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70 見え過ぎ

 ロイ君に魔法を使ってみてよく分かった。

 魔力回路を乱すイメージの元を探る間にも、魔力をかなり消費する。


 今回は私の魔力量で足りたから良かったものの、魔王様相手だと、探るだけでも私の魔力だけでは絶対に足りない。

 そうなると、ファンタジー水ってどれくらい必要なんだろう…。


 魔王様に触って確かめられたら一番早いのだけど、触れないから困ってる訳で…。せめて、服越しにでも触れられたら分かると思うんだけどなぁ……。


 そこまで考えて、書類を片付けながらも思わず唸る。


 触らせては、くれないだろうなぁ………。


 いや、でも、自分の魔法で魔力回路を治せる事はしっかり分かった。私が頑張れれば魔王様相手でもきっと治せる。

 ロイ君には感謝しかない。ロイ君が頑張ってくれなかったら失敗してたかも知れないし…その可能性はとても高かっただろう。


 眠っている2人を見ると、穏やかな寝息をたてていて頬が緩む。


 頑張ろう。魔王様治すファンタジー水作って、魔力制御の練習して、しっかりと準備を整えて。魔王様が自分に抱いてるネガティブなイメージを拭い去る間にも、やるべき事は沢山ある。


 もし魔王様が自分を拒絶していたら、ロイ君の時みたいにきっと魔法は入らない。


 だから、魔王様の抱く問題は出来るだけ全部解決して、それからじゃないといくら魔素水があっても足りないし、私も魔法をどれだけ長く使っていられるか分からない。

 昨日ファンタジー水作ってた時ですら限界は来たんだ。ジギーさんも言っていたけど、長く魔法を使い続ける事は難しい。


 うん。どの道時間が必要だ。

 落ち着いて、焦らず、地道に頑張ろう。


 そう考えを纏めると同時に、片付け終わった書類を執務机の端に置く。


 部屋にあった大量の書類が薄い束になった事に満足感を覚えながら、2人を起こさないよう静かに部屋を掃除して、綺麗になったその部屋で私はぼんやり窓の外を眺めていた。


 やはり、土壌開発より品種改良ではないだろうか。


 そうぼんやり考えてしまうのは魔国の事。

 魔王様の問題を解決するにも時間が掛かるだろうし、その準備をする間にでも、やれる事は他にも色々あるんじゃないだろうか。


 私に出来る事も、手が届く範囲も大きくはない。

 頑張って体を鍛えたとしても、この国で当たり前に求められる魔物と戦う事は無理だろう。

 ならそれは出来る人に任せて、私は違う方面で頑張るしかない。


 その一端として、魔国の土で育つ野菜を作りたい。

 上手く魔法を使えば作れそうな気がするのだ。


 この相談は食品を扱うヨウグさんだろうか、それとも物作りのジギーさんだろうか。植物の事ならプリシラさんだろうか……エルフって植物に強そうなイメージがあるし、ハイが付くなら何か凄そう。


 そんな事を考えていると、寝ている2人の方から布の擦れる音がしたので眺めていた窓から視線を移すと、先に起きたレイ君が私を見付け、耐えるように口を結んで、飛び込むように私に向かって突っ込んで来た。


 ロイ君が寝ている為か、無言の腹タックル。


 少し声が出そうになったけれど、しっかり耐えて私のお腹を涙で濡らしているレイ君が落ち着くように、そのフワフワのオレンジの髪をよしよし撫でる。


「目、腫れそうだね」


 私が小声でそう言うと、お腹から、もう腫れてます、と返って来た。

 プリシラさんの所に行けば治るだろうか。


「お昼、食べ損ないました」

「取りに行ったんじゃなかったの?」

「………ずっと…外にいたので……」

「あー…」


 どうやらレイ君は、ロイ君が何か企んでいるんじゃないかと気付いていたらしく、すこし外で聞き耳を立てていた所、今度は入るタイミングが分からなくなり、かと言ってお昼を取りに離れる事もできないまま、ずっと外にいたのだとか。


「でもお昼貰って来てたらきっと冷めてたし、今食べたら晩ご飯入らなくなってただろうし、良かったんじゃない?」

「そこですか?」

「だって後1・2時間で夜の鐘が鳴ると思うよ?」


 そう小声で話す私達の横で、ロイ君が微かに動いた事に視線を揃えると、そんなロイ君が薄く目を開けて、そして顔を思いっきり顰めた。


「おはよう?ロイ君?」

「ロイ、どうしたの?どこかおかしいの?」


 ロイ君のしかめっ面に、私達が再び心配を呼び起こされて見守る中、ロイ君はその少し開けていた両目を小さな両手の指で隠した。


「………とぅしい」


「え?」

「何?聞こえないよ」


 ロイ君は目を隠したままむくりと起き上がり、ソファーに座り直す。そして指の隙間からチラリとこちらを覗いて、またすぐに指を閉じた。


「……レイ、何か布持ってないですか」

「え?…取ってくる?」

「お願い。目に巻けるやつがいい」


 うん、と頷いてレイ君は困惑しながらも走って行って、私は何か魔法をしくじったのかとロイ君を心配そうに見ていると、ロイ君はまたチラリとこちらを覗いてすぐに指を閉じる。


「心配はいりません。僕はとても良好です」

「いや、目、どうしたの?」

「見え過ぎるので…」

「見え過ぎるって…景色が?」


 するとロイ君が、少し考えてから言葉を続ける。


「情報です。僕は【魔眼】持ちなので」

「もしかして、制御でき「違います」


 ないの?と私の気持ちが傾く前に、ロイ君から待ったがかかる。


 じゃあ何故目を隠しているのか…。


 そんな疑問が飛ぶ中に、急いで戻って来たレイ君が黒い帯のような布を片手に入って来て、受け取ったロイ君がそれをしっかり閉じた目に巻いた。


 目隠しをした事で落ち着いたのか、ロイ君は大きく息を吐いてから、正面のソファー座っているであろう私達に向かう。


「魔力回路に魔力が行き渡り、それがしっかりと落ち着いたのか、とてもよく見えるのです。その、今までぼんやりとしか見えなかった物が、とてもよく見えるので…」

「ので?」

「……見たい、と思ってしまっております」

「あー…」


 レイ君は納得したような声を出したけど、私にはいまいち分からない。

 そう私が首を傾げていると、苦笑するレイ君が説明をくれた。


「ロイは今、見たがりさんになっているので、【魔眼】が発動して情報が沢山入ってくるのが嫌なんだと思います」

「屈辱です」

「なるほど…? じゃあしばらく慣れれば収まりそう?」

「…多分。まさか自分がこんな直情的だとは思ってもみませんでした。浅はかです。失望します」

「いや、見えたら見たくなるのはしょうがないよ」


 私が宥めるようにそう言うと、ロイ君の口が少しへの字になった。


 持って来ていたティーセットで再びお茶を淹れると、2人はとても喜んでくれたけれど、ロイ君の憂いは全く晴れない。


 そりゃそうか。慣れる為には見なければならない。けど、見たら情報がガンガン入って来て大変になる。

 見たいって気持ちが落ち着くまではしょうがないかも知れないけれど、落ち着かせるにはやはり見るしかない訳で…。


 そうお茶をのみながら、そんなロイ君の目隠し状態をどうするかを話し合う。


「見えないの困るよね、生活とか支障あるだろうし」

「あ、レイが面倒見ますよ?当分大きな仕事はなさそうなので」

「屈辱です」

「でもロイ君の仕事は、書類見ないとどうにもならないよね」

「今ある分はユリエ様がほとんど全部やりましたけど、明日からは困りますね」

「屈辱です」


 屈辱にまみれてしまっているロイ君は、目を覆った布からたまに隙間を作っては閉じ、を繰り返している。

 頑張っているけれど、まだ無理なご様子。


「そんなに見えるの?情報」

「はい……。天井や壁、ソファーや床まで。素材の内容や、状態、効果、作られた日時、城に施された構築式まで色々見えます。一気に」

「それは…頭痛くなりそうだね」

「はい。見た瞬間から頭痛がします」

「うわぁ……」


 困ったねぇ、と悩んでいるが、そろそろ晩ご飯の時間になる。

 そして晩御飯は魔王様と一緒に食べると約束しているので、行かなければならないのだけど、このまま放置はどうかと思うし…と考えて思い付いた。


「魔王様も【魔眼】持ってるよね。魔王様に相談するのはどうかな。今晩ご飯一緒に食べる約束してるし」


 その提案に沈黙が落ちた。


 ポカンとした顔で2人が私を見ている。目隠ししてても表情そっくりだ。


「なるほど!ユリエ様さすがです!」

「ちょっと待って下さい。僕、魔王様にお会いするとか、すんなり飲み込めないんですが……」

「先に行って相談してくるよ?多分大丈夫だと思うけど、もしかしてロイ君は魔王様に会いたくない?」

「違います!その…そんな簡単に…会えるのでしょうか…僕が……」


 ロイ君はズボンの裾をギュッと握り、会いたい、会ってもいいのか、自分が会えるのか、そう葛藤しているように見える。

 レイ君は既に何度か会っているけれど、ロイ君はきっと話で聞く事でしか会える事を知らない。

 いざ会うって話になると、そりゃ戸惑うよね…。


「大丈夫だよ?他の人にも今は普通に会って話したりしてるし、まだ一定の距離内に近付くのはやっぱり無理みたいだけど、話すだけなら大丈夫だよ?」

「でも…僕なんかの事で…」

「なんか、じゃないよ?魔王様、優しい人でしょ?」

「……はい」


 少しだけ困惑を残して、けれど嬉しさを隠すように笑ったロイ君に、私は聞いてくるね、と言って席を立った。






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