72 暗闇
ロイ君を私と魔王様の目の前のソファーへ案内したレイ君は、皆に揺れた事はもう大丈夫だと伝えに走って行った。
そして、私と魔王様が座っている前には、とても綺麗な姿勢で膝に手を乗せているロイ君が、真っ直ぐにこちらを向いている。
「ロイ、それで、その目はどうしたのだ。魔力も。魔力回路が治った…のか?」
「はい。ユリエ様に治して頂きました」
「…そ、そうか…」
昨夜と同じく、笑顔の中に何かを隠したような魔王様は、何とも言えない顔で息を吐き、考えを纏めるように口を閉じる。
そして悩むような、そんな表情になった魔王様は、ロイ君に向かってやはり複雑な笑顔で笑う。
「治って、良かった」
「……魔王様。ご存知でしょうが、僕らには精霊の血が入っております。そして今は、魔力回路が治ったので魔力がとてもよく分かるのです。特に今は、目を閉じているので、魔王様の発する魔力が手に取るように分かる。 主に、感情が」
「……何を」
魔王様に少しの緊張が走る。
私がどうしたの?と言葉を挟む間もなく、小さな息を吐いたロイ君は言葉を続けた。
「……そうですね…あまり、そう、あまり羨ましがられると気まずいので、羨ましいなら羨ましいと言って頂いた方がマシです。ですので、余り思い詰められると、困ります」
「……。だが、治って良かったと思っているのは本当だ」
ロイ君の返答に、苦笑を浮かべた魔王様にロイ君は一言「分かっております」と柔らかく笑う。
笑顔ではあるけれど言葉は途切れ、どことなく緊張を残したままの空気に、私がどうしていいのか分からずに言葉を探していると、そんな空気はレイ君のとても元気な声にかき消された。
「ご飯持って来ましたよー!」
助けが来たかのように思わず振り向くと、そこには自分と同じくらいの大きなワゴンに4人分の料理を乗せ、それを片腕で持ち上げてニコニコ階段を上がって来るレイ君の姿がある。
小さい体で力持ち。魔族ってみんなこうなのかな…。
私はそんな光景に呆気に取られてしまい、結局さっきの空気の意味を考える間もなく、そのまま晩ご飯に突入してしまった。
魔王様の部屋には椅子が二つしかないので、晩ご飯はこのままエントランスで食べる事になったのだけど、そんな状況に1人、屈辱に埋もれている人がいる。
ロイ君だ。
「はい、ロイ、あーん」
「…屈辱です…っ」
自分で食べると言ったロイ君が、一度サイコロステーキを刺すのに失敗したのをレイ君にしっかり見られ、見えないから失敗するのだとフォークを取り上げられて、今は食べさせて貰う度に屈辱に埋もれている。
「それで、何故ロイは目を隠している?」
そんな微笑ましいと言っていいのか悩む光景を見ながら、既にご飯を食べ終わってお茶を飲んでいる魔王様が不思議そうに尋ねると、ロイ君に餌付けの終わったレイ君が、とても良い笑顔になってロイ君が更なる屈辱に震える。
「ロイは魔力回路が治って見たがりさんになったので、勝手に【魔眼】が発動しちゃうから隠してるらしいです」
「ああ、なるほど。見え過ぎるのか」
「……はい」
「【魔眼】は知るための物だ。ロイ、風景と情報を知る事を同じ目で見てはいけない。知ろうと思えば魔力が流れる。魔力を使わずに見るのだ」
魔王様がそう説明すると、ロイ君は目を覆っていた布を外し、ゆっくりと目を開けて、少しして顔を顰めて目を閉じた。
「…申し訳ありません魔王様。やはり少し見え過ぎるので、結界を張って頂いても宜しいでしょうか」
「結界を?」
「はい。ユリエ様とレイにお願い致します。人の情報はとても多いので、まだ少し慣れません」
「分かった」
少し下がって、とロイ君に言われ、私とレイ君はソファーから離れて魔王様の部屋へ続く廊下から、エントランスに向かい合って立った魔王様とロイ君を見ている。
そんなロイ君が、まるで謝罪するかのように、私に向かってゆっくりと頭を下げた。
私がその意味を捉えられず首を傾げると、ロイ君は申し訳なさそうに笑って魔王様へ向き直る。
今の行動に、何の意味があったんだろう。そう考えていると魔王様の声がロイ君を呼ぶ。
「ロイ、もうよいぞ」
結界を張ったらしい魔王様がそう言うと、ロイ君はゆっくり目を開けて魔王様をじっと見る。
そして、少し泣きそうな、愛おしそうな笑顔で魔王様に笑って、そっと手を差し出した。
「魔王様…。このまま、そのようにお悩みになっては魔力回路が更に乱れます。どうぞユリエ様に知って頂いて下さい。そして、このような方法しか持たず、恩を仇で返す事、大変申し訳ございません……」
そう言ったロイ君が魔王様に向けて差し出していた小さな手の平の上には、氷で作られた小鳥が乗っている。
一瞬。ほんの一瞬だけ見えた魔王様の顔には、何の表情もなかったように思う。
本当に、何も。
全てが抜け落ちたような、そんな魔王様の顔を見た次の瞬間には、私は暗闇の中に立っていた。
「見えない…」
本当に暗いと言うのは、どれだけ目を凝らしても自分の存在すら見えない。
近ければ見えるかと目の前に手を持って来ても見えない。それどころか、本当に自分の手がそこにあるのか分からなくなる。
普通に怖い。
「誰かいませんか~魔王様~レイ君~ロイ君~」
そう呼んでみても暗闇からの返答はない。
ヤバイ。これどうしたらいいの?
けど、多分、よく分からないけど、これは何かの魔法かなんかだろう。
急に暗闇になって、隣に居たレイ君が消えるなんてそれしか考えられない。
そしてさっき一瞬見えた魔王様は、とても嫌な感じがした…。側に居なければいけない…そう強くそう思わせる程に不安定な……不安定。そう言えば魔王様、今日ずっと不安定だったよね…。
何かそれに関係あるんだろうか…。
ともかく、どうにかして魔王様の所へ行かなくては。
と言っても、どうしたらいいんだろう……魔法?
私の持ってる魔法で何か使えそうなのあっただろうか…暗闇を抜けるような……いや、違うな。これリアルで暗い訳ではないだろうし…。
いや、暗いけど。
ロイ君が謝るような何かをして、魔王様が不安定になったから起こった事だとしたら、[整理]辺りでどうにかならないかな…。
「…いや、とりあえず、全部全力で使う感じでやってみる?」
そう思って魔法を使った瞬間、身体が傾くようなふらつきを覚えて慌てて使うのを止める。
けれど脱力するような感覚はなくならず、少しの吐き気が胸の下に燻る。
「え…これ、もしかして魔力の使い過ぎ……?」
少し魔法を使ったつもりが、一気に魔力を持って行かれた感じがして、慌てて[貯金]に入れていたファンタジー水を出す。
その水瓶の淵を手に持って現れるよう意識すると、ちゃんと出て来た感覚が伝わって来て、暗闇の中で自分以外の存在にとても安心感を覚えた。
「水瓶の存在に安心するとは思わなかった…」
そうぼやきながら、水瓶からファンタジー水を掬って飲むと、さっきの吐き気が嘘のように治まった。
さすがファンタジー水である。
「魔法は使えてる気がする。でも消費が凄いな…どこに持っていかれてるんだろう…」
見回しても暗闇しかないけれど、とりあえず魔法は使えているなら何かしらの反応が返ってきそうな気がするし、ファンタジー水もまだある。
もう少し頑張ってみようかと魔法を使ってはファンタジー水を飲んでいると、少し遠くに漏れたような細い光が現れた。
その光はまるで扉から光が漏れたように、縦に細く光っている。
私はファンタジー水を収納して、その細く見えている光を目指した。
なんか、光に向かって歩くのは懐かしい。
少しこの世界に来た時の事を思い出した。
あの時も、私は光に向かって魔王様に出会ったのだ。




