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76 幸せの形

 

「ユリエは、見たのだな……」


 私と魔王様の間にある布団がその形に馴染む頃、私の胸元の布団に頬を預ける魔王様が、静かにそう呟いた。


「魔王様、小さかったですね」

「…あの時、もう二度と誰にも触れてはいけないと思った…」

「…はい」

「けれど、ずっと…その温もりを忘れる事はできなかった…望んではいけなかったのに…」


 布の擦れる音がして、魔王様の腕が布団を介して私の腰に回る。


「ユリエ、私はユリエを失いたくない。それ以上は求めてはいけない。なのに…」


 少し強くなった腕が引き寄せるように距離を縮め、言葉を詰まらせた魔王様の頬が擦るに合わせて布団が動く。


「ユリエ、あの時、私の両親を見ただろうか…」

「優しそうなお二人でしたね」

「…今は、精霊国で、傷ついた魔力回路を維持し続けている」

「ああ、だからお城に居なかったんですね」

「魔国は魔素の乱れが多い。精霊国には魔素の乱れがないのだ…しかし……」


 頭を埋めるように沈めた魔王様が、その気持ちを整えるように息を吐く。


「維持するにも、限界がある…」

「…魔王様、もしかして私に遠慮してますか?」

「……」


 その答えを言い難かったのか、魔王様は黙って私を捕える力を強めた。


「……求めてばかりいては、嫌われるかも知れないと思った…。それに、話す勇気がなかった…」


 言い辛そうに、そう言葉にした魔王様は絶対に離さない意思を腕に込める。

 少し苦しかったので、ちょっと苦しい、と魔王様の背中を撫でると、少し力は弱まったけれど離す気はないらしい。


 失いたくない、嫌われたくない、だから求めてはいけない、でも求めている願いがある。

 それはきっと、ご両親の事だ。


 魔王様はファンタジー水で野菜やロイ君が治ったのを見て、同じく両親も治す事ができると思い到ったんだろう。

 私に求めたいのは両親を治して欲しいと言う願い。でも求められなかった。それを伝えるのには勇気が要って、そして私を失うかも知れないと思ったから。


 ああ、だから…。

 野菜を見てた時から少し様子がおかしかったのも、ロイ君が治ったと聞いた時上手く喜べなかったのもそのためか。

 そう分かると、昨日の事がストンと納得できた。

 そして少し、溜息が出た。


「魔王様?」

「…何だろうか」

「私達、婚約してるんですよね?」

「う、うむ」

「なら、このままいけば、将来は結婚して下さるんですよね?」

「したい。今すぐにでも」


 そこは強い意思を込めた即答で返す。そんな魔王様がとてもかわいい。

 その愛しさに背中を撫でて、布団に隠された頭に頬擦りをする。


「なら、魔王様のご両親は、将来私の両親になるんですよね?」

「そ、そうなる」

「昨日も言いましたが、私は両親が助かるなら迷わず魔法を使います。魔王様も、魔王様のご両親も、私の大切な人です。頼まれなくても治します」


 そう私がはっきり告げると、布団の向こう側から遠慮がちな、それでも嬉しそうな「うむ」と言う返事が小さく聞こえた。


「なので遠慮はやめて下さい。寂しいので」


 苦笑する私の言葉に、一拍置いて魔王様の腕がまた強くなる。

 少し苦しいけれど、今は我慢。


 私の形を知る範囲を増やすように、背中に回った魔王様の手が少し指を立てて、頬を乗せた頭がもがくように強く埋まる。


「ユリエ。ユリエが欲しい。全部欲しい。もっと欲しい。でもどうしていいか分からない…。胸が潰れそうで苦しい」

「それは困りましたね。今これ以上どうあげていいのか分かりませんし」

「…ユリエ、ずっと側に居て欲しい」

「居ますよ。ずっと」

「それも約束して欲しい」

「はい。約束です」


 そんな遠慮をやめた可愛いお願いに、私が少し声を漏らして笑うと魔王様の腕に力が入る。

 すいません、と拗ねたような背中を撫でると、魔王様が少し離れた。


 魔王様が離れた事によって、私と魔王様に挟まれていた布団が落ちて、私の腰に手を添えている魔王様の腕で泊まる。

 胸の辺りが涼しくなって、同時に少しだけ温もりが足りない気がした。


 そんな私の前に現れた魔王様は、私を見てとても嬉しそうに微笑んでいる。


「ユリエ、……ありがとう」


 言い尽くせない何かを探した後、ありがとう、と言葉にした魔王様が穏やかに笑って、腕にある布団で私を覆うように抱きしめた。


 布団は間にあるけれど、魔王様から形を与えられるのはこれが初めて。

 それが何だかとても嬉しくて、私は目を閉じてその胸に頬を預けた。









 そのまましばらくその状態で、私は【死の泉】の魔素水を介して魔王様を治す為の方法を伝えた。


 皆も色々考えてくれた事、ロイ君が体を張ってくれた事、この可能性に行き着けたのは、お城の皆が居てくれたからだとしっかり話した。


 魔王様は私を少し離して、驚いた顔で私を見詰めた後、布団越しにもう一度抱き着いて、そのまま嬉しそうに立ち上がり、私を抱えて笑いながらベッドの上で盛大に回る。

 ベッドから落ちそうになったので怖いと悲鳴を上げると、一応下ろしてはくれたけれど、まだ少し落ち着きのない、それでいてとても嬉しそうな魔王様が、キラキラと美しく輝くような笑顔で私を見て、もう一度しっかりと抱きしめた。


 うん、嬉しいが一杯で忙しそう。

 だけどとても幸せ。


「皆、頑張ってくれてますよ」

「ああ」

「まだやる事が沢山ありますけど、私達も頑張りましょうね」

「そうだな」

「ロイ君は、怒らないであげて下さいね」

「分かっている…むしろ、礼を言わねばならない」


 それに、と言葉を切った魔王様は、抱きしめた私に頬擦りするように布を擦らせて言葉を繋げる。


「【死の泉】にも感謝をせねばならない…私にユリエをくれた。こんなに沢山の幸せをくれた…。きっとこれ以上はない程に。これでは溺れてしまいそうだ…」

「これから幸せがもっと増えたら、魔王様は大変になりそうですね」

「ふふ…何と贅沢な悩みか」


 そんな幸せを堪能していると、日はしっかりと昇りきり、そろそろお腹がすきますね、と言う事で、外に出る準備しましょうと魔王様に告げると、幸せそうに笑っている魔王様は頷いて、少しだけ惜しそうに布団と私から離れた。


 とりあえず顔を洗って歯を磨いて、と考えていると、魔王様がサラッと自分に浄化の魔法を掛けている。


「あ、ずるい」

「ユリエにも掛けようか?」

「お願いします」


 頷いたはいいものの、浄化。

 悪い事をしていたつもりはないけれど、浄化と聞くと、悪しき者は消えてしまうイメージがある。

 これで自分が消えたらどうしようとか、結構雑念持ってるよねとか、ちょっと心配にはなったものの、いざ魔王様があおぐように手を動かすと、何やら足の先から頭の先まで一気に清涼感に包まれた。


 少しだけ体が光ったように思ったけれど、そう思った頃には光は消えていて、そして光が消える頃には体中が物凄くスッキリしている。

 因みに、服もスッキリした感じになった。


 確かにこれなら歯磨きも洗顔も、何ならお風呂も要らないし、服に関しても洗濯要らないかな。とは思うけれど、衣服に関しては[洗濯]魔法様には少し及ばない感じ。

 やはり洗濯は必須である。


 そして正直羨ましい。

 何だこの一瞬で準備完了みたいな完璧感。さすがチートな魔王様である。


「いいなぁこの魔法。魔王様これファンタジー水に入れて欲しいです」

「分かった。後でやってみよう」

「代わりに私の魔法入れたやつ渡しますね」

「それは楽しみだ」


 そんな和やかな会話をしながら、魔王様の部屋を出て少し廊下を歩くとエントランスが見えて来る。


 そこにはお城の全員が集まっていた。






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