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乾期は歓喜の季節㊶

 乾期の季節が、終わりを告げるのだろうか。


 煌めく陽光をその背で受けるグレゴリーは、僅かに俯きながらネ・グドレへと話を続けた。


 「お前たちが国を作る。それが、夢物語でもままごとでもないというのなら…」



 彼女たちは、燻る森の中を歩いていた。

 僅かに体を震わせる寒気は、冬期の到来をそれとなく知らせているようにも感じた。


 ダ・グドレの腕の中でまるで抱えるように包まれた工場の制御端末だったものは、今も静かに演算を続ける様子で、もう抵抗するようなそぶりを見せてはいない。


 彼女たちの後ろを歩く数人の南方風の衣装で身を包んだ兵士たちがそれに続いている。

 それは、アースラズの残党であった。


 50人ほどいたかつての兵士は、今やこれだけとなってしまった。


 スクールの抵抗が強かった。

 帝国の技術力の高さを甘く見ていた。


 2名の契約者と、獣擬きの()()()()()があったとしても…その背中に背負った命の重さに潰されているかのように、僅かに丸まっているようにダ・グドレは感じていた。


 「ほっといてやれ」


 ヨルの背中に括りつけられた男がそう告げる。


 四肢を引きちぎられ、腹から無数の臓物を溢れださせてもなお。

 あの爆発の中心にいたはずのアルハンブラ・カザンドラは喋るだけの元気を備えていた。


 今この瞬間にも全身が蠢き、喪失分を補填しようと全身が再生を行っていた。

 もぞもぞとしているのはつまりそういうことなのだろう。


 背後で蠢く無尽蔵の生命力に、呆れるような感服するような。何とも複雑な心境をヨルは抱かざるを得ない。


 だが、今この中で最もアースラズの心境を理解してやれるのもアルハンブラにおいて他ならない。


 彼もまた、敗残兵の一人なのだから。

 「仲間を失い、祖国を失い。何より誇るべきリーダーを失ったんだ。宙ぶらりんで吊るされているような感覚だろうさ。そのうえ、生き残ってしまった罪悪感に押しつぶされそうになっているのさ…死んだやつにも、あるものはあるんだ。もし自分がって思うことだってあるもんだ」



 そういうアルハンブラは、ヨルに煙草を所望するが。


 「自分。そういうのやらないんで」と言われ不貞腐れてしまう。



 「こういう時は、まずは煙草だ。腹の底にあるものを煙と一緒に吐き出すと多少冷静にもなるんだがな」


 「そういう時に煙草に頼らないような、そんな大人になりたいですよね」

 「お前ってやつは…言うようになったな」


 などというやり取りの中で、その場所にやってきた。



 ぼろ布をやせた枝で支えただけの簡素なテントが無数に建てられている。

 その中で、ひっそりと影を落とす鱗肌属がいた。


 その視線はアースラズの残党と、グドレ姉妹を見るものと、視ないものがいる。


 視ない者たちの眼には、今も戦場が映っているのかもしれない。

 それとも、視たくないものから目を背けているだけかもしれない。


 なんにせよ、そんなキャンプを進む。


 アースラズの残党が指さした先に、それがあった。


 他のテントに比べ、幾分か良いつくりのテントがそこにあった。

 中に入れば、屈強な肉体を持つ鱗肌属の兵士が前を塞ぐ。だがみれば皆一様に傷つき、その目はどこか、濁りを漂わせている。


 そんな彼らの働きを労いつつ、奥から「通しなさい」という静かな声が聞こえる。


 門番たる兵士たちがそこを退くと、奥へと向かう。


 鱗の奥に皺を携えた、老齢の鱗肌属の老人がいた。きっと彼がここの族長なのだろう。

 

 「…失敗。したようだな」


 族長の言葉はどこか、諦観と労いが半分ずつこもったようなさみしげな声であった。


 「我々の一族がこの広陵たる平野へと追いやられてからというもの。どうにか今日まで生きてこれたのは、先祖たちが命を懸けて開墾し、作物を実らせ、命を繋いできたというのに。ミュドランダの…いや、七大連合の合併案をどうにも受け入れることができなかった。追いやっておきながら、開発が済んだら全てを奪っていくそのやり方に…怒りを覚えてしまった」


 そういい、族長が静かに俯く。

 「剣を向ける相手を、私たちは…いや、私は間違えてしまったのかもしれない…これでは、命を繋ぎ、守ってきた先祖になんと申し開きをすればよいのか分からぬ。帝国の工場の兵器を用いようというグレゴリーの提案さえも、泡沫と消えた」


 

 だが、すぐに言葉を改める。

 「…いや、我々との縁があるという理由だけで全てに反旗を翻した、あなた方アースラズを責める理由はないな。まずは、こういうべきであったな…よくぞ、生きて戻られた。と」


 その言葉に、アースラズの残党たちは力が抜けたようにその場に崩れる。涙を浮かべ、泣き出すものもいる。

 鱗肌属のアースラズの肩を、先程の兵士の一人が優しくなでている。


 「私は、もうすぐ停戦条約の締結とその調印に向かうことになる。その結果どうなるかは分からぬが…七大連合としては我々が開拓したこの土地を同士たるミュドランダへと明け渡し、人間種族のためだけのメルカッタを作ることができれば、それでよいのだろう。なんにせよ…これで、終わったのだ」


 そういい、族長がアースラズの皆の肩をやさしく何度か撫でながら、振るえる口でそう告げた。


 せめて生き残った者たちへ、限りない労いを込めた行為。

 これからの鱗肌属がたどるであろう結末を思えば、そうなるのも仕方がないことだ。


 だが、それを止める者がいた。


 「いいえ、終わらせません」


 漆黒の肌に銀の髪を携えた、雌豹のごとき肢体を持つ女。ネ・グドレが族長へとそう告げる。


 「確かに、テレズレムという国は今日をもって終わるのでしょう。あなた方が今日まで開墾したこの第二の故郷を失うという現状の事実を変える力は、私にはありません」


 そういい、ダ・グドレが持つ例の端末を族長へと見せる。


 「あの工場にあった、制御装置そのものです。この中には帝国時代に蓄積され続けた知識と情報が詰まっています。今よりもずっと、禍つ獣が跋扈していたであろうあの時代。人々が生きるだけでも手を取り合えたあの時代で、生き残るためのほぼすべてがこの中にあります」


 そういい、族長の前にもう一度、それを見せるネ・グドレ。


 族長の眼には疑いと期待が入り混じったような色が見える。


 「嘘だと思うのなら、私の声ではなくアースラズの方々の声を聴いてください。この方々こそこの端末を取るために奮戦したのですから…そのうえで、私は託されました。グレゴリーさんから。あなたたちと…彼の、夢を」



 ネ・グドレはあの日の言葉を思い出す。


 そのままに、口を開く。

 グレゴリーの言葉そのままに、ネ・グドレから彼の夢が語られる。


 「あなたたちの、碧玉のような肌には。黄金色に揺れるオウベルト麦より。極上の肉を備えるルゴウェストの肉牛よりも…新緑の森の奥で静かに実るあの睡蓮の花がよく似合う…だから、共にあの地へと帰ろう」


 その言葉に、周りにいた兵士たちの目頭が熱くなっていく。

 族長の脳裏によぎるその光景は、自らが子供のころの、あの鬱蒼と茂る南方の熱帯林での光景である。


 静かに、涙と嗚咽だけが静寂の中で流れていく。


 「そうか…グレゴリーの奴め。アイツ最初から私たちをそうするつもりだったのか…何とも、途方もない夢よ」


 彼の夢は、鱗肌属がかつての故郷。

 メルカッタ南方に存在する「メドレゲン湿地地帯」への帰還であった。

 かつて自分たちの種族と苦楽を共にした、あの時に帰ろう。

 非情であり、それでいて暖かく素朴な夢であった。


 族長は、自らの涙を拭き静かに頷く。

 「それが、グレゴリーの…あの子の夢。か」


 今や、あの地を離れて相当の時間が経過している。それこそ、この地こそ故郷となるものも多い中で、それでも彼はあの地へ皆を帰還させようとしたのだ。


 大方帝国の兵器を用いてでもこの戦いに勝ち、賠償金を搾り取ったうえで国を明け渡すつもりであったのだろう。


 何とも、無謀な夢であろうか。

 何とも、幼稚な夢であろうか。

 何とも、暖かな夢であろうか。


 

 そんな夢を、この炉の女に託したのだ。


 彼女たち灰かぶりもまた、かつて自分たちがこの地に至るまでの間そうであったように国を持たずさすらう者であると聞く。

 グレゴリーは、自らが愛した仲間を故郷へと返したかった。

 この女たちは、そもそも帰るべき故郷が欲しかった。


 利害が、一致したのだ。


 「私たちの要求はただ一つです。あなたたちの故郷を、私たちの故郷ともして下さい。そのために、帝国の技術でも何でもお手伝いいたします。だって、私たちは…」


 その言葉を、遮る族長。

 瞳の奥に、もう濁りはない。


 「それ以上言わんでもわかるさ。痛いほど…ね」



 兵士たちはすでにテントを後にしている。

 きっと今頃、この話を他の生存者に持ちかけていることだろう。

 

 族長が歩き出す。


 「であるのならば、あなたたちは先に動き出してほしい。我々は停戦条約調印式に参加する関係上、暫くこの地を離れることは叶わない」


 「…だから、集められるだけ灰かぶりたちを集めておいてほしい?ってか」


 そう言い放ったのは、アルハンブラだ。

 ヨルの背中で包帯でおくるみのようになっていた彼の手足は、見事に生えなおしその隆々たる筋肉が既に脈動を開始していた。


 「急ぎの用事ってんなら、随分と悠長なこと言うんだな?通信機だってないってのに、またメルカッタ中駆けずり回れってのかよ」


 そんなの、面倒だ。とアルハンブラは言い切る。


 そうして、告げる。


 「なにか、でっかいメッセージを送ってやればいい。メルカッタの人間種族が飛びつくようなネタの中に、灰かぶりだけが理解できるメッセージを混ぜ込んでやればいいんだよ」


 そういうアルハンブラに、ダ・グドレが相槌を打つ。


 「そういう言葉なら、一つあるぜアルおじさん。『灰よ、掃き溜めてまとまり火を守れ』。って言葉だ」


 その提案に、待ったをかけるネ・グドレ。


 「そうしたいのは山々だけど。彼女たちが一斉に動き出せばそれだけで怪しいし、メッセージの意味が万が一にも漏洩している可能性だってあるわ。だからもうしばらくだけ待ってもらう必要がある。少なくとも、帰郷が完了し、地盤固めが落ち着いてきたところで少しずつが理想ね」


 どうやら、ネ・グドレの最終目標としては七大連合相手に国と認めさせる所にあるらしい。

 「随分と、大きく出たな?」


 そういうアルハンブラにネ・グドレは微笑みで答える。


 「国ができても、認められない限り周辺諸国からの略奪に備える必要があるわ。少なくとも、国として認可される事ができればそこからどうとでものし上がる手段はある」


 そういい、例の制御端末をみる。


 静かに演算を続けるそれを見ていたネ・グドレの脳裏に、警告がよぎる。

 ―俺が許しても、オーレリウスが許すと思うな―


 だが、既に覚悟したことだ。


 「あなたたちには力がある。だからあなたたちだけでも生きていける…でも、私たちは違う。知恵も、技術も秀でたわけでもない。群れとしても安定はしない。だから学ぶ必要があるの。そのために、帝国の技術だろうがなんでも()()()にするのみよ」


 帝国の技術が集結している工場。彼女はそこにあるものを盗み出すことを目的とはしていない。


 彼女の目標は、ずっとその先。

 彼女の夢は、自分の国を持つこと。そのために、自分たちができること。

 それは、ひたすらに生き残り、学び続けること。

 与えられるばかりではなく、自ら作り上げること。



 帝国の技術、それを彼女たちの環境に合わせた方法で利用していくこと。


 此れこそ、ネ・グドレのプランであった。


 それを聞き、大笑いをする者がいた。例によってアルハンブラだ。

 「そうか。そうかぁ…大きく出たなぁ。あれを学ぶとは…脳みそが何個あっても足りるもんじゃねぇぞ」


 そういいながらも、ネ・グドレの頭をなでる。


 ミ・グドレは話についていけないといった様子で、帝国の制御端末をその手で持ちはじめた。


 「ま。そういう使い方なら俺は大いに賛成だ。だが気をつけろよ。帝国って連中は研究と開発には馬鹿と天才をよく起用したもんだからな」


 それじゃ、とアルハンブラはテントを大きく開き声高に叫ぶ。

 燦燦と日の光を浴びるその顔は、上を見上げている。


 「手伝ってやるよ。育ての親として、せめて独り立ちできるまではな!」


 そう高らかに告げるアルハンブラを見て。


 …皆が呆れたように手で顔を覆う。

 周囲には悲鳴とも何とも言えぬ絹を裂くような声が木霊していた。


 さっきまで四肢がなく、臓物もなかった男だ。つまりどういうことか。

 アルハンブラは、全裸であったのだった。

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