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乾期は歓喜の季節㊳

 ストルムは、その魔法論理を見たことがなかった。


 まるで、卵。

 何かを内包し、育み。生み出さんとする器のような魔法。


 精霊魔法。精霊を、その場限りの生命を生み出す魔法。


 異端だ。あぁ、(おぞ)ましい。


 自然と、生命と、それらの循環に対する明確な冒涜だ。人の手で、生命が営むことなく。魔法というたった一つの論理(プログラム)で命を生み出す方法を組み上げちまった。


 ストルムは、笑った。

 だから人間は面白い。

 だからこそ人間は恐ろしい。


 これがあるが故に禍つ獣は、人間に勝てなかったのだろう。


 戦うために、勝つために


 生き残るためにはどんなものも利用し、破壊し、流用し、発展させる。

 醜悪なまでに強靭な欲望が、人を今日まで生き残らせてきた。

 虚無も、禍つ獣も、あくまで自然の摂理。パワーバランスの波が揺らぎ、産まれ出るものたちでしかなかった。



 だから人は、かつて竜と契約をした。

 だから人は、機械と科学を奉じた。


 そして今、人は再び自然と生命の神秘を犯した。


 

 『全く。最高にイカレた女だな!ミュレの嬢ちゃん』 


 竜として、本当は怒るべきなのかもしれない。だがストルムにはそれはできない。

 オーレリウスと契約をしたからではない。

 異端の竜であるからでもない。


 単純に


 このミュレという少女の。無自覚なその身に宿るドス黒い欲望にストルムが魅せられていたからだ。


 どんな手を使ってでも生きてやるという、執念に敬意を示したからだ。


 それはかつて、オーレリウスにも見た。

 今やそいつの顔面に張り付く漆黒の仮面と化した禍つ獣、イフリータスの人鹿。その業火にまみれ死にかけたストルムの前に現れた、同じく体の半分ほどが赤黒く焼け爛れたオーレリウスの瞳の奥に見たものだ。


 ⦅やっぱ似た者同士だよ。あんたらは⦆

 (馬鹿言ってないで構えろ)



 オーレリウスの左手の指が魔法論理の構築を終えたことを告げるように動きを止める。

 

 「で?これをどうするってんだよ」


 ミュレの前に差し出されたその魔法刻印は、主の命を待つかのように静かな明滅を繰り返している。

 彼女は静かに、一呼吸置くとオーレリウスに告げる。


 「慌てないでよ。料理の秘訣ってなんだか知ってる?」


 「あの鉄蜘蛛を喰うってんならチリ・ソースをドメロン山くらい持ってくるべきだと思うがね」


 ちなみに、ドメロン山の標高は約5500mである。


「マグマみたいにソースをかけるとか馬鹿じゃないの?そんなことしたらレーヴァさんに怒られるわ。知らないようだから教えてあげる…それはね」


 「「()()()」」


 「よ」とミュレが言えば

 「だろ」とぶっきらぼうにオーレリウスが言う。


 ミュレがため息をつくと、自らの上着を持ち上げ汗が滴るそのか細い腰に似合わぬ物々しい四角の物体を取り出していく。


 『…やっぱりお前ら似た者同士じゃねぇか。ちなみに俺はオニオンサワークリームがいい』

 やや呆れながら言い放つストルムの冗談に、オーレリウスとミュレは怪訝な表情をしてみせるのだった。



 ストルムが飛ぶ。

 オーレリウスが構えるレイジ・オブ・ハートの銃口が周囲を浮遊するエレメント・ボールへ向けられる。


 迫り来る五色五様の閃光を身を翻して躱していくストルムの間隙を縫うようにその銃口から放たれる雷撃の獣がエレメント・ボールへ突き刺さる。


 ボルトを開放し、排莢を行いながらオーレリウスは小蜘蛛と交戦を続ける暴竜へと迫る。


 アルハンブラは機銃掃射にて潰された片眼を再生させながらこちらを見やる。

 オーレリウスより投げ渡されたそれはスクールが使用する対物用爆弾。「ドア・ノッカー」である。



 その意図を察したアルハンブラは即座に行動を開始する。


 小蜘蛛たちをかき分け、まっすぐ母蜘蛛へと肉薄していく。


 母蜘蛛をはじめ、スパイダーたちが持つ構造上の弱点として各関節稼働部位よりエンジンなどの駆動系へ衝撃が伝播しやすいというものがある。


 そのため、高高度などからの落下を行う際はカプセルなどで保護をしたうえでパラシュートが必須となる。


 着陸時の衝撃を緩和しなければそのまま自壊してしまうためだ。

 また、地雷などの爆破にも弱く、体内でエンジンが大きく揺さぶられた場合そのまま破壊されてしまった。という事例もある。


 母蜘蛛の場合、そのサイズ感や魔法刻印による補強からそれらの弱点が大きく緩和されているがその一方で根本的な弱点はそのままになっている。


 つまり


 アルハンブラが先程行ったように内側へ侵入し、各関節部へ爆弾をセット。

 起爆させることで関節部より駆動系へ衝撃を伝播させダメージを与える事ができる。


 だが、これでは足りないだろう。アルハンブラはそう考えている。

 あの魔法障壁を突破しない限りこの方法での破壊はおろか、ダメージを与えることすら怪しい。

 アルハンブラが母蜘蛛を放り投げてもなおダメージを与えた様子がないことからもそれが窺い知ることができる。


 だが、オーレリウスが無策でこのような爆弾を寄越したわけではあるまい。


 その証拠に、ストルムが母蜘蛛目掛け再び距離を詰め始めている。

 相互に通信設備がある訳ではない。自分用の仮面(マスク)はとっくに売り払ってどこにあるか知る由もない。


 だが、アルハンブラとオーレリウスには信用がある。

 かつて同じ戦場を渡り、同じ泥をかぶり、同じだけの勝利と敗北を味わいつくした。

 

 血と泥にまみれた信用が、二人を結びつけていた。


 

 ヨルとアースラズ達は、そんな二人の様子を一瞥しただけで行動を開始した。


 小蜘蛛の処理は再びアースラズが対応する。そう告げるように散会し、迫り来る小蜘蛛たちへ攻撃を開始する。


 未だ進み続ける母蜘蛛の眼前に立つ漆黒をゴポリと蠢かせ、ヨルもそれを構える。


 「どこ行こうってんだ、デカブツ。今日は大盤振る舞いなんだぜ?」


 その双肩から生え出る「バロウズ・アイ」に格納されたミサイルが顔をのぞかせる


 足元の影より伸びる触手に果実のように実る炸裂弾頭「デス・ボイス」を装着した「シャウト・オブ・ドラゴン」


 その両手がもう一対生えたかと思えばそれぞれ握られたガトリング砲「グラトニー」と大型対物ライフル「レイド・ハンター」


 一人で中隊規模の火力を備えた獣擬きがそこに立つ。



 かつて、アズマの地に伝わる「アーシェラ」と呼ばれる戦鬼がいたという。


 2対4本の腕を持ち、その手に握られた武器で戦場を蹂躙するその存在が、たとえ紛い物であろうが今ここに、その姿を現していた。


 「腹一杯食わせてやるから、そそくさと帰るんじゃねぇ。()()()


 そのすべてが母蜘蛛と周囲を浮かぶエレメント・ボールへ降り注がれていく。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その様子を、ストルムの背からミュレはただ見ることしかできなかった。


 まるで一瞬。僅かな間に全員が即座に最適化された行動をとっていた。


 アクションを起こしたのはストルムとアルハンブラ。

 アルハンブラの機動力と突破力を持って母蜘蛛の内側へと爆弾を設置する。

 その道中において障害となる小蜘蛛たちを人数に優れるアースラズが抑え込む。

 未だ進み続ける母蜘蛛を正面火力でヨルが抑え込む。

 今こうしている間にも、レイジ・オブ・ハートをマウントに格納したオーレリウスが懐からダンダリアンを抜き、そのタイミングに備える。


 誰か一人が起こしたアクション。

 そのアクションをきっかけに誰が何も言わず、情報の共有が行われることもないままにこれだけ最適化された行動を取っていく。


 ミュレは痛感せざるを得なかった。

 そもそもの、戦う者としての練度が段違いなのだ。


 スクールの飛竜兵としていくら魔法の才覚を持っていたとしても、実戦に出てきたばかりの雛には到底真似できない。


 指示も、情報の共有もない中で、個々が動き続ける状況下で考え、行動する。


 その結果生まれるののだ。

 チームワークではない、完璧に練り上げられたスタントプレーによる連携。

 今ここで、それが生まれているのだ。


 呆気にとられるミュレの肩を叩くオーレリウス。

 気が付けば、母蜘蛛の存在が今や眼前に迫らんとしていく。

 オーレリウスがストルムからするりと落下したのは丁度、母蜘蛛の上空を過ぎ去った時であった。


 その飛竜の背後に伸びる、迫撃砲の砲身より放たれた榴弾が竜へと迫る。

 身を翻して躱そうとするも爆炎に包まれたストルム。その右前腕の肉を鱗ごと大きくそぎ落とされるが、ミュレを守る様に滅撃が展開される。


 

 「ストルム!」


 ミュレの悲痛な叫びをストルムが『喚くな!』と一喝する。


 『お前が鍵だ。お前が練り上げたその策に乗ったその時から、少なくとも俺たちは命を00(ダブルゼロ)に置いている…勝たせてくれよ?運命の輪(ウィール)を走るそのボールをお前が00に落としてな』

 苦悶に呻くストルムのその声は、どこか楽しげに笑っていた。


 背後で炸裂する爆炎を一瞥するオーレリウスは、わが身が灰燼に帰していないことだけで生存を確認すると即座に母蜘蛛を見やる。


 白煙を放つ榴弾砲と周囲に浮かぶエレメントボール。それからそれらの合間を飛び交い、破壊していく一人機動中隊並みの火力を持つ獣擬きの砲雷鉄火が吹きすざぶ横薙ぎの雨を搔い潜っていく。


 右腕で榴弾砲を掴む。焼けるような熱さを感じながらもそのまま身を翻し母蜘蛛の上に乗る。

 エレメント・ボールが銃弾を避けながらもオーレリウス目掛け光線を放つ。母蜘蛛に施された魔法障壁により自身へのダメージがないことを理解した上での攻撃だ。

 

 砲身の根底部や腹部側へと廻り込みながらそれらを躱していくオーレリウス。

 その姿を見たアルハンブラは足に力を籠め、跳ぶ。


 けたたましい炸裂音とともにエレメントボールを貫手で粉砕すると、その勢いのまま母蜘蛛の足を躱し内側へと潜り込む。

 

 既に破壊された機銃に捕まりオーレリウスがぶら下がっている。

 アルハンブラは即座にドア・ノッカーを投げ渡す。


 受け取ったオーレリウスがそれを脚部基部にセットする。

 そうしてそのまま、機銃を離し落下していく。

 

 アルハンブラは2,3度その場を蹴り上げながら他2か所へ爆薬を装着する。

 そのまま宙を蹴り、落下していくオーレリウスへと手を伸ばす。


 オーレリウスが左手に構えたダンダリアン。そこから放たれた弾丸が見事にドアノッカーの奥にある脚部基部を捉える。


 アルハンブラがオーレリウスを掴むと、別方向へと投げ飛ばす。

 その間に弾倉を一段ずらし、今度はアルハンブラが設置した箇所へ狙いを定める。

 

 同時に2発、放たれた弾丸が過たず脚部基部へと撃ち込まれる。


 地面に着地したオーレリウスの上部より迫る母蜘蛛の巨足。だが次の瞬間にはアルハンブラとともにその場から消え失せてしまう。


 オーレリウスを抱きとめた腕とは反対の腕で大地を抉りながら静止していくアルハンブラ。


 「今のは…アーマー・ブレイク弾か。だとしても魔法障壁を破らないことにはどうにもならないと思うが?」


 そう尋ねるアルハンブラの声は、純粋な疑問というよりも「いいから策を教えろ」と言っているようにも聞こえる。 

 

 オーレリウスはアルハンブラに一言、こう告げる。


 「あんたも賭けてみるか?00に」


 そういい、上を指差す。


 傷ついたストルムの上に乗るミュレの眼前に光る燐光文字。魔法論理だ。


 見たことのない、魔法論理だ。


 その内容を読み取ったアルハンブラは、賞賛と感服で思わず大笑いしてしまう。

 「…俺の命まで00。つまり一点狙いに乗っけろって言いやがったな?クソ上等兵が。上官に対していい度胸してやがるぜ」


 ややあって、叫ぶ。

 ミュレに対し、声高に叫んだ!


 「いいぜ、乗った!こんな楽しい賭けに乗らねぇなんざ、何のために生きて来たんだと俺自身をぶん殴りたくなるぜ。最高だオーレリウス…ミュレ・アンダーソンはイカレてる。最高に、イカレてやがるぜ!」



 ミュレは、その魔法論理を前に…ただ静かにダガーを構える。


 その中央に存在する。Iの形状にも似たそれは、鍵穴だ。

 へその緒であり、産道である。


 今、ミュレは世界を生み出す。


 「…誰が、イカレてるですって?」

 とんでもないことを言う化け物共がいたものだ。自分はただ、理想を叶えるために。

 今という地獄を切り抜け、生き残るためにこうしているだけだ。


 きっと誰だって、そうするだろう。

 

 ミュレが、偏闇マナクリスタルのダガーを魔法論理へと突き刺す。


 周囲を雷光が迸り、四則が脈動し、論理の中で生命を構築する。

 それが、雲であった。霧のような黒い雲。


 生きた瘴気そのものが、オーレリウスたちごと母蜘蛛たちを(すべか)らく飲み込んでいった!

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