十話:探偵院長プイさん!
意識を取り戻した僕は「合体」が終わったことには気づいたもののいつのまにかプランクトン君に乗っかられていた。それでも命の恩人に自分にとって最大限の感謝を示した僕は赤面しつつ、プランクトン君を本格的に起こそうとした時だった。プランクトンの毛が抜け落ちたのだった。そしてさらに気づいた。鼓動が消えていた。
僕にはどうすることもできない。ただ動かなくなったプランクトン君を見つめる事しかできない。
プランクトン君の鼓動の音が止んだと気づいたときすずしさに似た悪寒を感じた。プランクトン君に近づいて心臓マッサージを試してみることも考えた。けれど足は動かない。頭の奥底ではもう助からないとでも考えているのだろうか。肩を上げて伸ばす。てを伸ばすだけでいいのに。僕はそんな奴だったのか!こんな簡単に諦めていいはずが……………ない……。
何を言っても足は動かない。全身が向こうへ、ほんの少しでも近づこうとしているのに止めてくる存在がある。
(絶対……………)
「はいはい。分かったから」
(絶対……………)
僕は既に外音を取り込んでいなかった。ただ自分のすべきことをせねばという思いで頭がいっぱいだった。
「おーい?今呼んだよね」
(絶対……………)
僕は外からの感覚の大部分を制限していた。感じているのは床の硬さと冷たさだけで、それすらもシャットアウトしようと必死だった。
しかし視覚は閉じていない。僕が気づいたのは目の前に突然立ちはだかった緑色だ。今まで見てきた細胞よりもずっと鮮明な緑色で、ワンポイントに黒いラインが引かれている。
「ようやく気付いてくれた…………って…おーい?」
緑色は喋るが僕には届かない。
(じゃまな壁……………ゼッタイ……………)
「ちょっと、帰っちゃうよ!」
僕の顔が挟まれた………かと思うと上に視線を向けられた。
(ゼッタ…え?)
金髪。碧眼。若い顔つき。
「あ……………あなた………」
身長は全く違うが間違いない。
「プイさん!」
心の底から驚いた。これまでのどのピンチにも一切駆けつけなかった女、プイさんがここにいるんだ。
プイさんの顔を穴が開くほど見ていると、プイさんは「フリートークを選んでね」と言って急に黙ってしまった。
「はいはーい。こんにちは~。今日はどんな内容かな」
僕の目の前にタッチパネルのような選択肢が現れると同時にプイさんの姿勢と顔がニッコとしたまま固まってしまう。
(え………………テンプレート?)
再開の驚きもそこそこに用件を言えと言うのだろうか。
(でも今の状況なんて一言じゃ……………)
そこまで思って先ほどの言葉の意味を理解した。
出現したパネルの一番右端に「フリートーク」と書かれた選択肢を見つけたのだ。迷いなく押すと、プイさんは急に脱力しした後疲れたよように肩を揉み始めた。
「あーしんどい。…………で?これはどういう状況なの?」
プイさんはその場に派手に座ると僕の事を見上げてくる。
「え…………………………はい」
聞きたい事は山ほどある、がしかし今はそれどころではない。僕はプランクトン君に目をやる。ピクリともしない体に心の中で「絶対助けるからね」と言い、僕はプイさんと正面から向き合った。以前よりとんでもなく小さいプイさん。僕よりも植物プランクトン二個ほど大きいぐらいだろうか。
「プイさんの後ろで寝ている方、プランクトン君と言うのですがプイさんが来る少し前からあの状態で、抜け毛はひどいは心臓は止まっているはでどうしたらよいか分からず困っていたんです」
僕はなるべく端的に言おうと努力する。だがプイさんは面倒くさい、とでも言いたげな顔をして膝に肘をついている。
「いや今のあんたじゃ一気に「合体」できないからね、まずは細胞を………」
違う違う。僕はプイさんの言葉に首を振る。
「僕は助けたいんです!」
プイさんの言葉を遮って僕は言う。かなり大きい声だったのかプイさんは一瞬驚いたような顔をした。それも一瞬ですぐに元の顔に戻すと、プランクトン君の方を凝視し始めた。
「だから、プランクトン君に何が起きたか知りたいんです。あっ!でも触れるのはダメです。簡単に毛が抜け落ちてしまうので」
僕の言葉を聞いたのか聞いていないのか、プイさんはプランクトン君の方へ近づいていた。顔は見えないが、少し離れた所から動かない様子を見るとやはり僕の言葉を…………。
「ちょっと!」
僕はおもわず叫んでしまった。プイさんがあろうことかプランクトン君の体を激しく触っているのだ。しかも毛がまだ割とフサフサしているところをだ。
「やめてください!だからこれがもう異常なんです!」
僕は泣き叫ぶように言うがプイさんはお構いなしにワシャワシャとしていく。どんどんフサフサの毛が抜け落ちて、ヒラヒラと舞う。
これ以上は我慢ならない。僕が無理矢理止めようとしたところで、プイさんは「分かりましたよ」と言った。
「は!?今ので何が分かるって言うんですか!」
僕が抗議をしようとするとプイさんは手で僕の事を制してくる。
「ではお話しましょうか。プランクトンさんに何が起きたのか」
プイさんは冷静に言う。その一言で辺りは急に静かになった気がする。そしてプイさんは何を考えているのかそこらじゅうを歩き回っている。
僕は固唾をのんだ。まるで名探偵の推理を聞く容疑者の気分である。
「まずあなた」
僕は指を指される。
シナリオ通りの事の運びに、僕は何も言っていないのに一歩後ずさりをしてしまう。
「………………なにしてんの。ほらこっちに来てよく観察してみてよ」
急に素に戻ったプイさんは僕を手招きしている。
(もう少し味わわせてもらってもいいんだけど)
そうは思うもののプイさんが何に気づいたかは知りたいので、僕は大人しくプランクトン君の方へ近づく。
「えーまずだけど、プランクトンさんは生きてるよ」
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「は?」
「いや、だから生きてるよ」
プイさんはさも当たり前のよう考えると
「いやだって、心臓は…………」
そう言うとプイさんはチッチッと指を振る。
「あんた勘違いしてるよ。心臓が動いているかどうか、しっかりと触れていないあんたは知らないと思うけど。プランクトンさんは呼吸と心臓の動きを最大限押さえて休息してるだけだよ」
え…………そうなの?確かにちゃんと触れてはいない。見た目の変化だけで判断していたけど…………。
「でも、こんなに毛が抜け落ちているんですよ?これはどういう事ですか?」
僕はさらに問う。
「それは、休息状態と関係があって、プランクトンさん、正確にはこの種の生物は脱皮のような感覚でしばらく繭に籠って体を成長させたり、作ったりするの」
え…………そうなの?確かに何も知識はなかったが、よくよく考えてみると細胞一個レベルの僕と同じサイズの生体ってあまりいないと思うし、そう考えるとプランクトン君はまだ幼いのかな?
「まとめると今は休息状態なのと、毛が抜けているのは脱皮みたいなものだから大丈夫だってこと」
「はぁーー」
全身の力が一気に抜けていく感じがする。プイさんが言うなら嘘でないことは確実だし、状態がはっきりと分かるなら安心だ。
「まあこのまま放っとくと死んじゃうだろうけどね」
その言葉に再び硬直と警戒をする僕。
「え…………それって本当ですか」
直前の言葉を撤回して僕は問う。
「うん。この年齢だと親から栄養をもらって繭に籠るはずだから。一人できちんと栄養が入手できるのはまだまだ先のはずだからね」
栄養が必要。生物は栄養で構成されていると言っても過言ではない。冬眠がいい例だ。栄養のないまま冬眠をした生物はどうなるか。待っているのは死、だ。
「僕が取ってきます」
プイさんに頼んでも嫌な顔をされるだけな気がする。いやむしろ嫌と言いつつ取ってきてくれるのだろうか。
「うん。私もう帰るからそうしてね」
じゃあねと言うとあたりが突然暗くなった。あまりにも突然の事であわてふためいていると、急に暗さが消え、プイさんの姿はどこにも見えなかった。
(帰っちゃった…………)
しかしプランクトン君が生きていることが分かったんだ。これはかなり大きな収穫だ。
僕はプランクトン君の方を向く。相変わらず動きを見せないプランクトン君だが、生きていると知った今は心穏やかでいられる。
今度は外へ続く方向を見る。
栄養。プランクトン君が食べていたあの植物。
(あれを、どれくらいかは知らないが持って来ればいいんだろう?)
自分に問いかける。答えはこうだ。
「身を切ってでも、持ってくる」
僕は外界に向けて歩き始めた。進む先からは逆流が流れてきて、僕の事を歓迎しているようだった。
続く!




