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この世に潜む亡霊たち㉔last

 空を飛ぶ、竜の姿があった。


 夜の闇に隠れるように、ストルム・ブリンガが飛翔していた。

 その背に乗るのは、オーレリウスだけではない。


 幾匹かの、小さな獣たちがその背に相乗りをしていた。


 風が冷たいようで、その体を丸めながら鞍に備え付けられていた道具入れの中にそれぞれがすっぽりと収まっている。


 『なぁ?相棒。ウェンリーの奴と確執は作らないんじゃなかったのか。これじゃぁ火事場泥棒って思われても文句言えねぇぞ』


 「あの人が報酬の話をせず、依頼のことを碌に説明もなしに放りだしたんだ。なら報酬は勝手に決めてもいいだろ?」


 『お前の中に別人格でもいるんじゃないかと、時々思えてくるね。クソボッチな陰キャとサイコパスが賽の目みたいにころころと出てきやがる』


 「誰がクソボッチな陰キャだ、オイ。事実陳列罪でお前を訴えてやろうか?」


 『…いや、認めてんじゃねーかよ!』


 などと(うそぶ)くそれを掻き切るように、閃光が走る。

 ストルムが身を(ひるがえ)すように(かわ)すと、それが曳光(えいこう)弾であることを即座に察知した。


 前から打ち付けるように降り注ぐ雨を搔い潜るようにストルムは旋回回避(バレルロール)を繰り返す。

 

 オーレリウスは赫四眼の髑髏面を装着する。

 夜目を発揮し前方を確認すると、それは…


 脚の生えた砲台。とでもいうのだろうか。


 4本の機動脚を持つ機械の上より機関砲が発射されている。


 そうして空中に打ち上げられたそれが光り輝くと、闇を暴きその中に隠れていたストルムたちを映し出す。


 『照明弾まで持ち出してきやがったのかよ!?』


 「口を動かすより体を動かしな、相棒」

 

 もうやってる。といわんがばかりに低空飛行へ切り替えると、頭上を弾丸が掠めた。


 オーレリウスは知りえる限り、あんな素っ頓狂なガラクタはトーマスの奴が手持ち無沙汰の時に作ったおもちゃ以外で見たことがない。


 帝国がかつて運用していたどの「ゴーレム」よりも低品質なものではあったがそいつが乗っけている機関砲は脅威であった。


 おそらく対空砲の類だろうか。


 そうこうしているうちに、オーレリウスのマスクが通信をキャッチする。

 番号と識別コードを見やると、上官からの呼び出し番号であった。


 思わず着信拒否をしてしまいたくはなったが、その通信を繋ぐ。


 「もしもし、メーデーメーデー。我が軍は敵の対空砲に晒されてます。って言えばいいのかクソ野郎!」


 その通話の奥で、おそらく笑っているであろう男の声がイヤホン越しに届けられる。

 「准将相手にクソ野郎とは、時代が時代なら軍法会議モノだぞ?オーレリウス。それにこれは立派な実地テストだ。その最中にお前がのこのこ入ってきたんだぞ?わざわざドロツゴ陸軍から権利を買ってまでウチで試させてくれって頼んで肝いりの計画を邪魔するつもりか?」


 「そうかい、ご苦労なこったな。それに軍法会議?あぁ、あんな()()()()何回やったかもう覚えちゃいねぇよ」

 オーレリウスは会話を続けながら滅撃の魔法を発揮する。一瞬の閃光とともに生み出された雷の壁が弾丸を阻む。

 だがそれも長くは持つことなどなくすぐさま再び対空砲の雨に晒される。


 「で?報酬の話をせずに俺を砂漠の街へ蹴りだしたくせに、いざ報酬を取った後にいちゃもん付けて来る気かお前は。ケチな親父だぜ全く」

 オーレリウスは煽るように通信越しのウェンリーへ話しかける。


 ノイズ交じりの通信の奥で、ウェンリーが鼻で笑うのを聞いた。

 「ならば言わせてもらうぜ?強欲な我が息子よ。そのカーバンクルの兎はどうする気だ?」


 「テメェに関係ないだろうがよ」

 オーレリウスが冷たく突き放す。その手に握られたレイジ・オブ・ハートを迎撃形態へ移行させ、胸ポケットから一発の弾丸を取り出すと、ローディングポートへ押し込む。

 

 「売るならまだいい。俺たちが高く買ってもいいぞ?だが、だがな。お前はそうはしないだろう」そう語るウェンリー。


 一瞬の間を埋めるように、弾丸の雨が響く。


 ウェンリーが再び口を開いた。


 「お前、その獣たちを()()()だろう?残らず例外なく…いや、一匹はスクールに置いてきたとして残り全部とは。お前にはなんというか、そう。可愛いものを愛でる慈しみの心とか、愛情とか色々欠けているように思えるな」



 その会話の最中にも、オーレリウスはレイジ・オブ・ハート:迎撃形態のフォアエンドをスライドし、弾丸を薬室へ送り込む。


 「そういうあんたにも、慈しみの心ってやつはないんじゃねぇのか。それとも慈しみって書いて売り物って読むのかよ」


 その問いに、ウェンリーは答える。

 「かもな」



 「クソッたれが!」オーレリウスは憎々しげにウェンリーの声に嚙みつく。


 カーバンクルの兎は、言ってしまえば人を容易に不死の存在足らしめる。

 老いも病も、呪いも食らうこの獣はすべての人に行き渡らせるには圧倒的に数が少ない。しかし数名の人間程度であればその寿命の概念を書きかえることになるだろう。

 

 そんな獣に対して、感謝をすることなぞあってはならない。とオーレリウスは考えている。

 所詮こいつも、人の摂理を狂わせる獣…害獣であるのだとオーレリウスは結論付けている。


 人は、死ぬから人なのだ。

 死ぬからこそ、生きることができる。その血肉が大地へと還りやがて再び人を生かしていく。

 この世界において、死は思いのほか身近にある。オーレリウス自身それは痛いほどよくわかっている。


 だが、だからこそいえるのだ。

 死から遠のいてしまったからこそ、言えることもあるのだ。


 だから、オーレリウスはこの言葉をウェンリーに発した。

 「人間は、道理を超えて長生きすると碌でもないことを考え始めるもんなんだよ。お前はどうだ?今度は何を企んでやがる」


 その言葉に返すように、ウェンリーは発した。

 「ならお前はどうなんだ?オーレリウス・ベルベット特務上等狙撃兵。お前も自分がまともな考えに基づいていると誰が保証してくれる。俺の碌でなさを保証できる奴ならいっぱいいるけどな」


 その直後、二人の間に割って入るものがいた。


 ウェンリーもオーレリウスも眉をしかめる程の大きな念話が、割って入った。


 ⦅俺だ、俺がいる。このクソッたれのペストマスク野郎!そしてその後ろで引きこもってる偏屈クソ野郎もだ、聞きやがれ!⦆


 ストルムの咆哮がそのまま、頭蓋骨の中で反響するような錯覚をオーレリウスは覚えた。

 多分、ウェンリーもだ。


 ⦅オーレリウスが何を考えてるかってのも、こいつなりに正義…筋を通してるってのも、俺が見てきた、俺が聞いた。傍でずっと俺がいた。だから俺が証明してやるよ!…オーレリウスがどれだけイカレているかってのをよ!⦆


 (そっちかよ!)と思わず念話でツッコミを入れてしまうオーレリウス。


 だがその直後に続いた言葉に、オーレリウスもそれ以上言葉を発することができなかった。


 ⦅それと同じくらい。こいつは死ぬほど他人のことを、見ず知らずの誰かたちのことを…今を生きる連中が()()()()()()()()()()()()()()()()()に、何をするべきかってのを考え続けているような男だってのもな。最初俺はこいつと契約して、瞳を得ればそれでよかった。だが今は⦆


 ストルムが加速する。


 その身を弾丸が掠り、時には身を抉ってもその進みを止めることはない。

 まっすぐ、突き進む。


 ⦅オーレリウスは今でも帝国の誓いを、竜騎兵が何に忠を尽くし、何を成すために戦うかを忘れちゃいねぇぞ…そんな奴を背に乗せている俺は今この時が楽しくってしょうがねぇんだよ!笑えちまうくらいによ。さぁ、答えろよ⦆

 


 砂鼠商会の、ウェンリーの私兵たちが空を見上げる。

 血にまみれながらドロツゴ国軍が制作したガラクタを対空砲もろともその身で蹴り飛ばし、横転させる黒竜を。


 その背から飛び出す。赫四眼の髑髏面をつけた男を。


 ⦅答えろ、ウェンリー・ギルベルトjr。そしてガラディア!⦆


 オーレリウスが構えるレイジ・オブ・ハートより、放たれる閃光。

 その方向とともに飛び出した12ケージワスプ・バイト弾がウェンリーへと迫る。

 

 誰も、動くことができない。その情景がさながらスローモーションのようにゆっくりと動いているように感じた。


 ストルムは、叫んだ。


 『答えろ、お前らは楽しんでるか!』


 音が聞こえる。

 金属同士が激しくぶつかり合うような音だ。


 レイジ・オブ・ハートが放つ白煙がウェンリーの周囲を漂う。

 眼前に伸びる地平線の先にヘルウェス砂漠を捉えたオーレリウスたち。

 だがその間には白煙が立ち込めている。


 それが晴れた時、ストルムはにやりと笑う。


 ウェンリーを守るように虚空より伸びた白い外殻を纏った腕が、ワスプ・バイト弾を受け入れていた。


 血が滴り落ちる。

 白い外殻を、赤に染めている。


 

 その奥で、ウェンリーが返答する。

 笑っている。と誰もがその声に感じた感想であった。


 「あぁ、とても…楽しんでいるよ」


 虚空を突き破り、白い竜が姿を現す。

 ギラギラとたぎらせる黄金の左目と、紫色の右目がオーレリウスを見やる。

 マスクを外したウェンリーが右目へ手を伸ばす。


 「これは、もういらないね」

 それを...カラーコンタクトを地面に捨てると、脚で踏みつぶす。ウェンリーの右目は荘厳な金色に輝きを放っていた。



 ガラティアの瞳が開かれる。

 一つの紫。

 三つの金。


 四つ眼の白竜が、そこにはいた。


 

 「ストルム…何相手を本気にさせてるんだよ」

 オーレリウスは半ば呆れたように、相棒のもとへ歩み寄るとその体をやさしく撫でる。


 『いいんだよ。アイツにはこれくらいしないとな』

 そういい、オーレリウスへと顔を押し付け撫でるよう要望する。

 誰もがその場を動けなかった。

 ウェンリー達だけが、別の意味で動かなかった。


 何度か、静かにそれを行う。そうしてお互いに向かい合う。

 

 「じゃぁ、いくか」

 『おうよ』


 左手を覆う手袋を脱ぎ捨てたオーレリウス。その手背に潜む竜眼が見開かれた。

 オーレリウスの奥で、その記憶が再び蘇る。


 みんな、死んでいる。

 父も死んだ。

 母も死んだ。

 兄弟も死んだ。


 皆、みんな死んだ。


 オーレリウスだけが、苦しんでいる。

 炎の中で、燃えるような熱と苦痛を放つ体の右側。

 それを思い出していた。


 「いいぜ。来いよ…お前も、こっちにこい。きっと、楽しいぞ?」


 オーレリウスは、そう呟くのだった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 いったい、どれだけの時間が過ぎ去ったのだろうか。

 砂漠の熱が、じりじりと大地を熱していく。


 そのどこともいえないその場所で、一人と一体が倒れていた。


 一体の体から出てきたカーバンクルの兎が、懐かしい太陽の熱を体で感じ、事が過ぎ去った安堵からか空腹を感じていた。


 そうして、じぃと一人を見る。


 その顔

 その腕

 その右側に広がる火傷。


 カーバンクルの兎がとてとてと歩み寄る。


 鼻先を右腕に伸ばした時であった。その右腕に首をつかまれる。


 ぴぃ、と小さくうめき声をあげるカーバンクルの兎が見たものは。理解できなかった。

 これまで感じたことの無いそれが、自分の首を締めあげていく。


 やめてくれ。


 そう懇願するように小さく啼くカーバンクルの兎。

 だが、か細い首が僅かな音を発したのちそれは動かなくなった。手を離したのちヘルウェス砂漠の大地の上にぽとりと身を崩す。


 そうして、男は声を発した。


 これは、お前のものじゃない。お前の食いものじゃない。と。

 カーバンクルの兎がそれを見た。

 仲間たちを次々と殺していくそれを見ていた。


 そうこうしているうちに……静かになった。 



 オーレリウスがすべてのカーバンクルの兎を絞め殺したのち、ストルムの体へと寄り添うように身を崩す。


 息も荒く、声がかれている。

 何より喉が渇いた。


 「生きてるか」

 オーレリウスは掠れた声でストルムへと語りかける。


 『……あれは、できることならもうやりたくねぇ』

 そもそも、お前が売った喧嘩だろうに。と笑うオーレリウス。


 釣られて、ストルムも静かに笑う。


 周囲に転がるカーバンクルたちの死体を気にすることもなく

 ただ、笑っていた。


 オーレリウスはおもむろにウェスト・ポシェットから何かを取り出す。銀色に輝くそれには、オーレリウスの名と今は亡き故郷の名が記されていた。


 識別用タグ。帝国軍人ならだれもが持っている自身の魂の一部。

 本当に魂が宿っているわけではない。だがそれには間違いなくオーレリウスの一部が存在していた。


 

 …アメリアと名乗った少女も、これを持っていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 留置所の中で、オーレリウスが転寝をしてた時そこに彼女がやってきた。

 その背中に、大きな六弦琴を背負っている。

 ミュレより年下であろうその少女は、オーレリウスを見やるとこう告げる。


 「あなた、ミュレちゃんに何をしたのか」と。


 オーレリウスはなんにことやら解らないふりをしてはぐらかす。


 「嬢ちゃん。あんたみたいなのは蝶を追いかけるべきだ。こんな闇が深いところに入ってくるべくじゃない」と。

 その少女は自らをアメリア、と名乗った。


 そしてオーレリウスは思いだす。


 あの時、そう。ここに収監される前に自分を連行したあの飛竜兵の片割れ。

 喋らずこちらをじっと見ていたあの少女であった。


 アメリアは一冊の本をバッグから取り出す。その装丁には見覚えがあった。


 トーマスの研究記録を取り出した彼女はページをめくり、燐光文字による通信の項目を指さす。


 「あなたが来てから、ミュレちゃんは急性マナ過活性障害になった。前後からしてあなたが何かやったとしか思えない」

 とのことだ。


 ちょっと待て。とオーレリウスはその発言を遮る。

 「なんで、お前みたいなガキンチョがそんな本を持っている」

 今の世であればそれは明らかに禁書といえるほど、禁忌の情報が詰まっているそれを持っているのだ。誰も何も思わないのだろうか。


 戸惑うオーレリウスを「いいから」と諭すアメリア。


 とにかく、今ミュレが危険な状況にあるのだという。ヘメリックという教諭に間違いなく目をつけられている。彼女の手に施された燐光文字のことで問い詰められるのも時間の問題であり、何とかして助けたいのだという。


 オーレリウスはその問いに対し、いつかのミュレの時とおなじ答えを返す。


 「俺に、何のメリットもない」と。


 その言葉に憤慨したのか


 アメリアが取り出した識別用タグを見た時、オーレリウスの目が大きく見開かれた。

 鉄柵を掴み、まじまじとそれを見る。

 

 「お前、大尉と…一等衛生兵の」


 そうして、アメリアは言う。

 「あなたは、私を助ける義務がある」


 オーレリウスは迷うことなく、静かにアメリアができうる限りの方法を伝えた。

 そういうことが、あった。



 『しかし、あり得るのか?そんなことが』


 砂漠の熱に焼かれつつも、その身を起こし翼でオーレリウスへ影を作るストルムが訝しむ。


 「だが現にあれは間違いなく、大尉と一等衛生兵のタグだった」


 『なら俺たち、だいぶやばいところに足ツッコんじまったってことか?アメリアってのは契約者なのか?』


 それはない。とオーレリウスは断言した。


 影にその身を潜ませながら、オーレリウスは思案する。

 少佐がスクールにいる理由。

 そしていずれ分かるという依頼…それがあれである訳がない。

 だがこれらは何かの糸/意図でつながっている。

 

 それをかき鳴らすのが誰なのか知る由もない。だが今は。


 「とりあえず、一休みしてから砂漠を抜けようじゃないか相棒。乾期は歓喜の季節…山の幸が実る時期だ」


 そうしよう、と一人と一体が生きる道を定めたところで、砂漠の熱が止むことはなかった。それ自体がまだ生きているかのように、砂を焼き続けるのであった。

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