはあの時のことを思い出す。


 あの後、スクールとヴァルキリアズ合同での工場調査が行われたのだが、当然成果物と言えるものはそこら中に転がっているスパイダーと母蜘蛛の残骸、工場内部に残存していた物資くらいであった。これら自体は非常に有用なものではあるものの、ミュレがあそこから持ち出されたもの。それこそあの工場を管理していたAIがインストールされたデバイスに比べればそれこそガラクタのようなものである。

 ミュレが確認した時にはすでに抜き取られており、あの炉の女たちの仕業であろうと推測がすぐに立てられた。


 オーレリウスやアルハンブラの独断であるのならば、完全に破壊してしまうはずだ。それがないと言うことは双方かなりの手傷を負ったと考えるのが妥当だ。撤退する合間に破壊するくらい彼らなら造作もないはずだからだ。もちろん、持ち去ってどこか別の場所でということも考えられるが。竜の膂力で粉砕すればその辺に散らかしたところで問題ないだろうし、そのほうが手っ取り早い。


 そうしないということは、そうするだけの余裕がなかった。と考えれば自然と上記の推測に帰結する。



 などと考えを巡らせている間に、この環境に僅かに順応してきていたらしい。マロックの「落ち着いてきたようですね」という言葉をすんなりと受け入れることができるくらいにはミュレは落ち着き始めていた。


 次いで、あそこにはミュレが生き残らんとして記した魔法論理がまだ残っていた。余計な詮索を避けるためすぐに掻き消したのだが、実はマリエルにはこっそりとその論理を書き記したメモの紙切れを渡していたのだ。


 彼女ほどの人間であれば、それが何の論理を記したものかはすぐにわかるだろう。

 近々、ヴァルキリアズはゴールド等級の冒険者。ないしシェーヌとして登録される。

 

 「これにより、ヴァルキリアズを輩出した我がスクールの名声もさらに高まる。というものです。ですが、それに伴うことで、あなたへ警告が一つ」


 マロックは、ミュレに指をさし警告する。


 「どういう訳か、導霊国がスクールへ抗議の声を揚げております。次いで、なぜかあなたを名指しで」


 ミュレの思考が、再び止まる。


 訳が分からない。ここまで順調に情報を処理してきたはずなのにいきなり舞い込んできた情報が、ミュレの脳を打ち付ける。


 ストレートパンチをもろに受けたように頭の中が大きく揺らいでいくのを感じていた。


 「ヴァルキリアズに関しても、同様の抗議がありましたが…これに関してはまぁ、仕方がないことです。導霊国は自然崇拝を主とする樹人(エルヴィス)達によって形成された国家。帝国が存在した時代から鎖国を継続させる形で生きてきた。数少ない帝国に属していないメルカッタに存在した国の一つですからね。自然の恵みとありようをあるがままに受け入れ、共に生きようとする彼らの信条に、人の意志と魔法で精霊を生み出すなぞ冒涜ではありましょう」


 そういい、紅茶で口を湿らせるマロック。

 再び口を開いたときには、やっと情報過多による脳震盪からミュレが帰ってきた辺りでだった。


 「かつてヴァルキリアズに属した者たちを教導したという立場である以上、スクールも給弾される謂れはありましょう。だがそれでも、あなたを名指しで。とはなる訳がない。ここだけ、まるで繋がらない。それこそ…」

 

 次に発せられた言葉に、ミュレは血の気が引いていくのを感じた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でもない限りは…ね」


 マロックの瞳が、まっすぐミュレに向けられる。その瞳の奥に、ある種の「確信」を得ているような、それでいて試しているような。


 ミュレは必死になって瞳を逸らさず、努めて平静を保った。

 ここで目を逸らせば、全てが瓦解する。


 何故がミュレは、そう思わずにはいられなかった。


 「もし仮に、精霊魔法の論理をくみ上げたとして…。私ならば、きっとそれをすぐスクールへ寄贈するでしょう。未来の竜騎兵のため、彼女たちの助力となるためにそれはきっと力になってくれるでしょうから」


 「…そして、杖持たぬあなたが役立たずの烙印をされずに済むように。ですかね?」

 「そうともいいます」



 ここは肯定するべきだろう。実際杖を失った彼女が来年の春期以降…新学期に際しここにいることができるのかは不明だ。


 今は「負傷兵」として療養のためここにいることが許されている。

 それも冬が明けるまで、であるからだ。


 

 マロックが杖を持ち、小さく振るう。


 赤色の魔法陣が浮かび上がったかと思うと、そこから紅蓮の炎を纏う蜥蜴。サラマンダーを生み出した。


 「確かに、これはスクールにとっても力となりえる。そして杖を失った飛竜兵たちにとってこれを極めることは再起の道にもなりえるだろう。だが結局。ないものを埋めるだけのものになりえるとは思っていません。どこまで行っても、未だ未知の部分でいえば、四則や領域に比べはるかに多い」


 「つまり、私はもうスクールにとって不要だと?」

 歯がゆいが、事実だ。

 ミュレに取って再起をかけた賭けではあったが、どうやら自分のために00(ダブルゼロ)へボールは落ちなかったらしい。


 それに対し、マロックは静かに笑う。


 「思考が早いというのも、考えものですね。ミュレ・アンダーソン。とにかく、今後あなたはスクールにしようとも、退学をしたとしても、導霊国からのアクションに備える必要があるというのが警告です」



 最後に、といい机の中からそれを取り出す。

 瀟洒な長方形の箱をミュレの前に差し出すと、開けるように促してくる。

 戸惑いを隠せないでいながらも、その箱を開け…中にあったものに驚愕する。


 黒い、棒状の物。

 樹木のようにしなやかで、それでいて鋼よりも強靭なその棒は、杖である。

 そしてその材料には、思い当たる節がある。


 「あの工場にて、マリエルが回収したものの中に…どういう訳か「メロウの黒真珠種」と呼ばれる飛竜が持つ甲殻が落ちておりましてね。状況証拠的に、母蜘蛛と交戦したのでしょうかねぇ。その時の負傷に際し、剥がれ落ちたものでしょう」



 それを、マリエルがひそかに杖に仕立てた。というのだ。



 僅かに震える手で、それを握る。

 ひんやりと冷たいそれは、吸い込まれそうなほどに綺麗な黒色を発している。それこそ、ストルムのあの甲殻を思い出さずにはいられなかった。


 ある意味で、これは自分のせいでもある。

 何とも皮肉なこともあったものだ。とミュレが杖を眺めていると、マロックは声を掛けた。


 「お気に召したようですね。春期の試験を楽しみにしてますよ?」


 そういうマロックの言葉を背に、ミュレは副学長室を後にするのだった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 静かになった副学長室で、マロックは思案に耽っていた。


 「…全く、相変わらず世の流れというものを知らない部下だ」


 オーレリウス・ベルベットという男は、そういう男であった。 


 皆で椅子取りゲームを興じているとして、いきなり椅子を振り上げ参加者全員を容赦なく殴りかかってくる。

 


 そういう類の男だ。これまで何度作戦を滅茶苦茶にされた事か。だが少なくとも目的のために邁進するという一貫性を見出したものだけが、正しく彼に首輪を嵌めることができていた。


 どうやら、久しぶりのせいで首輪が緩んでいたようだ。同じ理由で准将も噛みつかれたと聞く。


 「やはり、あれを扱う時はもっと慎重に事を進めなければならないな」

 今でもきっと、オーレリウス・ベルベット特務上等狙撃兵の瞳には、帝国が映っているのだろう。

 過去に自らが決めたルール。今はもうない…帝国が、竜騎兵を縛るために設けたルール。

 それらがいまでも、彼の中にはあるのだろう。


 それだけが、今の彼の人の側に押しとどめているというのならば実に皮肉が効いている。

 そのせいで、彼は人の側に立つことができないというのに。


 マロックは、回線をつなぐ。


 月がきれいな夜であった。その夜のもとで、契約者が野営をしている。

 鏡のように磨き上げられたマスクの裏で、コール音が鳴る。

 それに出た男の背後で、新緑の外殻を月夜で照らしている飛竜が転寝をしていた。


 ≪こっちの回線とは、珍しいな?マロック。声を聴くだけじゃねぇんだろ≫


 男は静かに、それでいて親しみを込めた声で話しかける。


 「えぇ。久々に、あの異端児に噛まれてしまいましてね。追って、警告を」

 ≪…オーレリウスか。准将の時も派手に暴れたと聞くぜ?もうアイツ、イってるんじゃねぇのか?≫


 「それが、どうやらそうでもないようで。アレで正気らしいですよ」

 ≪笑えねぇな。それで?俺はどうすればいい≫


 「警戒だけ、してください。彼女と既に邂逅したため、何らかの情報を知られた途端いきなり飛んできてもおかしくはないので」

≪狙撃手相手にどう警戒しろってんだよ…まぁ、分かった。通信切るぜ≫



 そうして、男は静かにそれを見る。

 遠くにそびえる、スクールの佇まいを見ながら。


 男は、静かに監視を続けるのであった。

 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 明くる日、ミュレは早速杖を振るっていた。


 だが残念ながらそれはどう見ても、杖の振り回されていた。と形容するほうが正しい。


 「何なのよ、このじゃじゃ馬…」

 開いた口が塞がらないアメリアを差し置いて、訓練用の的へ向かい魔法を放つミュレ。


 その威力で的が一瞬で蹴散らされる。

 これだけでも威力調整が困難という問題があるのに、一番の問題は濃縮マナ・プール液の消費量だ。

 最小威力の魔法であっても、1、2発放っただけでもう枯渇している。

 ミュレの足元には、無数の空き瓶が転がっている。


 杖からカプセルを引き抜くと、再度充填された濃縮マナ・プール液カプセルを挿入する。


 「あぁ、全く」


 これが竜が魔法を使うのに必要な消費量と鑑みれば、あの威力も納得である。

 だがあくまで人が扱いには過剰火力もいいところだ。それに見合った消費量なのも、頷けない。


 ミュレが冬を通して、この杖の習熟を行わないといけない。少なくとも、以前使っていた杖を同じくらいの使用感にしていかないと…。


 「…なぁんで私、テストの度に苦境に立たされてるんだろ」


 などと嘯きたくもなるものだ。


 メルカッタの冬は既に半ばを超えている。新年度が始まる春期には、ミュレにとって最大の試練。「昇格試験」が待ち構えている。


 これでは、結局退学処分になりかねない。


 意識を集中する。

 療養のため、杖を振るわなかった期間が空いているのもあるだろう。


 だがこの杖が、ミュレに囁くように感じるのだ。


 「そんなもんじゃ、ないだろ?」とあの竜の声でミュレを煽るように感じて仕方がない。


 灼熱が舞い、的が灰塵と帰す。

 

 「…やってやろうじゃない。おちょくるんじゃないわよ」


 

 ミュレは、再び空になったカプセルを杖から外しながら、そう一人呟く。


 静かに降る雪は、いずれまた積もりメルカッタを白く染め続けるだろう。

 あの春の到来を告げる、灼灯蝶の炎のような羽がメルカッタを温め始めるその日が来るまで。


 静かに、少女たちの研鑽を見守るかのように。


 しんしんと、振り続けるのだった。

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