95 夏服
城内広場を箒で掃いていると、たまに吹く強めの風が袖から出た腕、そして髪から解放された首元を通る。
本日は念願の夏服。
長袖は半袖に、首元もいつもの詰襟から、大きく開いたものへと変えて貰っている。髪も金属で作った簪で纏め上げているので、それだけでもかなりさっぱりしていてとても涼しい。
ファンタジー水で紫外線を通さない日焼け止めを作ってしまえば、こんな露出でも全然平気。
そんな制服夏仕様。夏服を着ているのはひ弱な私だけなので、制服と呼ぶのもあれだけど…。連日の暑さに耐えかねて、リリーさんの部署へ応援に行った際、夏仕様の制服をお願いしてリリーさんと一緒に作って来た。
新しく作ったと言っても、変わったのはワンピースの首元が空いた事と、半袖になったくらいではあるものの、それだけでも長袖詰襟よりは幾らもマシ。
そんな夏服を作ってくれたリリーさんの服の作り方は独特で、針も使わず指に絡めた糸を操るように生地を縫う。
そして生地もリリーさんが糸から織り上げた生地なのだから、凄いの一言だ。
リリーさんの元で私が出来るお仕事は、私には生地が硬くて縫えなかったりするので、素材の品質を上げたり柄物を作ったり、製造の魔法を込めたりするのが主な作業。
以前作った刺繍柄のハンカチを見たリリーさんが、そんな簡単に刺繍してずるい!と言っていたので、言われた所に入れますよ、と言ってハグされてから、柄物を作るのは私のお仕事。
そうやって色んな作業を一緒にしていると、話に花が咲いて、色々なデザインやパターンなんかを作ったり、制服以外の私服も作っていこうと盛り上がったりしたけれど、普段着ているのは主に制服。
私服と言っても、着る機会がないので制服以外で作って貰ったものと言えば寝間着くらい。
そんな寝間着はスベスベ布の肌触りがとてもよく、その上可愛い寝間着なので、可愛い服にはやはりテンションが上がる。
とは言っても、制服以外を着る気は余りない。
別に性能さえしっかりしてれば、デザインは制服でなくてもいいのだけれど、制服があると何を着たらいいのか悩む必要がなくて楽だし、制服自体に文句もない。
ただ、今の制服はロングベストの下にロングワンピース。その裾はボリュームのあるフレアスカートで、そして更にその下には膝丈のブーツ……防御は硬いが熱さも凄い…。
そんな感じで、いつもの制服は私にとって物凄く暑く、本当はスカート部分を少しだけでも短くしたかったのだけど、そこは魔王様に破廉恥を貰いそうって事で却下になった。
なので足元は暑いまま。
ちょいちょいお掃除魔法でさっぱりはしているけれど、それでも暑い。蒸れる…。
私の制服は白かったり茶色かったりするけれど、お城の皆の制服は基本黒。
黒獅子と呼ばれる魔物の素材で作られているから黒いんだろうけど、皆あんな熱を吸収する真っ黒装備で暑くないんだろうか……やはりそこも強さの違いか。
そんな事を考えながら、夏の日差しに濃い影を落としている広場を掃いていると、門の向こうにお城に向かって歩いて来る知ってる制服が見えた。
あれは軍の人の制服だ。
でも知らない人だし、ガルさんやロロさんとは少しだけ服のデザインが違うので、観察するように近付いて来るその人達を眺めていたら、いきなり視界が奪われて布に包まれた。
その上抱えられたのか、足が浮いて一気に焦る。
ひっ人攫い!?
「えっ!?やだ!お金も何も持ってません!!」
包まれる布の中でバタバタ暴れていると、外から知った声が焦ったように宥めて来た。
「ゆっユリエ!暴れては…わっ私だ!」
「え………魔王様?」
人攫いかと布越しに暴れてみたが、魔王様の声がして落ち着いてみると、確かに魔王様の匂いがする。
魔王様ならとりあえず、と大人しくしていると、足の下に石畳の感触がして、布が解かれた目の前には私から取り去ったマントで顔を隠している魔王様が居た。
何が起こった?と眉を寄せて首を傾げているそこは、場所も城内広場から屋上へと移動している。
転移は禁止らしいけど、魔王様もレイ君も結構使っているな。と頭に過ぎるが今はそこではない。
「あの、魔王様?何で急に移動したんですか?」
「…そ、その、人が、来たので…」
「?」
え、分からない。
何で人が来たら転移までして移動する必要が?それも軍の人だし、別に危ない事はないと思うのだけど…。
そう私は更に首を傾げるけれど、マントで視界を隠している魔王様には見えていないんだろう。
そこに居るだけで何の返答も貰えない。
「何で人が来たら移動するんですか?」
「………エの……よう……た…他の………せ……ない」
「ん? 魔王様、全然聞こえない」
魔王様が余りにもボソボソ話すので、何を言ったのか全然聞き取れなくて、ちゃんと言って、とお願いすると、マントを強く握った魔王様はそのマントを顔に押し付けて、さっきの言葉をしっかり叫んだ。
「ゆっユリエのそのような姿!他の者に見せたくない!!」
「…………?」
そのような……どのような?
自分の姿を見下ろしてみるけれど、いつもの制服………の、夏仕様。
「あ、あの…もしかして、半袖は駄目でした?」
「くっ首も…そのように、ひらいた物…しかも、髪まで結い上げて……っ」
「え、あ、す、すいません……暑かったので…」
まさかの夏仕様が破廉恥案件。
魔王様はまだマントに埋もれている。夏仕様が破廉恥状態で見られないのかも知れない……。
いや、言わんとする事は分かる……分かる?分かろうと思う。
でも、暑いのだ。夏なのだ。
太陽は地上を焼くように輝いているし、基本石造りのお城も焼けた石畳からも熱気が凄い。
確かにお城の中は快適だけど、一歩外に出たらそこはしっかり真夏。
そしていつもの制服は詰襟長袖、ベストもロングでその下には結構なボリュームのロングスカート。
倒れてやろうかってくらい、すんごい暑いのだ。
確かに魔法が効かないとかの効果があるから、肌の露出が少ないのは分かるんだけど、夏だけは勘弁して貰えないだろうか…。
「でも…だって暑い……」
「…し…城から出なければよい」
「お外には掃除もしに行くし、お野菜も見に行きたいし……」
「…し、しかし」
そう言って、マントから真っ赤な顔の困った魔王様がこちらを覗いて、またマントに埋まる。
けれど、マントを引っ掛けた片手を伸ばして私の手を取り、少しだけ引き寄せた。
涼しい。
確かに魔王様の側は涼しい。
汗が引くのも分かるし、浄化の魔法が入ってる感じで、冷房とは違って涼しいだけじゃなくとても快適。
そして、これで妥協して下さいって事なんだろう。
「確かに魔王様の側にずっと居るなら平気ですけど…魔王様、仕事で出ますよね?ずっと側に居るのは無理ですよね?」
「……しかし、見せたくない」
「それは……」
魔王様の独占欲は結構強い。そしてそれが嫌ではないから困る。
困るし、地味に照れる。
小さく息を吐いて、マントを広げて魔王様に抱き着くと、背中に回った腕は少しだけ強めに抱き寄せてくる。
「私のだと示す契約印があったとしても、ユリエのそのような姿を見られるのは嫌かも知れない…」
「なるほど」
「自分がこんなにも我の強い者だとは思っていなかった」
「新たな発見ですね」
「…こんな私を嫌にならないで欲しい」
「ならないですよ」
私を捕える強さが強めの時は、魔王様に不安が多い時。そんな不安な内容を聞きながら、不安を吐き出す背を撫でていると、私を捕える力が少しだけ強まった。
「私だって…ちゃんと見る事が出来ないのに……」
そこ?
と、私が笑うと、また捕える強さが少し上がる。
これ以上は折れる。
少し苦しくて魔王様の背中を軽く叩くと、腕の力は緩くなるけれど、やはり離す気はないらしい。
かわいい。
男性にかわいいと言っては失礼かもしれないけれど、そう思うのだから仕方ない。
折角作ってくれたリリーさんには謝らないといけないけれど、こんな魔王様に私は弱い。
「分かりました。髪も服も戻します」
「しかし、ユリエに無理をさせるのも嫌だ」
「無理はしてないですよ?そりゃあ多少は暑いですけど、日除けとお掃除魔法があればまぁ何とかって感じなので」
「……本当に?」
不安そうにまた腕の力を強める魔王様の背を抱きしめて、その腕に体を預けるととても心地いい。
「魔王様に独占されるのは心地いいので、それで良しとします」
思った事をそのまま言葉にすると、私を捕えていた腕が狼狽えるように緩まり、涼しかった感じが消えてじわじわと夏の温度が戻って来る。
それでも離さない魔王様の上がった体温と共に、夏が主張して物凄く暑いのだけど、自分だって暑いだろう魔王様は困った事に離れる気は全くないらしい。
「魔王様…暑い」
「すっ…すまないっ…う、上手く、魔法が…」
慌てながらそう返した魔王様はそれでも全く離す事はしないので、何だか面白くなって来てマントに埋もれながら声を出して笑っていると「確かに暑い」と言って魔王様も笑った。
こんな夏もいいかも知れない。




