乾期は歓喜の季節②
オーレリウスは、後ろより迫る重厚なまでの気配をひしひしと感じていた。
なんなら、汗の匂いさえも嗅いでしまいそうなほどの圧迫感が背後に迫っていた。
「なんだよ、無視はひどいじゃねぇか」そういい後ろをついてくるアルハンブラ。
オーレリウスはため息をつく。そして振り向きもせずにこう答える。
「誰だお前は?」と。
おいおい、とその動きが影になってオーレリウスの眼前で自身の影と重なる。
「俺とお前の関係だろ?昔からの馴染みをそう無下にするもんじゃねぇよ。悲しくなるぜ」
と言い放つアルハンブラ。
オーレリウスはそれすら気に留めず屋敷へと向かって歩を進める。
その背後を歩く大柄の男。
⦅やれやれ、話が進まねぇ⦆とオーレリウスの脳内へ告げるストルムの言う通りだ。
色々な意味で話が進まない。
仕方がなしに、オーレリウスは背後の男へ話しかける。無論、振り向くことはない。
「で?あんたはこんなところで何やってるんだ」
その言葉に待っていましたとばかりに諸手を挙げるアルハンブラ。
「情報収集の一環、ってやつだよ。俺は今、結構厄介な依頼を受けてしまってな?仕方がなしに色々探りを入れていたってわけだよ」
アルハンブラが言うには、こういう話であった。
まず、結論から言うと「工場」が発見されたというのだ。
工場とは、帝国軍がかつて使用、運用を行っていた機動兵器「ゴーレム」の製造拠点である。現在でもメルカッタ各地にその跡地が確認されている。
しかしながらそれだけなら観光地にでもなっているのだろうがそうはならない。
各国は、競うように帝国時代に製造された器物、通称「遺物」を奪い合うように求めている。
かつての冒険者、メルカッタ開放団はトーマスの研究ラボを発見することができなければほかの国や組織がそうであったように、早々に蹂躙されるだけの存在であった。
それを最終的には戦局そのものをひっくり返すほどの戦力を与えることとなった。
自らさえも滅ぼすことのできる高度な魔法と機械工学を誇っていた時代の産物であり、今ではその運用方法すら生き残りのもの以外知りえることのないロスト・テクノロジーと化していた。
実際のところ、帝国が崩壊したのちメルカッタの科学、魔法、工学をはじめほぼすべての水準が1、2世代後退してしまった。といわれるほどである。
そんな中、工場の多くは放棄もしくは破棄されてしまったのだがそれらを逃れた工場が今でも稼働を続けているのだという。
そうして生み出されたゴーレムは時に周辺地域へと進出しかつての命令を実行しようと人々へと襲い掛かる新たな脅威と変化していった。
同時に、それらを運用することができればその国は一気に強大な戦力を我がものと出来てしまう。
現在紛争状態となっている小国、ミュドランダとテレズレムの紛争理由の一つがこの工場の所有権争いが一枚噛んでいるのだ。表向きの理由としてはありきたりな人種問題だ。
現在飛竜兵を母体とした調査団が結成され工場の無力化に向けた活動が行われているとされているが、風の噂では双方の国から邪魔が入り上手くいっていないのだという。ほしいのは平和でなく、戦力であるということのメッセージであろうか。
そのため、いよいよ飛竜兵たちはギルドの助力を要請した。という流れなのだ。
「シルバー等級以上の冒険者のうち、腕利きを集めるってんで俺も召集されちまった訳だ」
ため息をつくアルハンブラをその背に、オーレリウスは信号を止まって待つ。
周囲の人々はオーレリウスの背後にいるアルハンブラを見やり口々に何かを囁きあっている。
その声を聴いたアルハンブラがそのほうを見やると、悲鳴が聞こえた。
顔を覆い隠すもの
逃げ惑うもの
目を離すことができず、見開いたまま震えるもの。
実に色々いた。
「やっぱ、俺の顔が怖いんだろうかねぇ」
そういい、むき出しの歯が並ぶ左頬があった場所をなぞりながら呟く。
オーレリウスは呆れ返りながら
「多分、それだけじゃねぇよ」と答えた。
信号が青に変わり、歩みを進める二人。
オーレリウスが、改めて疑問をぶつける。
「で?それならとっとと工場に向かえばいいじゃねぇか。あんたならゴーレムくらい朝飯前だろうに」
そういわれたアルハンブラが、被りを振る。当然、オーレリウスにはその影だけが見えていた。
影越しにその逞しい筋肉が影に彫り込まれている。
「そう思うだろ。だけどな…どうも俺をはじめとしてこの任務に召集された連中が何者かに狙われている様子なんだよ。現にシルバー等級持ちの知り合いが何人か病院送りにされやがった。そいつらは全員今回の任務に参加予定の人間だったわけだ」
今更刺客を恐れるようなことはないものの、睡眠を邪魔されるのを嫌うアルハンブラは、そういう町の裏側に詳しい歓楽街の女を捕まえて話を聞いていた。
そうか、そうか。とオーレリウスは納得した様子で屋敷の前に来た。
あらかじめ来訪をギルドより伝えられたのであろうか。出迎えの給仕と思わしき女性が門の前で到着を待っていた様子であった。
そうして、オーレリウスの姿を確認したのち
「ヒッ」
と小さな悲鳴上げる。まるで火山でも噴火したかのように顔が紅潮しその場に崩れ落ちていく。
「おい!大丈夫かよ」
そういい近づこうとするアルハンブラを制止するオーレリウス。
もう我慢の限界であった。
「いい加減、気が付かねぇのかよ」と背後の大男へ声をかける。
アルハンブラは顎に手を当て
「そういえば、今日は少し冷えるか?」などといよいよ宣い始める。
オーレリウスはついにアルハンブラのほうを向く。
その背後より警笛を吹きながら迫る警備隊の男が2名こちらにかけてくるのを確認した。
だから、オーレリウスは努めて他人のふりをしていたのだ。
その逞しい五体を白い目で見ながら答え合わせをした。
「いい加減、気付けよノータリンが…服、どこにやった?」
そういわれたのち、アルハンブラは下を見る。
「おぉ、ちょっと盛り上がってる」
警備隊に引きずられていく今世紀最大の裸族のために、オーレリウスは来た道を引き返す羽目になってしまったのだ。
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「いやぁ。悪い悪い」絶対そうは思っていないであろう男が警察署から出てくる。
堂々と全裸で街を闊歩している変態がいるとあちこちで通報を受けた警備隊が、その変態が前日宿泊していた宿からわざわざ持ってきてくれた女から手渡された服を押し付けることで、ようやく人前に出ても恥ずかしくない格好となっていた。
オーレリウスもまた事情聴取を終え、取調室から出てくるところであった。
「昨晩は大変盛り上がったようだな」
女からすれば共に外の風を浴びていたアルハンブラが誰かに手を振ったが無視されたため、そのままの状態(全裸)で行ってしまったという。
つまり夜は相当盛り上がった様子である。
「いやぁ。理想の女の過ごし方って話だと昼は樹人の膝の上、夜は灰かぶりの股の下がよいって言われているが、本当みたいだな」
何言ってるんだ。と思ったオーレリウスは灰かぶりという言葉に反応する。
それを制止するアルハンブラ。その目はさっきまでのそれとは違う。
明らかな力強さを取り戻していた。こっちがアルハンブラ本来の瞳の在り方である。
灰かぶり。これは「獣もどき」を指す言葉である。
人の世の中に混ざるように生きているとされる新種の獣であるとされる。
といっても、あくまでそうである。とされているだけで見た目は生体のそれは人のそれとおおよそ変わらない。
血肉の半分は獣であるとされる獣もどきの多くは七大連合による処分を恐れ隠れるようにして生きている。同時に、その半分は人間である。
灰かぶりはその中でも特徴的な種族である。その種族は女しか生まないとされ、ほかの種族の男と交わることで子孫を増やすとされる。
しかしながら、それだけである。それ以外は灰色の肌を持つ以外人の女性とおおよそ大差ない。
だが、オーレリウスにとってその灰色の肌は十分獣に見えている。
アルハンブラが静止していなければ今頃依頼そっちのけでその女を探していたかもしれなかった。
「仕事熱心なのも結構だが、時代を考えろ。かつてのあり方じゃ…いつか破綻するぞお前」
そういわれたが、その問答もすでに慣れたといわんがばかりに立ち上がる。
「服を着ることを忘れるような人もどきに、言われたくはないね」
そういい返されたアルハンブラは、バツが悪そうに笑うのだった。
改めて屋敷の前までやってきたオーレリウスは再びその給仕の女に再開する。
これまた双方ばつが悪そうにしていると
「あ、俺は付き添いなんで気になさらず」などと軽薄に給仕の女へ声をかけるアルハンブラ。
もとを正せばこいつのせいである。給仕の女はアルハンブラを見ると顔を赤くしたり青くしたり実に忙しそうにしている。
さて、さっそく仕事の話を始めた。
この屋敷の主人は毎年、この時期に貴族相手にパーティを開くのが習わしとなっているというのだ。
だがこの時期となれば大荷物を運んだりなど力仕事を行う必要が出てくる。
男手がないわけではないが、数人の冒険者にこれを手伝わせているというのだ。
つまり、オーレリウスが今回行う仕事は清掃とパーティの設置準備を手伝うという事である。
そうしてオーレリウスがその依頼に納得し、アルハンブラは全裸で屋敷の門前まで正面堂々闊歩してきた事への謝罪の意味を込めて無償労働をするといい始めた。
給仕はアルハンブラのある部分を一瞬だけ見やり、顔を忙しくしながら一旦は拒否したのだが結局押される形でそれを承諾したのだった。
男手が欲しいというのは実際その通りなのであろうな。とオーレリウスは思うことにした。
だが、ここで給仕は奇妙なことを言始めた。
「では、ぶしつけな質問をお許しください…お二方は刃物の類を持ち合わせてはいないでしょうか?」というのだ。
どういうことだ?とオーレリウスは考える。
だが事実を口にする。同時に、「言ってやんなよ、ブラザー」といわれたので仕方がなしに
「俺は持ってないが、後ろのアイツは大振りの逸品を持ってるだろうさ」
そういい自信満々のアルハンブラのことを呆れた様子とともに後ろ手で指さす。
給仕は、実に返答に困っていた。
早速仕事に取り掛かるオーレリウスとアルハンブラ。
清掃は主に給仕たちが行う事とし、主に力仕事や女だてらには行えない仕事を担うこととなった。
無償とはいえ償いであるためかアルハンブラはやる気に満ち溢れていた。
上着を脱ぎ、むき出しの上半身を外気に晒す。
無数に走る傷跡が生々しさを物語る。だがそれ以上にそれは給仕たちの視線を集めていた。
男も思わず見とれるその肉体美。
まるで何度も灼熱に晒され、叩いて鍛え上げられた鋼のように
まるで美術品として存在する彫像のように
傷の下に備えた筋肉が躍動する。
軽く体を解すと、早速仕事に取り掛かった。
庭師たちが三人がかりで運ぶ大きな花瓶をその両肩に2つ抱えていく姿を見ながらオーレリウスは屋敷の下水を調べていった。
排水溝に詰まりや汚れがたまっていると臭いの原因になる。オーレリウスは詰まっている土やヘドロを掻き出していく。
その頭上で時折聞こえる黄色い悲鳴が中尉殿の活躍を物語っていた。
「何だろうな…この差は」
皆の足元、誰も見ないその場所でオーレリウスは静かに作業を続けるのであった。
そうこうしているうちに、給仕の一人がオーレリウスへ食事の時間だと伝えに来た。
下水の流れを確認し(コッソリ招水を使用して徹底的に洗浄していたため)きちんと流れていくのを確認したオーレリウスは汚れにまみれた作業服を屋敷に入る前にゴミへと投げ捨てる。
体中から、腐った水の臭いがする。
それゆえか、庭師たちと談笑するアルハンブラやグループ同士で楽しげに会話する給仕たちからも距離を取り、風下に座ってなるべくこの腐臭を嗅がせぬよう心掛けた。
そうして手渡されたそれを見て、オーレリウスは驚く。
サラダである。ドレッシングがかかったサラダである。
だが、そのどれもが手でちぎられたような不揃いさであった。
どういうことだ。とオーレリウスがいぶかしんでいると庭師たちの話が聞こえてくる。
それは、こういうことであった。
屋敷の刃物という刃物が、謎の怪奇現象で次々と破壊されてしまうのだという。




