3 死因を知る
魔素が何なのかは分からない。
けれど、どうやら私の飲んだ水は、どんな生き物も分解してしまう。
それだけは分かった。
水際の草が不自然になくなっていたのは、分解されてなくなっていたのか…。確認のために千切って水に流した葉っぱも、光で見えなくなったんじゃなくて、分解されて消えていたのか……。と、今考えなくてもいい事を考えながら、頭は絶賛現実逃避中。
ああ、うん。
いや、異世界に来たり、死の泉とか物騒ではあったけれどファンタジーな泉見たり、若返ったり、浮かぶ超絶イケメンさんに遭遇したり、素晴らしくファンタジーだった。
ありがとう異世界。
さようなら異世界…。
と、覚悟はしたけど何か全然分解されないな…。
まず魔素って何だ。
もしかして私は違う世界から来たから、この世界のそう言う何かしらの効果が効かなかったとか?
いや、でも若返ってるから効いてるのか……。
けどその魔素ってものが私には効かないとか…何か、そんな感じ…なんだろうか……?
「………あの…私はいつ、分解されるんでしょうか…」
「?? いつ、とは? お前の魔力は多いが安定しているのだから問題ないだろう?」
「魔力……?…??」
私がそう首を傾げると、イケメンさんは物凄く怪訝な顔になり、悩みながらも私に合わせるように地べたに胡坐をかいて座り、難しいままの顔を上げる。
「魔素は、分かるか」
「いえ……」
「……魔素は、魔力の元だ。濃い薄いはあれど、魔素のない場所はない。理解したか?」
「はい」
こちらが理解しているかを確かめながら、どこの誰とも分からない私に向き合って、ゆっくりとした口調で説明してくれるイケメンさん。
いい人だな。 素直にそう思う。
「全ての生き物は、その魔素を自然と吸収し、体内に蓄える。それが魔力だ。そして魔力を使って施行するのが魔法だ」
「おお! はい!!」
魔法、あるのか!と、年甲斐もなくワクワクした「はい」を返した私に、うむ、とイケメンさんはどこか満足げに頷く。
「魔力とは基本、体全体に行き渡っている。魔力を行き渡らせるものが魔力回路。 魔法とは、魔力回路に魔法のイメージを伝え、魔力を使って施行する」
そう言って、仰向けにしたイケメンさんの手の平の少し上に、こぶし大の火が灯る。
おお!凄い!と再びテンション高めに声を上げた私に、咳払いをして火を消したイケメンさんは少し照れたのか顔が赤い。
けれどしっかり説明は続けてくれる。
「体内に魔力を保持できる容量は生き物それぞれ違う。そしてそれは生まれつき決まっている」
「はい」
「それが寿命だ」
「んへぇ?」
変な声出た。 魔力の多さが、寿命?
「お前はここの水を飲んで若返ったと言ったが、お前の持つ魔力量からすればその外見は相応に見える。本当に若返ったのか?」
「あ、はい。凄く若返ったと思えるくらいには変わったので、恐らく」
「…後天的に魔力保持量が増える事はない…長らく枯渇していた?もしくは魔力回路が…まさか魔素水で……」
そう話している途中からぶつぶつと独り言を呟き、考え込んでしまったイケメンさん。考え終わるのを待ってる間、私の頭も勝手に色々考えてしまう。
魔力保持量が多いと寿命が長く設定される。
私の保持量はいったいどれくらいなんだろう。
確かに身体は若返ったし、イケメンさんは私の魔力量なら相応だと言っていたけれど、前の世界には魔力なんてなかった訳で…。
人間頑張っても100歳くらいが限界だったし、やっぱり残りは凄く頑張っても50年くらいなのか……見た目に即した残り寿命になっているのか…それとも魔力の存在で寿命自体が延びた?
「…寿命が長くなったって事は、あるんでしょうか?」
「それはない」
「ないですか…」
ないのか。惜しいような、ホッとしたような、私が変な顔になっていたのか、イケメンさんは会話に復活してくれるようだ。
「保てる魔力が多いものは長く生き、少ないものは早く死ぬ。寿命が変わるとすれば、減る事だけだ。魔力を減らしすぎて体を壊すか…多すぎて、魔力回路を壊すか……」
一瞬、ほんの一瞬だけれど、俯いたイケメンさんの顔が曇る。
「物理的に身体を消せば、有無を言わせず寿命はなくなるがな」
何事もなかったように顔を上げた時には、曇らせた表情はもう無かったけれど、代わりに私の顔が少し引きつった。
ちょいちょいサラッと怖い事言う。
「この泉の水は、水ではない」
「水ではない…」
微妙にビビッている私を放置して、再び説明に入るイケメンさん。マイペース。
「これは水に見えるが、本来は形を成さない魔素が凝縮され、水のようになった物、だ。そして、ここの魔素は凶悪なまでに濃い。生き物の魔力回路を破壊する程に」
あぁ、だから、飲めたのか、と訊かれていたのか。
魔素は魔力になる、魔力は多すぎると魔力回路を壊す、魔力回路が壊れると……あの草みたいに………?
そう理解を深める毎に、背中にいやな汗が滲んで来て、さぁっと音がしそうな程血の気がどんどん引いていく。
手の先が冷たい…。体が微かに震える。
これは、いけない感覚だ……。
イケメンさんは私にも魔力があるって言っていた。
じゃあ、私にもやはり魔素は効くんだろう…。
じゃあここの水を飲んで、生き物を壊す程に濃い魔素を飲んで、私の寿命は減っている?まだ壊れはしていなくても、尽きる前なの?
魔力回路が壊れたらどうなるの?
消えるの?
あの水を飲んで、私はどれくらい……壊れた……?
私は、どんな死に方をしなければいけないの?
「…―――」
聞きたい事が一杯あるのに、出そうとした声は出なかった。
血の気の引いた身体は上手く動かず、もう飲んだ水を吐くのは無理だと悟る。
ああ、死は、知らない内に肩に触れていたのか……。
そう情報が正しく体に伝わり、声も出ない私に気付かないイケメンさんは、泉を見ながら説明を続けている。
けれど、出来れば、その先は聞きたくないかも知れないな……。
「魔力回路が破壊されると生き物は形を保っていられない。そのまま分解され、粒子になって消滅する。その理と現象と同じ事を引き起こすこの泉は、故に【死の泉】と呼ばれている」
そんなダメ押しのような一言で、目の前がチカチカする。
自分がとてつもなく恐ろしい物を体内に入れていたのだと理解した身体が、まるで別物になったように私の感覚から離れていく。どうにか落ち着こうと頭を働かせても身体はフワフワと不安定で、視界まで見えているのかいないかの判別すらつかない…。
ああ、死ぬのって、思ってたほど苦しくない。
けれど、とても、とても怖い……。
私、このまま消えるのかな……。
そう漂うような思考の中に、はっきりとした声が届いた。
「待て! 最後まで聞け!!」
その叫ばれた一言で見えなかった視界の中にイケメンさんが映った。
少し腰を浮かせ、焦ったように躊躇う手を私に伸ばすイケメンさんに、私の視線は縋るようにそれを捉え、ゆっくり頷く。
「先程も、伝えた通り、お前の魔力は多いが、安定している。今は、少し不安定だが…しっかりと廻っている。 魔力回路は壊れていないし、身体もなくなってはいない」
だから、と一息ついて、イケメンさんは私としっかり視線を合わせた。
「大丈夫、お前は死なない」
はっきりと、力強い声でそう告げられて、フワフワした体が形を保ったような気がした。
イケメンさんはとても真剣に、目を逸らす事なく私を見ている。
“お前はここに居る”澄んだ夜のような蒼い目に、そう言われてる気がして私は目が離せなかった。
目の奥が熱い。 ああ、私は泣いているんだと気付いた時には、そんな意識を手放していた。




