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空を眺めて  作者: あかば かり
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春の日に 1

 主人公、大島晶が桐山アオイと出会って、2年が経った春の日々の出来事

 3月も中旬になり、朝晩はまだ冷えるものの、暖かい日が増えてきた。

 ここは住宅街の小さな喫茶店『喫茶 はからめ』

 店の庭には、春を待ちわびていた植物たちの新芽が、幾つも姿を現し出してきた。

 そしてやはり、春といえば桜の開花がいつになるか、待ち遠しいところだ。

 

 「ありがとうございました。またいらしてくださいね、お気をつけて」

そう笑顔で言って、会計を終えたお客さんを、戸口まで見送ったのは、従業員のアオイだ。

 店先でチンピラの皆さんに暴行されているのを保護し、その後ここで働き始めて2年が経った。

 彼が働くようになって、祖母が膝を怪我をして止めていた、配達やオードブルセットの注文の承りを再開した。再開した当初は、ぽつぽつときていた注文だったが、昨年、タウン情報誌に載ったおかげで、毎日配達に出ることが増え、オードブルセットのほうも、月に3、4件は注文が入るようになった。おかげで、忙しくも、充実した経営になっている。

 「アオイ。それ片付けたら、休憩入って」

 食器を下げに厨房に来た彼に、祖父がそう声をかけた。

了解ですと、返事をしながら、トレーに乗せていた食器類を、軽く汚れを落としてから、洗剤を入れて水を張った流しへ入れる。

「今日の、まかないは何ですか?」

「キーマだよ」

「やったね。勲夫さんのキーマカレー好きなんだ、美味しいんだもの」

「そうか、それは嬉しいね。多めに盛っていいぞ」

ニッと笑うと、では遠慮なくいただきますと言って、用意されていた皿に大盛りにして盛り付けた。

 僕はその様子をちらっと横目で見て、笑ってしまった。

「アオイ、俺の分ある?」

「もちろん、あるよ。大丈夫、大丈夫。

 では、お先にいただきます」

そう言って、二階への階段を軽やかにかけていった。

「晶も、それ運んだら休憩な」

「はい」

 ランチタイム、最後のお客さんのメニューの品を運び終えると、僕も盛大にまかないのキーマカレーを盛り付け、二階ヘ上がった。


 二階は住居になっていて、アオイと一緒に暮らしている。

 リビングの扉を開けると、こちらに気づいたアオイが笑顔で「お疲れ」と言って、食事中の手を止めた。

「お疲れ」

「温かいお茶にする?」

「そうだね。アオイ、それ何飲んでるの?」

炬燵の上に、食事をしている皿の他に、いつも使っているガラス製のティーポットと、白く湯気の上がるマグカップが置かれていた。

「ルイボスティーだよ。濃くなっちゃっているから、飲むならお湯足すよ」

「そうか、じゃぁもらおうかな。あ、お湯は俺が沸かすから、食べてなよ」

「ありがとう。じゃあ、はいこれ」

 と言ってティーポットを渡されると、キッチンに向かい、電気ケトルへ水を入れ、スイッチを入れた。お湯が沸くまで、そう時間はかからないのだが、今日のまかない、キーマカレーの香りが食欲をそそるので、先に一口運んだ。

「じいちゃんのキーマカレー、美味いよな」

「晶さんも作れるでしょう」

「まあね。でも、レシピは知ってるけど、俺一人じゃこの味は出せないんだよね。何かあるんだよな、コツが」

「なんだろうね。スパイスの調合かな?それとも、玉ねぎの炒め具合?」

「うーん……。もうちょっと粘って研究して、それでもできなかったら、直接聞くかな」

「今、聞かないんだ」

「店を継ぐ者のプライドです」

「それはそれは」素晴らしいと、少し茶化すように言ったアオイに、胸を張るしぐさで返し、カチッと電気ケトルのスイッチが切れたのを聞いて、一度席を立った。

 湧きたての湯を、ティーポットに注ぐと、渋味を連想させる濃い赤茶色のお茶が、みるみる中和されていい具合の赤色になった。

 自分のカップを食器棚から出し、炬燵に戻ると、先に食べていたアオイは、もう食べ終えるところだった。

「お茶足すか?」

と聞くと、お願いしますと、まだ少し中身が残っているマグカップを差し出したので、八分目ぐらいまで注いだ。ありがとうございますと、こくんと頭を下げ、一口すすって今夜の商店街青年部との飲み会の事を聞いてきた。

「今日の飲み会のお店、どこなの?」

「『より道』という、マサさんのパン屋の裏側に新しく出来た店らしい」

海人うみんちゅじゃないんだ」

「あそこは昨日から改装に入っちゃって、次回オープンまで3ヶ月位かかるってさ」

「海ぶどう食べられると思ったのに……」

「しばらくは我慢だな。ああ、でも、もしかしたら銀座にある沖縄のアンテナショップへ行けばあるかもしれないよ。今度行ってみようよ」

眼を輝かせて「行く行く」と答えた。

 アオイは、先に食事を終えると、林檎を剥いてくれた。

「はい、これでシーズン最後の林檎」

「ありがとう。もう終わりなの?」

「まだ3個あるけど、柔らかくなっちゃったから、そのまま食べるには美味しくないんだよね。明日お休みだし、アップルパイにするよ」

「それは楽しみだ」

 アオイの実家は林檎農家だ。毎年秋から春先まで、何度も林檎を送ってくれて、とてもありがたく頂いている。産直の林檎はシャリシャリした食感で、みずみずしくて本当に味が良い。初めて彼の実家の林檎を食べたとき、林檎ってこんなに美味しいんだと思ったほどだった。

 そんな林檎も、今シーズン終わり。秋が待ち遠しくなった。

 アオイが作るアップルパイは、煮た林檎とパイ生地だけで作る、シンプルなものだ。祖母達からも好評で、お店で出さないかと言われているが、きっちり量るのはめんどくさいし、それ故味が安定しないから遠慮しますと言って、拒否している。味が安定しないとは言うが、美味しいことにかわりはない。

「材料は足りそうなの?」

「多分、大丈夫じゃないかな。小麦粉はこの前買ったばかりだし、お砂糖もあるでしょ。バターは……」

それまで隣で林檎を食べていたアオイだったが、バターの在庫量が気になって冷蔵庫に向かい、量を確認すると、微妙だなぁと呟いた。

「足りそうな、足りなさそうな。

 今からスーパーまで自転車とばしたら、休憩時間過ぎちゃうな」

「少しくらい遅れても大丈夫だよ。じいちゃんには話しておくから。行っておいでよ。

お皿は、これ食べ終えたら一緒に洗っておくから」

いいの?と言ってニッと口角を上げ、こちらを見たので、大きく頷くと、いつも買い物に持っていく小さな手提げに財布を入れて、いってきますと、急いで階段を降りていった。こちらのいってらっしゃいの声は聞こえていたのかどうか。

 そんな一連の様子が、可愛く思えた。


 昼下り、店は穏やかに時間が流れていく。

 友達グループで他愛のない会話に花が咲いたり、一人読書にふけったり、参考書やノートを広げて勉強したり。自然と、僕らの動きも気持ちゆっくりになる。

 厨房では、閉店時間が近づくにつれ、祖父がいつもどおりぴかぴかに中を磨き上げ、僕らはホールの方を整頓する。

 今日最後のお客さんを見送ると、表に出していた黒板のメニューを店内にしまい、店の扉の表に『close』の札を下げ、アオイと二人で一気に掃除を開始した。


 一通り終わり、お疲れさまでしたと、二人で二階へ向かう際、祖父は飲み会ヘ行く僕らに「飲みすぎんなよ」と言って、隣の自宅へ帰っていった。

 準備していると、パン屋のマサさんから《先に始めてるよ》と、メッセージが届いた。これから出る旨を返信して外へ出ると、先に出ていたアオイは空を見上げていた。

「北斗七星が昇ってきたよ。春だね」

「ホクトシチセイ……なんだっけ、それ」

「星座だよ。おおぐま座の背中の部分。七つの星が、柄杓の形のように並んでいるんだよ。学校で習ったでしょう」

「……忘れました」

もう、と呆れ顔をしたアオイ。彼は星が好きだ。以前、一番好きな星座はという問いに、星座ではないが、シリウスが一番好きだと、答えていた。

「シリウスは見えてるの?」

「見えてないよ。あれは冬の星だから、もうこの時期は見えないんだ」

と、少し寂しそうに答えた。

「冬まで見れないけど、それまでに色々な流星群等の天体ショーがあるから、そちらを楽しむよ」

「流星群か。願い事、考えておかないとだな」

そういった僕に対し、彼は笑いながらも「そうだね」と言った。

 春とはいえ、夜はまだ肌寒い。そんな中を、僕らは居酒屋『より道』ヘ急いで向かった。






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