ハグと記念
厨房組を陥落させた魔王様と一緒に厨房を出ると、食堂に残っていたのはプリシラさんとリリーさんとジギーさん。
出て来たこちらの姿を確認した瞬間、座っていたリリーさんが嬉しそうな顔で立ち上がり、そんなリリーさんに隣に居る魔王様が瞬時に構えた。
ので、私も瞬時にリリーさんを手で制し、「リリーさん勢い!」と言ったそれでリリーさんがハッと気付いて走りそうだった足を止めてくれた。
うん。何か調教師さんの、ステイ!みたいな感じになってしまって微妙だけれど、止まってくれてとりあえずよかった。
ちゃんと我慢したリリーさんの様子に、魔王様が私に一度頷いて、リリー、と呼んだその声にリリーさんがソワソワしていた顔を上げると、やはりそんなリリーさんの前まで足を進めた魔王様が、大きなお礼クッキーを差し出してから「沢山ありがとう」と笑ってハグしたそれに、頬を染めてフルフル震えて耐えていたリリーさんが、耐えきれなかったように声を上げて泣き始め、困った顔で笑う魔王様がそんなリリーさんの背中をヨシヨシ撫でている。
泣いているリリーさんがハグされている姿を見ていたプリシラさんとジギーさんが、そんな様子を唖然と眺めていた視線をゆっくりとこちらに向けたので、覚悟が必要、と言う意思を込めて真面目に頷いておく。
私も貰い泣き上等でハンカチが手放せない。
魔王様がリリーさんを離すと、まだ泣いているリリーさんが私に向かって腕を広げたので、今度は私がリリーさんをハグしてヨシヨシ撫でている間に、プリシラ、と魔王様に呼ばれたプリシラさんが苦笑を浮かべ、覚悟を決めたように立ち上がった。
「泣かせる気だね?」と笑ったプリシラさんに魔王様が「うむ」と笑ってから、差し出したクッキー受け取ったプリシラさんは自ら腕を広げ、そんなプリシラさんを笑っている魔王様がしっかりとハグすると、魔王様の背中を撫でているプリシラさんが嬉しそうな声で「治ってよかった」と言ってから、「手に触れていい?」と尋ねたそれに、穏やかな笑顔の魔王様がハグを解いて両手を差し出すと、一旦クッキーを置いたプリシラさんが微かに触れていいものか迷っているその手で、そっと魔王様の手に触れた。
触れて、きっと治療魔法を使っただろうプリシラさんが、そんな触れている手を見ながら嬉しそうに笑い、
「とても健康…」と言ってから、じわじわと涙が溢れるプリシラさんを魔王様がもう一度ハグして、泣き続けるプリシラさんの背を優しい笑顔で撫でている。
うん。駄目だ。私も貰い泣きが酷い。
悲しい訳じゃないから全然いいんだけど、目が腫れそうでそろそろ低級ポーションが飲みたい感じ。
と思っていたら、私の腕の中でリリーさんが低級ポーション飲んでいた。
分かる。泣きすぎて目が痛いよね。
こちらを躊躇なく泣かせて来る魔王様のハグが終わり、「はぁー…」と涙に震える息を整えているプリシラさんが席に戻ると、次に呼ばれたのはジギーさん。
ジギー、と呼ばれてじっと魔王様を見ていたジギーさんが、何故かグイッとファンタジーマスクを目元まで引き上げる。
え、涙引っ込む。何でマスク伸びたの?ファンタジーマスク、ファンタジー過ぎる……。
「…ジギー?」
「いや、その、さすがに泣くって分かってるんで」
魔王様の疑問形の声にそう返して立ち上がったジギーさんを魔王様が軽く笑って、見えている?と伺った魔王様に、既に震えているジギーさんが頷くと、やはり「沢山ありがとう。あの魔道具は見事だった」と言ってクッキーを差し出したそれを受け取ったジギーさんが、震える呼吸で頑張って息を整えているけれど、魔王様がハグして「ありがとう」と付け足したそれでジギーさんから「うぐ……ッ」と耐えきれないような涙声が聞こえた。
うむ。容赦なく泣かせていくスタイル。
いや、魔王様は泣かせるためにやっている訳ではないのだけれど、何と言うか、魔王様がとても柔らかい雰囲気で、そしてとても嬉しそうにしながらクッキー渡して来るから、どうしても「治ってよかった」が再来するし、ああ、ちゃんと治ったんだなって実感もする訳で、そうなると気持ちが一杯になってしまってやられた方は泣いてしまう。
お城組にとってはその想いはひとしおだろう。
そう頷きながら低級ポーション飲んだ。
目が限界だった。
腕の中でもう一度ポーションを飲んでいるリリーさんが「もう、泣きすぎて困っちゃうわ」とまだ少し目に涙を乗せて笑っているそれに、分かる、と苦笑で頷いていると、ジギーさんを離した魔王様がこちらに向き直って首を傾げた。
「レイとロイ、父上と母上はどこへ行ったのだろうか」
魔王様のその質問に、まだファンタジーマスクで顔を覆っているジギーさんがフラフラと席に戻ってテーブルに頭を預けた後、まだ整わない声で「軍部でぇす」と一言短く言ったそれに魔王様が頷いてから、行く?と私に尋ねたそれにはプリシラさんが止めに入った。
「今はまだ軍部へ行かない方がいい。城もそうだったけど、まだまだ騒いでる。魔王とユリエが行ったらもみくちゃになる」
え、もみくちゃは困る。
この世界のもみくちゃは私にとって圧死レベル。
ではここで待つかと言った魔王様が席に座ったので、私もまだ目の赤いリリーさんを連れて席に着いた。
しかし軍部、もしかして3日前から騒いでる感じ?
お城でも魔王様の追いかけっこを3日夜通しでやってたくらいだから、本当に魔族さんは皆元気だなぁと思う。
そんな事を考えながらお茶を淹れているが、そうだ、と思い出してまだ顔面マスクのジギーさんに声を掛けた。
「そうそうジギーさん。写真が撮れる魔道具ってありますか?」
皆が魔王様に貰ったクッキーを嬉しそうに眺めている中で、唯一マスクに複雑そうなシワを寄せて魔王様クッキーを見ているジギーさんにカメラの事を尋ねると、少し考えてから、ああ、と思い出したように頷いたジギーさんが、マントの中からごそごそ収納袋を沢山出して、どこだったかな…と言いながらカメラを探しているけれど、魔道具…いつも持ち歩いてるんだろうか…。
いや、私も[貯金]の中に食べ物一杯持ち歩いているから人の事は言えないけども。
しばらく収納袋を漁っていたジギーさんが、あった、と言ってちょっと大きめの、昔のポラロイドカメラに似た魔道具を出して来て、ようやくマスクをいつもの位置まで下げたジギーさんが、ちょっと赤い目を見せたその顔は、難しい物を見るように困っている。
「これね、勇者が作った訳ですが、物凄い魔石を食う。その上使った瞬間にはこっちの魔力もそこそこ食う。その割には何かよく分からない感じのが出て来るから、勇者が途中で諦めた魔道具ね」
「え、じゃあ未完成なんですか?」
「そうだね。まぁ、あいつの作る魔道具の類は大抵未完成か、意味がないとか、そんなんばっかりだったんだよね。発想が面白いから作らせてたけど」
そう言いながらカメラのカバーを外し、魔石やフィルムらしい白い紙を入れ替えているジギーさんに、魔王様が完成させられないのかと尋ねると、やはり眉を困らせるジギーさんが難しい顔で溜息を吐いた。
「勇者が作る物は大抵ユニークスキルで作られるんで、俺達がよく分からない部品でも何故か動く。最終的には魔道具として使える状態にはなりますけどね、複製も修理も仕上げも無理なんですよ」
なるほど、と悩んでいる魔王様の隣で、直せない事実で私的に気になるのは、お風呂や空調、水回り等の勇者先輩が残したあの辺りも、壊れたら直せないのかって所。
それは、大変、凄く困る。
「あの、もしかして…水回りとかそう言う所もですか?」
「あ、いや、あれは単純構造だからいける。精密な物になると無理って感じだね。例えば勇者が持ってたスマホとか、ああ言う感じのやつ。よく分からない部品で組み上がってて複製は不可能。発揮される機能も何でその効果が出せるのか分からない。神代の品、世界樹の枝みたいなもんだよね」
「ああ、なるほど、確かに。電子機器が異世界仕様になってるとか、再現するのは厳しそうですもんね」
「あ、でもユリエさんなら[修復]あるから、修理とかは出来る感じ?」
そう魔石を入れ替えたカメラを私に渡してくれたジギーさんに、今度は私が難しい顔になってしまう。
「え、私カメラの修復方法は分からないですよ?」
「そうなの?同じ世界にいたなら出来るんじゃないの?」
「いやいやそんな事はないですよ。そう言うのは専門職の方のお仕事ですし、私は電子機器はどちらかと言うと苦手だったので、出来る気は全くしないですね」
アナログ一択です、と言葉を零してカメラからの景色を覗いている私に、そんなカメラに切り取られた正面でジギーさんが軽く笑った。
「へぇ、ユリエさんにも出来ない事があったんだねぇ」
「むしろ出来ない事だらけですよ」
そう返しながらとりあえずテーブルの上のお茶を撮ってみると、ジギーさんの言った通り、そこそこ魔力を持って行かれたと同時にカメラっぽい「パシャ」って音がして、カメラの下の部分からポラロイドみたいな物が出て来た。
しかし、出て来たのはボヤボヤと全力でピンボケしたような写真で、時間が経てばポラロイドのようにしっかり内容が浮き上がって来るのかと思ったけれど、魔王様とじっと見ながら待っていたそれはそのままだった。
これは、確かに使えない…。
難しい顔になった私と共に、隣にいる魔王様も難しい顔になる。
「空間を切り取っている訳ではないし…絵でもない。どのような原理で景色を紙に留めようとしているのだろうか…」
「うーん…写真の仕組みは全然分からないですね…この場合はインクを使って刷ってる訳でもないし、ポラロイドの場合はフィルムの方が重要なのかな…」
分からないな、と言いながらもカメラに魔力を通して探っていると、[製造]のスキルがやる気を示している事がやんわり分かる。
あ、そうか。その手があった。
魔法で色を出す事が出来るなら、イメージを固める機材があれば、写真みたいな物を製造する事は可能なんじゃないだろうか。
さすが【生活魔法様】と感謝しながら、私が魔王様クッキーをテーブルの上に出して、自分の魔法を意識しながら再びカメラで魔王様クッキーを撮ると、やはりそこそこ魔力を持って行ってから、パシャと言う音と共に写真が出て来たそこには、しっかりと魔王様クッキーが写っていたので「やったー!」と喜んだその写真を見た目の前の3人が、自分達の魔王様クッキーも私にスイッと差し出してくる。
分かっております。撮らせて頂きますとも。
そう頷いて皆の魔王様クッキーも写真に収めては渡しているけれど、これ、地味に疲れる……。
多いと理解できる自分の魔力から、そこそこ減ったと感じる魔力を持って行かれる上、写真を撮る時には結構な集中力が必要だし、スマホのように気軽に写真は撮れなさそう。
これは本当に、趣味にするのも難しいレベルの魔道具だな……。
そう考えていたそこに、厨房組が自分達のも!と言って魔王様クッキーを差し出して来たので、撮らせて頂きますとも!と言ってしっかりと写真を撮った。
そして、そこそこ魔力を持って行く写真を何枚も撮っていると、結構魔力を消費したのでちょっとファンタジー水飲みたいと思ってしまうが、ファンタジー水は魔王様を治すのにほぼ全て使ってしまっているので、現在の手持ちはポーション瓶に移してあった数本のみ。
こうなると、ほいほい飲んでしまうのは勿体ない。
次にファンタジー水を採りに行けるのは、きっとしっかり春になってから。それまではこの数本のファンタジー水でやりくりしなくてはならない。
厨房のお茶を作る時にも使うのだから、こうなると魔力が減って気持ち悪いくらいで使うのは避けたい所だ。
しかし、地味にきつい。そう息を吐いた私にプリシラさんが通常の魔力ポーションを差し出してくれたので、私はそれを受け取って、初めて通常の方法で作られた魔力ポーションを飲んだ。
飲んで、まず一発むせた。
驚く程まずい。
だが一度口を離せば続けて飲めないと思って無理矢理飲んだ。
飲んだのに殆ど魔力が回復しなかった…。
何コレ絶望しかない……。
え、本気で?魔力ポーションってこんな回復しない上にこんなに不味いの?
これは、私がファンタジー水ばかりに回復を求めて来たせいか、それとも魔力量が多い事の弊害なのか、とりあえずこんな不味いの頑張って飲んだのに、魔力が減った吐き気以上に、魔力ポーションの味に対する吐き気がやんわり居座り続けていて結構つらい…。
そんな私を見てプリシラさんが笑っているので、エルフって!って気分になるが、今ある回復方法は魔力ポーションのみなのだから文句は言えない。
お茶を飲んでどうにか口の中の苦味を紛らわせながら、まだなくならない苦味とえぐみに困った顔をしていると、そんな私に苦笑する魔王様が首を傾げた。
「ユリエ、魔力が減って辛いのならば、【魔力譲渡】しようか?」
そんな言葉に、ちょっと驚いてしまったのはしょうがない。
だって、いいの?
無理してない?
そうは思いながらも、おずおずと「お願いします…」と手を差し出すと、その手をそっと握った魔王様から流れて来た魔力は、とても優しくて心地いい。
魔王様を治した時は私が全然諦めなくて、必要に迫られて使ってくれたんだろうけど、今そんな緊急性は全くない。ないけど、使ってくれるそんな魔王様に、やっぱりもう大丈夫なんだと思ってまた泣きそうになってしまう。
人に対しても【魔力譲渡】が出来る。それは本当の意味でも魔王様が大丈夫になった証のように思えて、私が嬉しくて笑ったそれに、魔王様は少し苦笑交じりにも笑顔をくれる。
私の魔力が回復したそこで止まった魔王様の魔力に、涙を耐えて「ありがとうございました」と私が笑うと、うむ、と嬉しそうに頷いた魔王様の前では、また目の前の3人が泣いていた。
そして魔力ポーション1本の消費に伴い、低級ポーション3本が消費される事になったけれど、今日は私も、常備薬として低級ポーションを手元に置いておこうと思う。
何せ頻繁に目がやられてしまう。




