63 復活
とりあえず、5壺の配分はあちらで頑張って決めて頂くとして、私は今お茶を淹れている。
いつものポットで作る薄い魔素水のお茶に、ファンタジー水を一滴だけ入れた、きっと美味しくなる予定のお茶だ。
もう夜なので、落ち着くようにと金木犀に見た目も香りもそっくりな、微かな甘みを感じる可愛い茶葉で、まったりお茶を淹れて最後に少し蜂蜜を入れる。
淹れる時には『リラックスできますように』と願う事も忘れない。
これで今晩はぐっすり眠れるだろう。
テーブルに座って今日の事を話していたレイ君と魔王様にお茶を出すと、2人はありがとう、と笑ってその香りを楽しんだ後、一口飲んでゆっくり息を吐いて椅子に沈む。
「美味しい~これは最高ですユリエ様。 これからはずっとユリエ様のお茶がいいです」
「うむ、とても落ち着く。私もユリエのお茶がいい」
「じゃあ明日からお茶係させて貰えるように頼んでみますね」
そんな話をしていると、ヨウグさんが一括りに縛られた幾つもの大きな樽を片腕で抱え、もう片手には小さな袋を持って現れた。
山が山を運んで来た。そう見えた。
「おう、お茶作りやってくれるなら有難い。後、俺にもそれ一杯貰えるか?」
器用に床へ樽を下したヨウグさんにお茶を出すと、香りを確かめた後に一口飲んだヨウグさんはニヤリと笑う。
もう覚えた。この笑い方は怖いけれど、「最高」って時の顔だ。
「やっぱり違うもんなんだな。前の茶も美味かったが、美味さが上がってる上に効果がはっきり実感できる。こりゃ落ち着く、とかそんな効果入れたんだろ?」
「そうですね。もう夜なのでゆっくり眠れるかと思って」
「良い選択だが、これ以上遅くなる前にいっちょ仕事しては貰えねぇだろうか。 痛んだ野菜持ってきたんだ。前に言ってたやつ、早速試して貰えねぇかな」
私は強く頷いた。
そう、とても大事な、野菜不足を解消するお野菜復活チャレンジである。
方法は単純。周りの魔素が影響しないようにファンタジー水を一壺まるまる使い、そこに野菜を入れて私が魔法で復活を試みる。
復活させる為には、まず私がこのファンタジー水に魔法を入れなければならないのだけど、何となく緊張する。
魔法をめいっぱい込めればいいだけ。
やり方は十分理解しているのだけど、これがいずれ魔王様の魔力回路を治す時に必要な行程だと思うと、何だか失敗できない気がして緊張する。
そんな私の後ろから、ふわりと落ち着く香りが私に掛かった。
魔王様だ。
心配そうに私を覗き込むその近い瞳と目線が合うと、緊張が覚悟に変わって笑みが浮かぶ。
「ユリエ、疲れているだろう?無理をしてはいけない」
「大丈夫ですよ。元気です。でも、側に居てくれますか?とても安心するので」
「う…うむ、ま、任せて欲しい」
嬉しそうに照れを耐える魔王様を見て、頑張ろう、ではなく、頑張りたいと思える事が素直に嬉しい。
そんな思いと共に水瓶に指先を浸すと、ここにどれだけ魔法が入るのか、どれだけ魔力が要るのかが分かる。
その必要量に、少し眉が寄った。
足りない。全然足りない。
この水瓶を満たす程の魔法を込めるには、私の魔力を全部使っても全然足りない。
これ全部魔法で埋めようと思ったら、自分の魔力の何倍が必要になるんだろうか…。
使おうとしているファンタジー水から魔力を貰いながら魔法を使う?出来るだろうけど、そうすると魔法を込めたファンタジー水が減ってしまう。
今回はお野菜を復活させなければならない。ジギーさん曰く、ゾンビを死体ではなく健康な状態で復活させなくてはならないのだ。
まぁ野菜なので蘇生ではないのだけれど…。
とりあえず、しっかり魔法を込めたファンタジー水がそれなりの量必要なのだし、そしてそれが減るのは困る。
ならば、と私はヨウグさんに視線を向けた。
「ヨウグさん。これ持っててくれますか?なくなったら注いで下さい」
「お…おい、これは…」
そう戸惑いながらもヨウグさんが受け取ってくれたのは、ファンタジー水原液。
私は魔法を込める水瓶とは別のファンタジー水を一壺出して、そこからグラスにファンタジー水を汲んでヨウグさんに渡した。
足りないのなら、別の所から補えばいいのだ。
幸い私は過剰摂取になっても勝手に【生活魔法様】が仕事をしてくれるので、酔ったりもしないし好都合。
けれどヨウグさんは私の後ろに居る魔王様に、大丈夫なのか?と心配に満ちた視線を送っている。
「お…おい、魔王。さっき原液はヤバいって言ってなかったか?俺でもこんな量飲めない事くらい肌で分かるぞ」
「うむ。だがユリエは平気だ。今日もそうやってこれを汲んで来た」
そう、今日はそうやって足りない分を補いながらファンタジー水を汲んで来た。
最初こそ、私がファンタジー水を飲む度に真っ赤になったり量が多くて焦っていた魔王様だが、私がやたら美味しそうに飲むからか、回数を重ねる度に大丈夫なのだと理解して、自分もすんなり飲むようにすらなってくれた。
ファンタジー水を飲みながら魔法を使う工程は、私と魔王様にとっては既に慣れた作業なのである。
そんなやり取りをしていると、ファンタジー水の配分を決めていた3人が一時休戦してこちらを見ている。
魔法は分かるが、どうやら飲むのは気になるらしい。
プリシラさんは見過ぎだけれど……。
「じゃあまず魔法を入れるので、グラスの汲み足しお願いします」
「お…おう…」
まだ戸惑いを残すヨウグさんにそう頼んで、私はファンタジー水に魔法を込める。
『美味しいお野菜に戻りますように』
主に使うのは[洗濯]と[修復]だろうけど、【生活魔法様】でざっくり願いにした方が自分に分かりやすい。
集中して魔法を込め続けるけれど、水瓶の中にまだまだ魔法は満たされない。
そして魔力が半分を切ろうとする頃に、視線は水瓶のファンタジー水に集中させながら、私がヨウグさんに手を出すと、その手にはファンタジー水が満々に入ったグラスが渡される。
そのファンタジー水を一気に煽って飲み干すと、周りから息を呑むような声が聞こえたけれど今はスルーだ。
そしてまた空のグラスが受け取られ、また魔力が半分過ぎる頃に注がれたグラスを受け取る。
そんな工程を何度か繰り返すと、ようやく水瓶の中は魔法で満たされた。
そこそこ単純な魔法だった筈だけど、一気にやるのは少し無理があったかも知れないな…少し疲れた。
しかしながら、やり遂げた満足感に大きく息を吐いて顔を上げたそこには、魔王様以外が青い顔で驚愕を隠さずに私を見ている。
そ、そんな顔をされましても……。
「………。じゃあ…早速、お野菜入れましょうか」
「待って待って流さないで。分かるんだけど。分かるんだけどね!?」
「わ…私にも一口…」
サラッと作業を進めようとした私をジギーさんが手で制し、プリシラさんが物欲しそうに縋って来た。
だから、プリシラさん、その顔は駄目。
でもずっとファンタジー水眺めていても野菜は復活しない訳で。今は好奇心よりお野菜だ。
「気になるなら、ちょっと飲んでみたらいいんじゃないですか?分量さえ守れば害はないものなんですし」
野菜を復活させたい私がそう提案すると、魔力は消費してからにするのだぞ、と注意を付け足した魔王様の言葉で、一瞬真顔になった皆は食堂の窓を開けて夜の中へ勢いよく走って行った。
そして厨房に居た筈の三兄弟も走って行った。
三兄弟、美味しい物、好きだよね。
どうやら皆は魔力を消費してくるらしい。どこまで行くのか知らないけれど、ファンタジー水の効力とか色々気になるのは分かるし、それに美味しいし、飲んでみたいとも思うだろう。
何せファンタジー水に興味のなかったレイ君でさえ、お茶を飲んでファンタジー水を飲んでみたいと思うのだから、やはり美味しいは正義なのだ。
「…じゃあとりあえず、待ってる間にやっちゃいましょうか」
「うむ。しかしユリエ、平気か?随分魔法を使っただろう?疲れているのでは?」
「そこそこ疲れはしましたが、思ったより平気なんですよね」
「やはりユニークスキルの影響だろうか…、それとも魔力回路が強いからだろうか?」
そんな事を話しながら、私と魔王様はせっせと野菜を収納袋から取り出して、お野菜を復活させるファンタジー水に漬けていく。
すると、ファンタジー水の中で一瞬光った野菜は綺麗な姿へ変わっていき、痛んでいると分かりやすく茶色になっていた青物も、形が崩れそうだったニンジンなんかも、復活のファンタジー水に漬けるとしゃきっとしたお野菜に復活を遂げる。
復活に使った分は減っていくのか野菜に吸収されてるのか、少量ではあるけれど少しずつ復活のファンタジー水は減っていくけれど、しっかりその効果は出ているので、さすがファンタジー水だと何故か私が誇らしい気持ちになった。
「本当に戻っている……これは、魔力回路を修復しているのか…? 魔法も凄い威力だが…しかし、これは………」
魔王様はじっとその水瓶を見ている。
とても深く考え事をするように、悩ましそうに眉を寄せているけれど、同じくらい疲れも見える。
「魔王様、大丈夫ですか?疲れてますよね?」
「…大丈夫。少し考え事をしていた。すまない」
そう笑った魔王様の笑顔がいつもとどこか違っていて、やっぱり疲れてるのかな、と心配していると、遠くから轟音が響いて一拍置いたようにビリビリとお城が揺れた。
「……。近所迷惑になりそうですね…」
「あの威力だ、すぐに帰ってくるだろう」
外を見ると一部の夜空が紫色に光っている。
何をしたら空の色が変わるんだろう…。
謎だ。