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368 スタンピードとは

 新年のご挨拶に伺った精霊国では、何とも有意義な一日を過ごせた。


 依代の儀も見られたし、お米や味噌・醤油なんかの生産もお願い出来た。そしてお酒の生産までお任せ出来て私としてはホクホクの結果である。


 そのお酒の件に関しては、私も山とあるお酒の種類や製造方法を細かに知っている訳ではなかったので、現在作れている果実酒を渡したり、知っている日本酒の作り方を説明するくらいしか出来なかったのだけど、リルさんが「貧乏脱出!」と目を輝かせて物凄くやる気になってくれていたので、お酒に関してはお任せしてしまっても大丈夫な気がする。


 それに現在水の氏族長さんはリルさんの弟さんが引き継いでいるのだそうで、連絡を取って貰った所、氏族を挙げてお酒の生産と開発を頑張ると、そちらもやる気になってくれているのだそうで有難い。


 お酒が安定して手に入れば、お料理やデザートを作れる幅もぐーんと増える。仕上がったら一番に送ってくれるらしいので今からとても楽しみである。


 そして精霊国にお願いした中で一番重要だった盾の件は、まさか魔国が人族の国に認知されてない状態になってるとは思わなかったけれど、確かに勇者先輩が魔国に来てから200年、誘拐事件があってから100年以上経っているのだから、その間に色々あれば忘れ去られていてもおかしくないのかも知れないな。


 何というか、寿命の差、ハンパなし。


 しかしながら、平和に過ごせるのが一番なのだから、人族の国とはこれからもこの距離でお願いしたい所である。


 と、そんな事を話したりお酒の試飲でエスさんが盛大に酔っ払ったり、最終的には皆でご両親の居る離宮に行って宴会のように楽しく過ごした精霊国での翌日から、魔国ではいよいよスタンピードの準備が本格的に始まっている。


 リリーさんやジギーさん、コタツの住人であったプリシラさんまでもが軍部に入り浸って姿を見る事が少なくなり、常に書類を抱えているロイ君やちょいちょい転移で居なくなるレイ君も凄く忙しそう。


 そしてそんな動きに漏れず、私も厨房でスタンピードのご飯作りに勤しむ毎日が続いている。


 スタンピードの間は今まで通り、遠征隊のご飯も他の人のご飯も同じご飯になるのだけれど、今年のスタンピードでは私もご飯を作っていい事になったので、やったとばかりにお城の厨房でバリバリ腕を振るう毎日である。


 これだけ作ると過剰なのでは、と思ってしまう量ではあるのだけれど、スタンピードではどうやら三都市軍も魔王軍の傘下に入るので、ご飯の量が尋常ではないのだそうだ。


 思い返せばこちらの世界に来た当初にも、スタンピード後に起こる“冬の名残”というやつで、ヨウグさんは大量のご飯を用意していた。

 あれでも数日分で、更には魔王軍のご飯だけだったのだから、三都市軍の分まで入った一か月分の量になれば相当な量にもなるってもんだ。


 毎日倉庫5つ分もある収納鞄にどんどんご飯を詰め込んでるのに、まだまだ必要なのも頷ける。


 因みに、依代の儀や氏族長問題のあれこれを終わらせてから魔国へ戻った王の戦士さんも、早々に遠征隊の訓練に合流し、魔王様は最後の仕上げとばかりにバリバリ鍛えているらしい。


 魔王様がやり過ぎてないか少し心配な所はあるけれど、遠征隊はこの冬の特訓で、ロロさん曰くガバガバだった魔力制御が少しは引き締まって、食べる量がそこそこになるといいなぁ…とか思うけれど、食べない遠征隊も寂しいかも知れないと思うのは気の迷いだろうか…………あ、うん、気の迷いかも知れないな。

 何事も程々が一番だ。


 けれど、もしもの時の為に多めに作っておく事は止めない。

 あってもいいけど、ないと困るのがご飯である。


 そんなスタンピードの準備が少しずつ緩やかになって来た1月の半ば、軍部の会議室でスタンピードの作戦会議が行われる事になった。


 会議と言っても参加するのは魔王様と私、そしてスタンピードで全ての動きを指揮するロイ君と、最前線で戦う遠征隊の隊長3人。そして少し振りに会った三帝さんの合計9人。


 少ないように思うけれど、ここから下への伝達指示は、変更点のみが各軍部にある掲示板や指示書等で行われるらしい。


 色々こなれているなぁと感じながら、スタンピードの説明を聞くために集まった軍部の上階、円卓のある少し広めの会議室で皆にお茶を出してから、魔王様の隣に空けられている席に私が座ると、「では」と言ってロイ君が書類を捲った。


「今年はスタンピード初出陣のユリエ様がいらっしゃいますので、毎年事でご存知の内容かとは思いますが、改めて説明させて頂きます」


 その言葉に皆が頷いて、有難し、と思いながらばっちりメモを構えると、そんな私ににこやかな笑顔を向けたロイ君からさらさらと説明が始まった。



 まずスタンピード鎮圧にあたって、知っておかなければならないのは魔物の領域に関してだ。


 魔物の領域は浅域(せんいき)中域(ちゅういき)・奥地と呼ばれる深域(しんいき)の3つに分けられており、その領域では生息する魔物の強さが変わる。

 その差が出るのは単純に、食物連鎖による生態系ピラミッドが存在するからだ。


 魔素泉から湧いた魔物が他の魔物を食べ、強い魔物だけが生き残っているのが魔物の領域。

 強い魔物は弱い魔物よりもより強く美味い、大きな魔力を持つ魔物を食う為に奥地へ向かい、逆に弱い魔物は浅い方へと逃げて来る。

 そうやって出来たのが魔物の領域で区分けされた生態系。


 人の手が入らない奥地はSランク以上の魔物の巣窟。

 中域はBランクからSランク、たまにSSランクが確認される。浅域はDランクからBランク、たまにAランクが確認される。

 ただし、大きい魔素泉が湧いた場合は浅域であろうがSSランクが湧く事もあるので、結界砦では防壁に埋め込まれた探知の魔石で常に一定範囲を監視している。


 その浅域から中域で魔物の住み分けを維持し、魔物が結界や人が住む場所を目指さないようにするのが遠征隊の役目。

 そして深域の魔素泉を潰し、深域が広がらないよう魔物を間引くのは、魔王やSSランクの実力を持つ人の役目になっていて、現在の深域はかなり狭い状態をキープ出来ているらしく、これは魔王様がずっと頑張ってくれていたからなのだと思うと「凄い」の一言である。


 そんな説明をメモりながら、「凄い」と声を漏らした私に隣でテレテレ照れている魔王様ではあるけれど、本当に凄い事なのだからもう一度「凄い」と伝えると、口元がモニョモニョしちゃう魔王様が耳まで赤くなった。

 うん、凄いしかわいい。


 そして本題のスタンピード。


 それはこの世界で魔物の氾濫を意味する。

 主に起こる原因は冬の間、魔物の領域が氷に閉ざされ、氷で押さえ付けられた魔素泉が雪解けと共に一気に溢れる事で発生する。

 一年に一度、必ず起こる災害。それがスタンピード。


 その雪解けで魔素泉が溢れる現象は魔物の領域以外でも観測されているけれど、魔物の領域以外で湧く魔素泉のランクはそこまで高い物はなく、一面が魔物で埋まると言う事もない。


 そして現在は街にも結界がある為、スタンピード中は街の防衛隊や各地で活動するハンターさんが所属の街を守る事で成り立っていて、そこから応援要請が来るまでは軍がそちらへ加勢する事は殆どない。


 なので軍が対応するのは魔物の領域に対してのみ。

 とは言え、魔国の領土の半分を占める魔物の領域は広大で、国を横断するように線を引いた結界砦を守るだけでもその範囲は膨大。


 けれどその広い範囲を3分割し、北に当たる精霊国側をゴルゾレスタ軍が担当、一番広い中央を魔王軍が担当、西になる海側をガルディナ軍が担当し、状況を共有しながら戦線を進める事で、毎年スタンピードは鎮圧される。


 エイラム軍は?と思うけれど、エイラム軍は魔王軍が担当する中央の両端に配備され、スタンピードの進行に関わる氷の状態を調整するのがエイラム軍の担当となっている。


 そんな感じで、スタンピードの進軍方法は毎回テンプレが存在し、全軍それに沿って動くので、物資等の基本準備が終われば、後はいつも通りに事を進めるのみになる。


 そんなテンプレ。

 1・魔王様が魔物の領域の深域へ転移、大規模に魔素泉を潰して魔物を倒し続ける。

 これで深域から中域へ魔物が移動する事がなくなるのだそうだ。


 2・魔王様が出ると中央の結界砦からも魔王軍が進軍。一定範囲の氷を割り、そこに湧いた魔素泉を浄化すると共に、湧いた魔物を一定時間倒し続ける。

 そうする事で、北と西に湧く魔素泉の大きさと頻度が下がるらしい。


 そして3。中央で魔素泉が湧く頻度が下がると、中央から更に氷を割って中域に進軍し、除氷された範囲を増やしてまた一定時間魔物を倒し続けてその場をキープ。


 最後に4。中央の魔王軍が中域に達したそこでも魔素泉の湧く頻度が下がると、今度は西と北でも中央同様、浅域から除氷と進軍を開始して中域を目指す。


 この工程まで来ると、北と西が中域に出る前に自然と氷が溶け始め、全体的に均された感じで緩やかに魔素泉が出現するようになるのだそうだ。


 そしてこの一連の進軍形式でとても重要になるのがエイラム軍の存在。


 まず戦力として、一番強いのは何と言っても魔王軍。なのでスタンピードでの戦闘は、3分の2が魔王軍の受け持ちとなっている。

 のだけれど、魔王軍が進軍する際に中央の結界砦から氷をガツンと割ると、そのまま横にどんどん氷が割れてしまって、北と西の氷まで一斉に割れてしまう。

 そうなると北と西に負担が掛かる上、前線に魔素泉と魔物が大量に溢れて大惨事になる。

 なので、魔王軍が進軍する為に氷を割っても、除氷の範囲をそこだけに留めるのがエイラム軍の重要なお仕事になる。


 そして何故これがエイラム軍のお仕事なのかと言うと、三帝さんの得意魔法はその地域の得意魔法でもあり、ゴルゾレスタでは時空魔法、ガルディナでは雷魔法、そして氷帝アルムさん率いるエイラム軍には氷魔法の使い手さんが凄く多い。


 この鎮圧戦において、氷を維持出来る人の多いエイラム軍は、基本ロイ君の下で戦線の維持を担当する。


 因みに、今年はロイ君も氷魔法が使える為、腕が鳴ります、と笑顔で仰っていたのでいつも以上に頼もしい。


 他にもゴルゾレスタで転移が使える人や、エイラム軍でも魔法より戦う事に特化している獣人さん。ガルディナから魔道具を弄れる技工士さんなんかが他の軍へ配備される事もあるらしいので、それぞれの持ち場や都市毎に配置が決まっていると言っても、結構それぞれの軍の中に各都市の人達が混ざる感じになるらしい。


 けれど、他の軍に配属された人はその陣営のあれこれに詳しい訳ではないので、それぞれの軍や持ち場が分かるように、装備の違いや目印を着けて配属場所は分かるようになっているらしく、その資料を貰ったので後でしっかり覚えておかねば。



「以上、これが通年のスタンピード鎮圧戦ですが、今年はそこから少し変わる部分がありますので、今からはその辺りを説明致します」


 と始まったスタンピード鎮圧戦の変更点は、主に結界をどう守るかと、浄化結晶のお話だ。


 今まではCランク以下の魔物が結界に負荷を掛けてしまうので、どうしてもそこに人手を割かなければならなかったのだけど、今年は結界が強化されてそこをスルー出来るようになっているので、まずはCランク以上の魔物を狙って倒すようにと指示が出された。


 それについては隊長3人も三帝さんも凄く驚いていたけれど、それと同じくらい喜んでいた。

 やはり結界に負荷を掛けてしまう事はずっと気が重かったのだそうだ。


 後は今年から試験的に導入される浄化結晶の使い方と使用場面の説明。


 前線に出る人、主に遠征隊は浄化結晶を装備として各自10個携帯し、今回は試験運用するのでスタート時には多用するけれど、意外の場面でも危機を感じた際には迷いなく使う事。そして使用した際には使用した状況の報告をする事が義務付けられた。

 これで怪我をする人が減ってくれると凄くいい。


 後はゴルゾレスタの方面には精霊国から見学が来る事や、精霊国から要請があれば協力する事を説明されたり、細かな所では今本部に合流中の三都市のお子さん4人は、それぞれの陣営でスタンピードの経験を積む事が決められた。


 後は倒した魔物の回収方法とか、どの魔物を優先して回収するか等、スタンピードで発生する細々した処理のあれこれが話し合われているのを聞いているけれど、魔国にとってスタンピードは“慣れている”を通り越して“年中行事”になっているんだな、と感じた。


 何せこの会議、スタンピードについてと言うよりは、お肉や素材をどう回収して分配するのかがメインのように話され、そこだけを聞いていると商業会議に聞こえるし、更にはスタンピードへ参加する事の中に、各軍への採用試験が組み込まれていたりするので、私が思っていたよりスタンピードは魔国にとって業務的。


 戦場も慣れて来ると実用性を求められるのかも知れないし、街で活動しているハンターさんにすれば、普段の活動にも戦闘が含まれているのだから、スタンピードが採用試験になったとしてもそこまで普段と差異はないのかも知れない。けれど、入隊する絶対条件にスタンピードへの参加が入っているのだから、軍に入るのは大変だろうな…。


 しかしながら、軍に入れば毎年スタンピードには参加する事になる訳だし、既に色々簡略化された採用試験なのかも知れないな、とか考えている私の前では、まだまだお肉が、とか何の魔物の何の素材がって言葉が飛び交っていて、やはり色々考えさせられる。


 魔物は資源。スタンピードは危ないけれど、同時に資源が豊富に採れる年中行事でもある。


 うん。魔国、色々逞しい。


 そう感心している会議の終盤、魔王様や三帝さん、隊長3人がスタンピードでレアな魔物が出て来たらいいな~と談笑している中で、そう言えば当たり前過ぎて忘れておりましたが、とロイ君から追加で説明を貰ったのはスタンピードの始まりと終わりに関して。


 スタンピードの始まりは、結界砦から見える魔物の領域の奥に“霧の滝”と呼ばれる現象が現れたら、奥地では氷が溶けてスタンピードが始まっているので、それがスタートの合図になる。

 そしてスタンピードの終わりは、氷がなくなった大地を観測し、一定時間魔素泉が湧かなければスタンピードが収束したと見なされる。


 スタンピードの期間は大体1週間から1ヶ月とまちまち。けれど、今年は早く終わるかも、とレイ君同様ロイ君も笑ってくれて、ロイ君が笑ってくれると本当に笑える状態なのだと気が軽くなるので有難い。


「以上になりますが、今の説明の中で質問等はありますでしょうか」

「ううん、大丈夫」

「ユリエ様にとっては初めての事ですので、分からない事や不安に思われる事もおありでしょうが、経験してしまえば何て事はありません。僕は基本ユリエ様と同じく本陣におりますので、また見学中に質問が出来ましたらいつでもお声掛け下さい」

「うん、ありがとう」


 そう笑ってはみるものの、やっぱり魔物と戦うのだからソワソワするし、魔王様が心配だったりもしてしまう。

 けれど、色々準備は重ねて来たのだからここは気合の入れ所。


 スタンピード、初めて体験する異世界の当たり前。

 最初の一歩は誰でも初めて。初めてな事は不安があったり尻込みしたりしちゃう所もあるけれど、経験してしまえばそんな不安は消えたりするものだ。


 頑張るぞ!と新たな気合を入れて会議は終わり、それからの日々もひたすらご飯を作ったり浄化結晶を作ったり、魔王様とまったり過ごしたりしていた2月の始め、魔物の領域の奥に“霧の滝”が現れたとの報告が入った。


 王都ではまだまだ雪の降るいつもの日常が続いているけれど、着実に季節は変わり、魔国の長い冬の終わりには、自らの力で春を迎えに行かなければならない。


 そんな冬の終わり。

 いよいよ、スタンピードが始まる。






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