乾期は歓喜の季節①
木々が彩を伴う季節、あちこちに目をやれば様々な木の実やキノコなど多くの食材が目に映る。
メルカッタは乾期に入り、実りの時期を迎える。
乾期は全体的に気温が下がり、第二雨期を迎える前に動植物たちが冬期を迎える前に熟し始める。
乾期は、歓喜の季節。とメルカッタの農村部に伝わる諺にもある通り、オーレリウスはその実りを享受していた。
見事な赤い実をもぎ取ると、手でその身を開く。
無数の小さな種子を覆うように形成された果肉は、口に含むとわずかな酸味とともに芳醇な甘みが水分とともに口いっぱいに広がる。
口から種子を地面に吐き捨てると、本来の目的を果たすために歩き始める。
まるで自然が見せる化粧とでもいうべき壮大な紅葉を見ると、これまでの旅の疲れが少しだけ癒されるような気がした。
そう、頭の中を響き渡る騒音が如き相棒の念話を除けばであるが。
⦅なぁ相棒、お前がイチジクを貪る間俺は何を食えばいいんだ?こんな所じゃ兎一匹いやしねぇぞ⦆
(キノコでも食うか?)
そういって虚空に掲げたキノコは実に赤々としていた。完璧なまでの毒キノコである。
⦅おちょくるのもそこまでにしやがれクソ野郎。イチジク味の臓物を食いたい気分になってくる⦆
(自分の指の爪を齧るようなもんだな)
侃々諤々と騒ぎ立てる相棒を環境音に、オーレリウスは毒キノコを投げ捨てる。
そうして、それを見つけた。
周囲を紅葉が彩る中、それだけは変わらず青々とした緑の葉を生い茂らせていた。
不変樹と呼ばれるこの木は一年を通してその生態を変えることなく生えているとされている樹木だ。
一説ではこの樹木は大気中を浮遊するマナ粒子を空気とともに摂取し、ほかの樹木よりも非常に長い間生存する術を得たとされている。
長寿とは、生物にとっての悲願であるが時に失うものもある。
樹人がそうであるように、この木もまた果実を実らせることがほとんどない。
それ故に、この木に実る貴重な果実はペーパー等級の冒険者にとって非常によい小遣い稼ぎとなるのだ。
オーレリウスは依頼の品として集めているキノコ採集のついでに、この木を見て回っていたのだ。
山中には何本もの不変樹が生えていた。これはそのうちの一本である。
⦅だとしても、あれを求めるって人間はなーに考えてるんだかねぇ⦆
虚空の中で身震いするストルムは、実のところこの木が実らせる果実を嫌っていた。
(まぁ、解らんでもないが…お、あったぞ)
そういって器用に不変樹を上ると、その木に実っていた果実を手に取る。
手のひらに収まる、されども大ぶりな純白の葡萄と思わせるそれこそ不変樹が実らせる果物であった。
⦅おおぅ…見ただけで口の中をこみ上げるものが……⦆
オーレリウスは複数実っていた内一房だけもぎ取ると、丁寧に紙で梱包する。
その顔はどこか苦々しい様相をしていた。
ストルムと感覚が繋がっている故にアイツがいうところの「こみあげるもの」がオーレリウスにも伝わってくるというのもあるが。純粋にこの味を良く知っているからだ。
この葡萄が持つ神秘の味を確かめたければ、以下のものをよく混ぜて口に含み、十分舌の上で踊らせてから飲むといいだろう。
よく饐えた酢と、同じくよく刻んだ生の苦瓜。そして忘れてはいけないものとして十分な量の砂糖である。
…要するに、思い出したくもない味。ということである。それこそメルカッタでは、これを干して水分を抜き薬として用いられる。
(白い干し葡萄を噛む、なんて言葉を格言にしたやつはお前みたいな奴だろうよ。相棒)
身に迫る不幸に苦しんでいる様子や苦悶の表情を指す言葉だ。
⦅早くどっかにしまってくれ。見ただけで吐きそうだ⦆
それにはオーレリウスも同感である。
瑞々しさすら感じられるこの白い葡萄をありがたがって薬として飲むやつの気が知れない。
二人とも、白い干し葡萄をよく噛んだような顔をしていた。
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メルカッタ湖畔地帯の一つ。グレドニアシスはメロウ湖北東部に位置する港町だ。
太古より内側に広がるメロウ湖(群)による海運が盛んにおこなわれていたため、このように内陸側でも港町というものが存在している。
この町のギルドへ入ると、無数の煙草の臭いがブレンドされた煙が鼻腔をかすめる。
もう慣れたものだがこの時期になると冒険者たちが一層活気づく。
歓喜を享受しようとどこの都市や村落でも様々な理由で冒険者を欲している。
オーレリウスも行った採取系や、第二雨期を迎える前に薪を集めるため木々を伐採する仕事。
普段と変わらない獣や、禍つ獣の討伐依頼も盛んになる。
特に従来の獣の多くは冬眠に備え多くのものを食べ自身を太らせる時期になるため、人とのいさかいやトラブルも多くなる。当然、そのよく肥えた肉を求める者もいる。
都市部では毎年行われる収穫祭や豊穣の催事の準備にと冒険者にとっても書き入れ時となる。
背中に背負った籠一杯の食用キノコと一緒に、受付嬢に手渡した包装紙を受け取った彼女の白い干し葡萄を嚙んだような顔を、オーレリウスはしばらく忘れることができなかった。
そうして得た80Qを金貨袋へと詰め、空いている席へと腰掛ける。
ウェイトレスへ酒を注文し、煙草に火を点ける。
揺らめく紫煙が周囲の煙と集合し天井へ上っていく様子を視ながら、オーレリウスは酒が届くのを待ちながらこれからの流れをストルムと相談する。
動物たちが動き始めるのは主に夜だ。冬眠に備えて活発に動いているであろう熊をはじめ大型の獣を仕留める必要がある。
ちなみに、竜は冬眠をしない生物として知られている。それ故に生物的な理由で持ってこの時期のストルムは普段よりもことさらに大喰らいへと変貌を遂げているのだ。
竜たちもまた、食いだめの季節となっている。
⦅やっぱりよぉ。このまま東に飛んでいって東黒羊海に出たほうがいいんじゃねぇか?あそこならそろそろよい塩梅に脂がのった魚たちが北から帰ってくる時期だろ⦆
ストルムの言い分も最もだ。手っ取り早く食いだめをしたいのなら大型の海洋生物を狙うほうがいい。
だが、オーレリウスはそれに待ったをかける。
(ちょいとあぶねぇかもな。最近、ミュドランダとその南方のテレズレムが紛争状態に入ったらしいぞ)
酒場の中央にて投影されている映像には、それら東黒羊海に面する小国同士の紛争が冬を超えてしまうのではないかと懸念する記事が流れていた。
⦅それの何がいけねぇってのさ?⦆
(調停役として飛竜兵が派遣されている。ここから近い北方学園領をはじめ全学園領から治安維持部隊として派兵していやがる)
学園はスクールの総本山であると同時に、メルカッタ各地へと飛竜兵を派兵させるための拠点という意味合いも持っている。
メロウ湖群それぞれの内側にある島へ建造された旧帝国軍の拠点をそのまま利用したのは、かつて帝国軍も同じような理由でその島々へ基地を建造した。
地理的に都合がいいのだ、今も昔もそこにあるということが。
⦅なーるほど。つまり夜間哨戒も手厚くなっているために飯を食いに行くとなれば確かにリスキーになるわな⦆
誰だって飯を食うとき背中で砲撃が飛び交う状態というのは勘弁被りたいものだ。
だが、ここで狩りができる対象ではこの大喰らいの腹を十分に満たせる獲物はそうそういるものではない。
そうこうしていると酒が届いた。オーレリウスは1Qと、ウェイトレスにも1Qを投げ渡す。
⦅早速2発分無駄にしたな⦆
自分も酒が飲めないことが恨めしいのか、そのようなヤジを飛ばすストルムを無視してオーレリウスは喉を潤す。
この地域では、珍しく店が自作するエールを楽しめると評判であった。オウベルト小麦はここより北方にて栽培されているヘルウェス小麦に比べると味は落ちるものの、今飲んでいるエールに混ぜられたミックスベリー・ジャムの味を邪魔することがない、落ち着いた味が特徴である。
仄かな炭酸と、発酵させた小麦とともにベリーのそれぞれ異なる爽やかな酸味。何より煮潰していないジャムの中にある果肉をかむたびに口の中に広がる甘さが仕事の疲れを一時忘れさせてくれる。
(流石にこれは持ち帰りできるような代物じゃねぇな)
⦅ハッ。どうせ次の一杯を頼んだらビールの上一杯にあの白い葡萄が盛りつけられたものが出るだろうさ⦆
いよいよいじけてきている相棒のために何か強い酒を頼むべきかとオーレリウスは苦笑いを浮かべるのであった。
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乾期ともなれば、その夜風は冷たくあたってくる。
オーレリウスはスキットルの中にいれていた酒を相棒の竜の口の中へと注ぎこんでいた。
一口に吞みほしたストルムは地鳴りのようなげっぷを上げる。
「きったねぇ奴だな」と顔をしかめるオーレリウス。
だがストルムはそんなことなど意に会する素振りもなく夜の風を浴びている。
『この味は、ウイスキー?それにしちゃ随分と…』
「あっさりしている?」
『そう。ガツンと来るわりにはスモーキーさよりもさっぱりとした飲み口って印象が強い』
ストルムの品評も的を得ている。伊達に長年酒を吞んできたわけではない。
これは「グレドニアシス式」ともいえる独特な蒸留方式によるものが大きい。
ほかの地域とは異なり、グレドニアシスは不変樹を用いた樽を使用する。
そこに大麦を主としたウイスキーの原液を詰めて蒸留するのだが、この時内側を炙られていた不変樹がそれを元に戻そうと、つまり炙られる前の状態へ戻ろうとする作用が起こる際、中に溜まっていた原液が発酵した際に生まれるアルコール以外の生成物をある程度一緒に取り除いてしまう。
最終的にはきりっとした飲み口の透明な酒が生まれるというわけだ。
あの白い葡萄を思わせる僅かな苦みが、「苦笑の酒」とこの酒を呼ばせる理由ともなっている。
ストルムは裏側の中に入っている残りの食料を全部平らげると、いびきをかいて眠りにつく。
この様子じゃ、熊だって出てくることはないだろう。
オーレリウスは先だって立てておいたテントの中で、一夜を明かすのであった。
この時期冒険者全般に言える悩みというのが衛生面の問題だ。
水も外気も冷え始めているため水浴びだって歯を鳴らしながら行う必要がある。
洗濯もすぐに乾くわけではない。夏期のあの透き通るような暑さが少し恋しくなってくるころ合いだ。
これからこれ以上暖かくなることはないのだから、当然のことでもある。
それがこの世界にとっての当たり前だが、例外も存在する。
周囲を浮かぶ炎を左手で操るオーレリウス。それは水を程よく温めストルムの体を首以外すっぽりと包み込んでいるほど巨大であった。
『あぁ、いい感じだ』
体を伸ばすストルムに合わせるように水球は伸縮し、その体を包み込んでいる。
オーレリウスは手で丁寧にストルムの顔を洗ってやると水を滞留させて体にこすり合わせるように動かす。
さながらジャグシーにも似たそれはストルムの体から汚れを浮かせ剥ぎ取っていく。
最後にこの水をどうするかというと、火にくべて蒸発させる。
そうして最後にオーレリウスの手に残ったのは、その左手に収まりきらない程度の、垢である。これはその場に捨てておしまいだ。
宙に浮かぶ火は風によりその熱の指向性を操作されているため落ち葉や木々に燃え移ることもなくストルムの体を乾かしていく。
さっぱりした、とでもいうように体を伸ばしたストルムは虚空の中へと消えていく。
オーレリウスは手を洗った程度にとどめ、再び街へと戻っていく。
今日の仕事は、とある屋敷の清掃。を行うことにした。
その屋敷へと赴くさなか、路地の奥から事らを手招きするものがいた。
オーレリウスのその瞳から、色が失せていく。
そこには女を侍らせたよく見知った顔がいたからだ。
左頬のないその男は文字通り歯をむき出しにした豪快そのものの笑みを浮かべこちらに手を振っている。
とりあえず、オーレリウスは無視を決め込んだ。




